見つめる夏の裏側。捕らえられた風の行き先。

佐久間 円

風の向かう場所


 当たり前に恋をして、好きになった人に勇気をだして告白して、振られたら友達に慰めてもらう。

 それすら素敵なことだと思うんだ。


 奇跡はそれよりずっとキラキラしていて、好きな人が自分を好きでいてくれて、周りがそれを祝福してくれる。

 夢物語みたいな良くある話。


 そんな誰にでも起こることが、私には起こりえない。

 誰にも言えなくて、気持ちを磨り潰して、自分は普通なんだって、そう言い聞かせる毎日。


 そんなんじゃない。そんなわけない。

 でも⋯⋯以外、この気持ちを表す言葉を、私は知らない。


 

◇◇◇

  

 

 蝉の声と熱気に押し出され、まとわりつく微睡みからゆらゆらと浮上し、私はうっすらと目を開ける。


「ん⋯⋯眩し」


「あー、風花ふうかようやく起きた?」


夏帆かほ、⋯⋯暑い」


「そりゃ夏に屋上で寝てたら暑いに決まってるじゃん。はい、水」


 

 私は起き上がり、夏帆からペットボトルを受け取る。

 飲みかけのそれは、意識されてない証明のようで憂鬱で⋯⋯。そのくせ、安心もしている狡い自分にうんざりだ。

 減った水の分だけでも、気持ちも目減りすれはいいのになんて、そんな詮無きことを考える。


  

「ん、ありがとう」


「次の授業は出るでしょ?」


「んー、どうしようかなぁ。サボったらまた迎えきてくれる?」


「なにそれ、わたしが迎え来るの待ってるの?」


 

 クスクス笑う夏帆。

 きっと、それはその通りで。内側から強く胸を打ち付ける心臓と、夏の暑さのせいにばかり出来ない汗が頬を伝う。言い当てられた焦りか、良くも悪くも素直な身体だと呆れるばかりだ。

 私は何も答えられず、誤魔化すように口に含んだ水と共に言葉を飲み下す。


 

「風花は屋上にいるとき、なんだかいつもより甘えん坊だよねぇ?」


「⋯⋯そう?」


「そうだよ。普段はツンツンしてるもん」


「じゃあ甘えてるのかも」


 

 認める覚悟もないくせに。

 振り向いてほしくて、そのくせ踏み込む勇気が持てずに甘えてる。

 夏帆が優しいから。

 その優しさにつけ込んでる。

 


「やったね、風花のこんな甘えん坊なとこ知ってるの私だけだ」


「そんなの知ってどうすんの」


「えー? いいじゃん特別感あって」


「そんなのなくても夏帆は特別だから」



 本当に、なにもかもが特別で嫌になる。

 目が合うだけで笑顔になれて、声を聞くだけで心がふわふわして、名前を呼んでくれたら泣きそうになってしまう。

 そんなんじゃないのに? そんなわけないのに?

 それってもう、ね。

 


「本当? じゃあ風花は親友ってやつだね!」

 

「はぁ⋯⋯。あー、はいはいそうですねー」


「ため息!? 風花冷たい!」



 夏帆は残酷だね。

 夏の熱に煮詰められた気持ちが、自分勝手に夏帆を残酷に仕立て上げる。

 わかってる。

 こんなの、単なる八つ当たりだ。



「夏帆、手貸して」


「手? はい」


「ん、ありがとう」



 差し出された手を握る。

 大切な友達の手。

 特別でちょっぴり胸がぎゅってする人の手。

 好き、かもしれない人の手。



「なになに? やっぱり甘えん坊なの?」


「そうかもね」


「おぉ、めずらしく素直」


「なんか文句ある?」


「別にないよー」



 にこにこした夏帆の顔を直視できず、私は握った手を見つめる。

 他には望まないから、これくらい許して欲しい。

 いっそ伝わってしまえばいいのに。

 繋いだ手から、夏の熱と共に。



「暑いね、授業出ようかな」


「おっ、えらいじゃん」

 

「暑いだけで使えないしね」

 

「なにが使えないの?」

 

「なんでもない。教室戻ろう」



 屋上から校内に向かう扉の前で、空を見上げた。

 憎らしいほど晴れ渡る青空を睨みつけ、八つ当たりの矛先を夏に向ける。



「ひと夏の恋すら、私には寄越して来ないのかよ」


  

 役立たずな夏の熱に見切りをつけ、今日も自分だけの日常を消費していく。

 

 

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