11
僕は上着のポケットから、赤い札の束を取り出した。
御澄宮司に渡された赤い札には、漢字にも絵にも見えるような、黒い文字が書いてある。何の札かは聞いていないが、触れていると、その効力が分かる気がするのは何故だろうか。
束の中から一枚を抜き取り左手に持つと、数珠は淡い光を放ち、僕が手にグッと力を入れると、赤い札はパリパリと音を立てながら波打つように動いた。
「大丈夫。痛くないから」
僕は氷の真ん中に、赤い札を叩きつけた。
札からは赤い
——遺体を火葬しなくても、これで、霊体の方に伝わる力は弱くなるはずだ。
僕は部屋の四方にも赤い札を貼った後、石段を一気に駆け上がる。そして、石段の一番上にも札を貼った。
石垣の外に出ると、夕陽は茜色へと変わり、紺青色をした夜の
穴の前に立ち、真っ暗な石段の下を見つめると、また胸は痛むけれど、先程までのような苦しさは消えたような気がする。自分がしていることが正しいとは思えないが、もう、迷いはない。
ここに遺体と麗華のランタンがあることは、僕だけの秘密にする——。
遺体が入っている氷に霊気を封じる札を貼ったことで、麗華は今までのような力は使えなくなるだろう。麗華の力が弱くなれば、呪具の力を借りて、僕が瑛斗を守ることもできるはずだ。
——自分で決めたんだから、一生をかけてでも、瑛斗を守らないと。
僕は、二度とここへ来ることはないだろう。僕が近付けば、麗華と瑠衣の遺体が見つかってしまうかも知れない。
「……さよなら」
僕は、石垣が動いた時に触った石に触れた。数珠は淡い光を放ち、ガリガリガリ、と音を立てながら、石垣の引っ込んでいた部分がこちらへ向かってくる。僕が一歩下がると、石垣は何事もなかったかのように、元の姿に戻った。
——御澄宮司が、屋敷の四方に札を貼れ、って言っていたよな。
僕は屋敷へ駆け寄り、赤い札を貼って行く。札を貼る度に、身体が重くなって行くように感じたが、構わずに走った。
少しでも時間稼ぎができるのなら、瑛斗と御澄宮司を連れて、神社の結界の中へ逃げたい。麗華の力が前よりも弱くなっているのなら、可能なはずだ。後のことは、それから考えればいい。
「はぁ……」
最後の壁に札を貼り終え、空を仰ぐと、群青色の中には光るものがあった。山奥で街灯もないので、星がよく見える。札を貼ることに必死だったので、辺りが夕闇に染まっていることには、気付いていなかった。
——早く、瑛斗のところへ戻らないと。
残った札をポケットに入れて、僕はまた走り出した。
草だらけの道を、何度も転びそうになりながら、瑛斗がいる外廊下へ向かう。
息を切らせながら近くまで行くと、寝転がった瑛斗のそばには人影があった。
「あれ? 御澄宮司。なんでここに……」
「一ノ瀬さん……。やっぱり、一ノ瀬さんが何かしたんですか?」
「えっ?」
心臓が、どくん、と大きく脈打った。
——大丈夫。言わなければ分からないはずだ。顔に出すな。
おそらく顔はひきつっているが、薄暗いので、些細な変化は気付かれないだろう。
「実はさっき、物の怪の動きが急に悪くなったんです。そのおかげで、3つ目の策が使えました」
「3つ目って……なんですか?」
「視た方が早いかも知れません」
御澄宮司は、横にある扉を指差した。
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