第3話 出会いは突然に3
遂に、パーティーの日が来た。腰まである銀の髪をハーフアップにねじり編み込まれ、薄く化粧を施されたレティシア。身に纏うのは頑張って手直しをした新緑色のドレス。白い魔糸でスカートの裾全体に薔薇の刺しゅうを施されたドレスは前の可愛らしさよりも上品さが強調され、レティシアの銀の髪を更に惹き立たせた。
馬車に揺られながら、窓の外を眺めるレティシア。馬車の中では、スフィアと両親が仲良く談笑をしている。まるで、レティシアなど居ないかのような扱いだ。
(薬草が効いてくれて、本当に良かったわ……)
窓の外を眺めながら、そっと頬に触れる。クラリックの水魔法で腫れを抑え、薬草で炎症と傷の回復促進をしたお陰か、何とか腫れも引き怪我の跡も残らなかった。父は後先考えず殴って来ていたようだったが、跡が残っていたらどうするつもりだったのだろうか――。ついそんなことを考えてしまう。
「レティシア」
「っ、はい……」
急に話しかけられ、すぐに我に返り父スルグの方を振り向く。あの日以来、両親がレティシアに向ける表情は険しく、物を見るようなものになっていた。
「お前はスフィアを際立たせる為の飾りだ。それを努々忘れるな」
「はい、わかっております……」
馬車に乗ってから、再三言われている言葉だ。父の中では、私はもう信用も出来ないという状態なのね……。それが悲しくもあり、虚しくもあった。レティシアは膝の上でドレスの裾を握り締める。
「時にお姉さま、お姉さまにそんなドレスあったしら?」
風魔法で覗き見をしていてわかりきっていることを、両親の前で知らない素振りで聞いてくるスフィア。スフィアのドレスは可愛らしさを強調させた、淡いライトブルーのドレスだ。宝飾品が沢山ちりばめられ、光が金の髪に反射している。レティシアは作り笑いを浮かべながら答える。
「少し手直しをしたの。刺しゅうが好きだからそれのついでよ」
「ほう……ならばお前の嫁ぎ先は洋裁に特化した家柄にするか」
「そうね! それがいいわ! ねっ、お姉さま」
やたらとぐいぐいと話を進めてくる妹に疑問を抱きながら、レティシアは微笑むだけに留める。そこまでしてでも、早く家から追い出したいのだろう。
「でもお父さま、私が魔導公爵さまに嫁いだらお家の方の跡取りはどうするんですか?」
「安心なさい。お前が嫁いだとしてもお前の子どもを我が家の跡取りにすればいい」
「それもそうねっ」
既に魔導公爵の嫁になること前提で話が進んでいることに、レティシアは内心溜息を吐いた。このパーティーは大勢の未婚女性が来る筈。そんな簡単なことではないだろうに……。
馬車が止まり、パーティー会場であるユグドラス邸に到着したようだ。スフィアとレティシアは馬車から降り、馬車に残る両親の方を振り返る。
「スフィア、頑張りなさいね」
「はあい、お母さま」
ユノアに頬を撫でられ、笑みを浮かべるスフィア。羨ましくなんかないが、待遇の差を此処でも見せつけられ悲しくなる。
「レティシア、何としてもスフィアを引き立てろ。いいな」
「はい、お父様」
反対に、レティシアはスルグから威圧的な視線を向けられた。社交界において何時ものことだが、胸の苦しみだけは慣れることが無い。
馬車が走り去り、スフィアと二人きりになる。沈黙を破ったのは、スフィアの方からだった。
「お姉さまはついてこないで」
「え、でも」
それでは両親との約束を違えてしまう。そう言おうとするレティシアを、スフィアは鋭い眼光で睨み付けてくる。
「私が魔導公爵さまの目に留まらなきゃいけないのに、お荷物のお姉さまの相手なんてしてる余裕ないの! そんなのもわからないわけ!?」
何時も以上のスフィアの威圧に、レティシアは「わかったわ……」としか言えなかった。
スフィアの後に続き、会場である屋敷に入っていく。エントランスからしてクォーク邸よりも大きく、天井も高い。伯爵の地位にあるクォーク邸が小さいのではなく、ユグドラス邸があまりにも大きいのだ。装飾は控えめながら鮮度の高い花々が花瓶に活けられ、来賓者達を出迎えている。
呆気に取られているレティシアを放っておき、スフィアは一目散に会場ホールの方へと歩いて行ってしまった。
(私はおまけだし、ね……)
ゆっくりと会場に入っていき、人の多さに驚く。皆が魔導公爵の婚約者になりたくて必死なのだろう。煌びやかなドレスを着た彼女たちは、皆輝いて見えた。
「私は……」
何の為に此処にいるのだろう――。そう思っていると、一人の男性が此方に向かってくる。
「失礼、お一人ですか」
「はじめまして、レティシア・クォークです」
両手で軽くスカートの裾を持ち上げ、腰を曲げて深々と頭を下げる。綺麗なカーテンシーに見惚れていたが、レティシアの名前を聞いた途端、男性は慌てて「失礼」と言い去って行った。何時ものことに内心溜息を吐き、壁際に寄り掛かるように立って辺りを見渡す。女性ばかりではなく殿方も多い。皆この場を借りて相手を探そうというのだろう。だが、皆レティシアを見ると囁くように何かを話し出す。
遠巻きだから話し声は聞こえないが、きっと『不良品』と囁かれているのだろう。
髪や瞳の色素が薄ければ薄いほど、体内に宿す
「来たわ! 魔導公爵様よ!」
女性の一声で、周りの女性の目の色が変わる。ホール中央の階段から下りてきた、銀髪の青年。襟足で切り揃えられたストレートの髪は階段を下りる度になびき、アイスブルーの瞳は真っすぐ会場を見下ろしている。端正のとれた容姿はレティシアから見ても、とても美しかった。セシリアスタ・ユグドラス。このグリスタニア最強の魔導士だ。
階段から下りると、一目散に女性たちが駆け寄っていく。同様に駆け寄る女性を掻き分けてまで側に寄ろうとする様は淑女の嗜みもないようなものだった。魔導公爵の側に、スフィアがちゃっかりと張りついている姿が見てとれた。
女性たちの群がる一角を避け、そっと窓際に移動する。バルコニーから見える庭園は薔薇が沢山植えられており、満開の花を咲かせていた。
「綺麗……」
「――貴女は、魔導公爵様の元に行かなくていいのですか?」
「え?」
振り返ると、緑の瞳の、眼鏡をかけた水色髪の青年が静かに側に立っていた。
「貴方は……」
「失礼。他の令嬢達は皆さん魔導公爵様に群がっておいでなので……貴女はよろしいのかと気になりまして」
スッとお辞儀をする青年に、レティシアは微笑みかけながらカーテンシーで応える。
「私はレティシア・クォークです。名前でご存じかと」
敢えて言葉を濁すレティシアに、青年は首を傾げる。
「……失礼。何を、と窺っても?」
申し訳なさそうにする青年に、レティシアは知らない人が居たことに驚いた。
「私、魔法が使えないんです。
レティシアの言葉に、目を見開く青年。すぐさま頭を垂れた詫びてきた。
「申し訳ない。知らずに貴女を傷つけてしまった」
「構いませんよ、だから顔を上げてください。私は何とも思っていないですから」
レティシアの言葉に、ばつが悪そうな表情を向ける青年。そう言えば、名前を窺っていなかったことに気付く。
「貴方様のお名前を窺っても?」
「これは失礼を。私はセシル」
軽く会釈をするセシルに、レティシアは嬉しくてつい微笑み返した。
「話しかけて貰えて嬉しいです、セシル様」
満面の笑みを向けてくるレティシアに、セシルは「そんなことない」と頭を振る。だが、社交界で誰一人レティシアに話しかけ、魔法が使えないと言っても会話を続けてくれた人はセシルが始めてだった。それが何より嬉しかったのだ。
「私なんかのような『不良品』にこうも話しかけてくださるなんて……セシル様はお優しい方なのですね」
「そんな謙遜しなくても……貴女程のオドの持ち主、そうそういない。引く手あまたなのでは?」
「御冗談が得意なのですね。オドが多くとも魔法の使えない『不良品』に声をかける殿方なんていませんよ。あ、でも……」
そう言ってから、言葉を区切る。セシルの方を振り向き、目を細め笑みを向けた。
「セシル様は声をかけてくださいましたね。ありがとうございます」
此処まで素直に嬉しいと思えたのは久しぶりだ。つい頬が綻び微笑みかけてしまう。すると、セシルは俯きながら眼鏡の鼻当てを何度も直していた。
「セシル様?」
どうかしただろうか? そう思い顔を覗き込むと、眼鏡の隙間からアイスブルーの瞳が見えた。眼鏡越しだと緑なのに、何故――。そう考え、一つの結論に至った。
「その眼鏡……魔道具なのですか?」
レティシアの一言に、セシルの表情が一瞬強張った。それに気付かず、レティシアは言葉を続ける。
「セシル様、素敵な殿方ですもんね……女性から逃げる為に魔道具を駆使するなんて凄い発想ですねっ」
そうした使い方の魔道具もあるなんて知らなかったと答えるレティシアに、セシルは呆気に取られる。
「魔道具を毛嫌いしていないのかい?」
セシルの言う通り、貴族の中には魔道具を毛嫌いしている者は少なくない。魔道具は魔力の少ない一般市民が使うもの……そう考えられてもいるからだ。だが、レティシアにすればそんなことは一切ない。
「私は魔道具が好きです。このドレス、自分で刺しゅうを施したのですが糸紡ぎの魔道具なしでは出来ないですし……魔道具は多くの人の為に作られたものだと思いますから」
「――君は、面白い人だね」
「そうでしょうか?」
セシルの言葉に、首を傾げる。面白いだなんて、カイラにも言われた事が無かった。
それに……ここまで使用人達以外で誰かと話したのは初めてのことだ。セシルの側に居るのは居心地がよくて、つい自分から話しかけてしまいそうになる。
「君に誰もお相手がいないならば、私が立候補しても構わないだろうか」
「ええっ!?」
突然の言葉に、レティシアは驚き目を見開いた。次第に頬が紅潮していくのが自分でもわかる。赤く染まった頬に両手を当て、恥かしさに俯いた。
「もう、冗談が過ぎますよセシル様っ」
「冗談ではないさ。嘘を言っても意味がないだろう」
「……ありがとう、ございます。でも私、両親が相手を見つけると言われてますから」
本当ならば嬉しい。こんなに素敵な人が、『不良品』の私なんかを求めてくれているなんて、夢のようだ。叶うならば、セシルの元に嫁ぎたい。……でも、その夢は叶う訳がない。両親が絶対に認めない。そんなこと、わかりきっているのに諦めきれない。涙が零れそうだった。
「レティシア嬢?」
どうした、と顔を覗き込んでくるセシルに、涙の膜が張られた瞳で微笑む。何かを察したのか、セシルが言葉をかけようと口を開きかける。
「っ」
視線を感じ、振り返る。魔導公爵の側に張りついているスフィアが、魔導公爵に微笑みながら此方を睨み付けていた。この状況、両親に話されれば大変なことになる。レティシアだけならばいいが、伯爵の地位を利用してセシルにまで危害が加わったりでもしたら……。そう考えると、恐ろしくなった。
「すみません、そろそろ会場に戻りますね」
「ああ、引き止めてすまなかったね」
挨拶をして、会場に戻ろうとセシルに背を向けると右手を掴まれた。振り返ると、セシルが笑みを浮かべている。
「セシル様……?」
「君を、必ず迎えに行く。約束だ」
「……ありがとう、ございます」
両親達は今頃、私の嫁ぎ先を絞り込んでいる。そうなれば明日にはきっと、私の嫁ぎ先が言い渡されるだろう。叶わないだろう約束を、セシルと出会えた今日を、大切に胸の奥底にしまっておこう。そう思いながら、セシルの手を解きスフィアの元へと向かった。
帰りの馬車に揺られながら、ぼうっと外を眺める。馬車の中ではスフィアのお喋りが止まらず、両親は頷きながらスフィアの成果を聞いていた。
あの後はずっと、壁の花になりながら帰りの馬車が来るまでスフィアの様子を見ていた。
周りには色素の薄い髪色の女性ばかりがずっと魔導公爵に張りついており、スフィアを始め、纏う魔力からしても高い魔力の持ち主ばかりだった。魔法が使えなくても、基礎の魔力探知はレティシアの出来る数少ない特技である。あの中でも二属性を扱えるのはスフィアのみ。何を基準にして選ぶかはわからないが、扱える魔法でいったらスフィアが有力だろう。そう感じられた。
ユグドラス邸の外から香った薔薇のいい香りがまだ鼻腔を擽っている。スフィアの元に向かった直後、セシルの姿を探したが何処にも見当たらなかった。あの後すぐに会場から出て行ってしまったのかもしれない。
(セシル様……)
今も、セシルに握られた右手が熱く感じる。ギュッと、胸に押し付けあの幸せだった一時を何度も思い起こした。
そんなレティシアを、スフィアは見逃さなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます