偽王子事件:高校生探偵タカオの初陣
紅藍
序幕:選手宣誓
プロローグ
消防士だった男が自分で放火をしていたというニュースを聞いたことがある。
俺が今住んでいる横浜ではなく、親戚が住む愛知県での事件だ。俺がまだ小学校にギリギリ上がる前……だから十年くらい前か、そのころ耳にした。
なんでも、犯人は自分で放火に使った時限装置を火災現場から発見することで、承認欲求を満たしていたという。
俺にこの話をしてくれた親戚は、『承認欲求』という言葉は使っていなかった。この言葉は、犯人の動機を今の俺が一言で表すなら、これで当てはめるという単語だ。親戚の年代的に承認欲求というワードに口馴染みがなかったのか、事件当時は犯人の動機を承認欲求などと表現する時代ではなかったのか。定かじゃない。
ともかく、事件について聞いた俺はただ「肩書ってのは信用ならないな」と考えた。
消防士が放火してたら世話がない。
結局。
その人の肩書、身分、立場、権威、その他諸々。SNSのプロフ欄に書き込めるような情報は、そいつの人間性を表す役には立たないのだ。意味がない。信用できない。あったところでどうしようもない。
子どもながら、俺はそう気づいた。
たかが六歳児の気づきなんて、大人はとっくに気づいている。あるいは、俺の気づきは勘違いで、生きていくうちに軌道修正が入るかもしれないと思っていた。
しかしなんというか。
世の中ってのは複雑に見えて単純。偉大に見えて浅慮。深そうで浅く、高そうで低い。
高校生になっていい加減、中二病を卒業し世の中を斜めに見るのもやめたというのに、俺の考えは変わらなかった。
肩書なんて信用ならない。
学校教師が女子生徒を盗撮していただの、支援団体代表が公金を着服してただの、学者が研究ではなく政治運動にお熱だの。
肩書に反することをするやつが後を絶たない。
それなのに大人は肩書で人を見るのを止めない。いい大学に出ているかどうかだけですべてが決まる。いい企業に就職しているかどうかですべてが決まる。中卒で起業して成功するとか、職を転々として適性を見つけるとか、そんな当たり前はあいつらに通用しない。
四角四面、杓子定規。
今回だって、そうだ。
「どうして、お前は警察を頼らなかったんだ?」
俺の今回の行動を。
今回の事件に対する俺の対応を。
そうなじるやつがいた。
「警察でなくてもいい。支援団体、ボランティア、あるいはお前自身の親や教師でもいい。問題を解決するために必要なあらゆることをなぜ、お前は行わなかったんだ?」
俺を非難するやつは。
とても小さかった。
矮小だった。
軽く、飛べば吹き飛びそうな存在だった。
「警察を頼れば問題が悪化する? 仮にそうだとして、お前だけで抱えてなぜ、より悪化しないと思ったんだ? 素人のお前が」
分からないだろう。
知らないだろう。
こいつはつまり。
「答えは簡単だ。お前は探偵を名乗らなかった。事件を解決し、人を救う存在だと自分自身を定義しなかった。だからあらゆる胡乱な行為が認められる。探偵でないなら、事件解決を遠ざける行為も許容されるからな」
俺を肩書でしか見ないのだ。
「人はその行為にふさわしい肩書を名乗るべきだ」
肩書でしか見ない。
「難事件を解決するならば探偵と名乗るべきだ。悪をくじくならヒーローと。迷える子羊を導くなら救世主と。自分をそう規定して初めて、人はその行いに責任を持つ」
お前は無責任で自分勝手なのだと言いたげだった。
「お前は探偵を名乗らなかった。ゆえに解決に必要なあらゆる行為を取るべき義務は発生しない。その行為の悪辣さを、解決からの逃亡を指摘されてもお前はこう返せる。『だって俺は探偵じゃないから』」
それは違う。
俺は言葉を返した。
肩書など意味がない。
探偵でなくても事件は解決できる。
王子様でなくても、あの子を救うことはできたんだ。
これは、それを証明する物語だ。
しかし、さて。
この物語はある人物の死にまつわる謎についての物語なのだから。
俺は探偵ではないけれど、多くのミステリーに敬意を払って、あれをしよう。
読者への挑戦状。
この物語はこれから、俺の視点で語られることになる。
俺は嘘をつかない。少なくとも、俺が事実と認識していることだけを話す。
俺は犯人ではない。俺は被害者とも縁がないので、動機がない。
そして謎の答えは、解答編までに解くための情報がすべて揃えられている。
つまり――――。
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