#4 逆凸した結果

 入口から少し離れた所で立ち止まった彼女はリュックと3脚を地面に置き、リュックからカメラとノートパソコンを取り出して配信の準備を始めた。

 配信開始の1分前で間に合うのだろうかと思ったけどかなり手際が良く、開始時間ピッタリに準備を終えて配信を開始。


 いつも通りの配信はこんなに近くても何を言っているのかわからない。

 それに端末をチラチラ見ている彼女は心做しかしょんぼりしているようにも見える。

 開始して10分弱。ダンジョンの入口前をウロウロして早々に配信を終える動き。

 カメラを片付けだしたここが狙い目だ。

 配信中に凸らなかったのは彼女への配慮。配信が終わった今なら大丈夫なはず。

 物陰伝いに移動して彼女の退路を塞ぐ形で俺は飛び出して声をかけた。


「おい」

「ひっ……」


 声のかけ方が悪かったのだろうか。彼女は尻もちをついて酷く怯えて後退りしようしている。

 地球の人間からすれば俺の見た目は頭の両脇から角が生えいて少しばかり異質。ダンジョンを介して俺の世界と地球が繋がって数年、俺みたいな亜人種が地球に馴染みつつあるといっても怖がる人もいる。

 ひとまず落ち着いて貰わないと話も出来ない。

 ここは俺が危険を及ぼす存在でないことを伝えよう。


「落ち着け。取って食うわけじゃない。話がしたいだけだ」

「……は……なし……?」

「そうそう。だから、そんなに怯えないでくれ」

「……ん」


 大人しくなってそのまま地面に腰を落ち着けたところをみると、どうやら話をする事に賛同してくれたようだ。

 彼女が座っているのに対して俺が立って見下ろす形は威圧感を与えかねないのでしゃがんで目線の高さをなるべく合わせるようにする。


「俺はそこのダンジョンのダンジョンマスター。名前は星崎・D・カイザーだ。まずはお前の聞かせてくれ」

「ひっ……」


 落ち着いてくれたと思ったらまた彼女は身をカタカタと震わせて怯えた。一体、何がいけなかったというのか。


「そう怯えないでくれ。俺はただ名前を聞いただけなんだから」

「……ダ……マ……さ……いで」

「え? なんて?」


 小さな声に動揺が加わって目の前に居るのに配信の時並に聞き取れない。


「……さ……いで…………うぅ……」


 遂にはポロポロと大粒の涙を流して泣き出してしまった。何が何やらさっぱりわからん。

 ただ言える事はこんなの傍から見たら俺は不審者以外の何者でもないって事だ。

 これは非常に良くない。

 こうなったら奥の手を使おう。


「ほら、これやるから泣き止んでくれ」


 俺は奥の手として準備していた小袋のチョコ菓子をポケットから取り出して彼女へ差し出した。


「……チョコ……」


 奥の手は効果てきめん。彼女はピタリと泣き止んでチョコ菓子を手に取り、1つまた1つと食べ始めた。

 見た感じ、彼女はチョコ菓子でご機嫌。今ならちゃんと会話出来るかもしれない。


「食べながらでいいから答えて欲しい。さっきも言ったが、まずはお前の名前を教えてくれ」

「……櫻……曖……」

「サクラ、アイ、で合っているか?」

「……うん」

「じゃあアイと呼ばせて貰う。俺の事は、そうだなー……とりあえずカイザーと呼んでくれ」

「……ぅん」


 やっとの事で名前を聞き出せた。この調子で色々と聞いていこう。


「いきなりな質問ですまないんだが、アイは何でダンジョンに入らないんだ?」

「……怖いから」

「えぇっ!? 何で怖いのにダンジョン配信なんかしてんの!? まさか……イジメか?」


 アイはどう見ても中学生か高校生くらい。怖いのにダンジョン配信をしているのは、やりたいからではやらされているという事なのか。

 それなら全くダンジョンに入らないのも納得出来る。


「イジメ……?」

「そう。中学か高校の同級生にダンジョンへ行かないと学校でイジメられるんだろ?」

「違うよ?」

「は?」

「アイは中学生でも高校生でもないし……イジメられてないよ? 17歳プラス38ヶ月……だよ」


 何か不思議な事を言い出した。

 17歳プラス38ヶ月? 1年は12ヶ月だから、えーっと……20歳2ヵ月って事か。

 わかり難いから素直に20歳って言えよ……。


「すまん……じゃなくて。なら、何故に怖いダンジョン配信をやってるんだ」

「……みんなやってるから。それに……お金稼げて人気者になれるって……」


 浅はか! イジメではなかったから良かったものの動悸が物凄く軽かった。

 しかし、こんな流行りに乗っかってみましたみたいなノリで3年もダンジョン配信をやれるものなのだろうか。


「金稼ぎと人気者って……。別にダンジョン配信じゃなくても目的は果たせるだろ」

「…………だって…………」


 マズイ事を言ってしまったのかアイは俯いてしょんぼりしてしまう。


「す、すまん。でも、理由を教えてくれないか?」

「……緊張してちゃんと人と話せないし……実家暮らしで親のスネかじりだから…………流行ってるダンジョン配信をやって人気者になれれば、人とちゃんと話せるようになってお金も稼げてママに楽させてあげれると思ったから…………」


 全く浅はかでも軽くもなかった。

 あまりの健気さに涙が出そうだ。


「お菓子もう1個あるけど食べるか?」

「……うん」


 健気なアイについチョコ菓子を与えてしまう。


「なぁ、アイ」

「ん……?」

「アイは人気者、つまり人気配信者になりたいって事でいいか?」

「……うん」

「実は俺もよく似たもんなんだ。ダンジョンを人気にして来る人を増やし、金を稼いで悠々自適な生活を送りたくてな」

「……ふーん」

「人気は無くて厳しい生活。目標は断続的な人気の獲得と収入源。俺とアイは同じような境遇と目的を持っているわけだ」

「……うん」

「だから……その……つまり……利害も一致している事だし……俺と組んで配信をやらないか?」

「……組む?」

「ああ。今の配信チャンネルとは別で俺とアイの共同チャンネルを作って一緒に番組を作っていくんだ。幸いにも俺はダンジョンマスターでアイは配信者。2人で試行錯誤すれば人気チャンネルを作れると思うんだ」

「……人気チャンネル……」

「どうだ? ダメか? アイが嫌だって言うなら無理強いはしないが」


 アイはチョコ菓子を食べる手を止めて暫く黙った後、


「……やる……人気者……なる」


 首を縦に振って俺の提案に賛成してくれた。


「決まりだな。じゃあ早速、明日から新規チャンネルに向けての行動を始めよう。明日の同じ時間にここへ来れるか?」

「……うん」

「じゃ、明日同じ時間にダンジョンの入口で待ってるから」

「……うん……バイバイ」


 翌日の予定を取り付けてアイと別れた。

 これがダンジョンを人気にする第1歩となるわけだ。

 俺は猛烈にやる気に満ち溢れていた。

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