○12章 異世界より ~貴方が落したのは左の異世界召喚? 右の異世界転生?~

 異世界召喚・転移もの(※64)も始祖論をやるのは難易度が高いと呼ばれている代物だ。世界各国の神話には神の国や黄泉の国に訪れる物語が定番として存在し、またそちらから人間界に人外がやってくる話も多い。ここではないどこかへ消えてしまったのだろうというような神隠し的伝承も多く、根源的なルーツはまあそれらなのだろう。

 エンタメ文学という側面で源流的代表としてよく挙げられるのは「不思議の国のアリス(1865年)」や「ナルニア国物語(1950年)」あたりだ。


 「不思議の国のアリス」は現実世界で不思議なものを見つけて追いかけていたら、不思議な世界に迷い込んでいたという迷い込み系の古典・王道・決定版とでもいうべき作品だ。剣と魔法の異世界へ召喚ないし転移という概念とは違うものとして認識されたりもしているが、現実から異世界へというワードで連想するものがこの作品である人も多いだろう。


 「ナルニア国物語」は現実世界の人間がハイファンタジーな異世界で冒険する王道な異世界召喚ものだが、現実世界と異世界を往復する物語でもある。異世界から戻る手段を探すタイプと現実←→異世界の往復タイプはこれも別ジャンルとして区分けされる傾向があるが、「指輪物語」が生まれ本格的なファンタジー観が整備されていく時代より早く、往復ものが源流として既に誕生している事実は興味深い。


※64 異世界の何者かによって強制的に召喚されるものと、自発的に異世界へ転移するもの、偶発的に異世界に迷い込んでしまうものは切り分けるべきという考えもあるが、本記事はざっくりまとめて扱う


 扱いが難しいのが「アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー(1889年)」だ。古代イングランドへタイムスリップする歴史系タイムトラベルものであるが、そこは史実世界というかアーサー王伝説の世界であり魔法も普通に出てくる。それはもう普通にファンタジー異世界では? という話にもなる。

 過去タイムトラベルか異世界転移か。超時空ファンタジーと呼ばれるジャンルも構築されていく中で、そこらへんをどうするかは悩ましいところだ。ここはざっくり雑フィーリング分類を発動させて頂き、「異次元騎士カズマ」「天は赤い河のほとり」「龍狼伝」あたりは異世界召喚枠にしないが「織田信奈の野望」は異世界召喚枠とするぐらいのノリでやっていきたい。未来転移系である「漂流教室」や「望郷戦士」のようなタイプも今回は省略させて頂く。


 同じく扱いが難しいのが異世界の存在が現実にやってきた系だ。異世界の住人から見れば現実世界こそが異世界なので異世界召喚枠になるというやつである。さらに神様が住む神界や冥界のような概念は同じ世界の上位世界か異世界かみたいな考察をはじめるとどうにもこうにもだ。そこらへんに該当するものは触れたり触れなかったり上手いことやっていきたい。


◆なろう時代前の異世界召喚◆


 国産異世界召喚ものの先駆けとして第一に挙げられる作品が「異世界の勇士/高千穂遙:著」(1979年)だ。普通の男子学生が異世界に召喚され魔王を倒すという物語である。それにしても高千穂遙は国産スペースオペラの先駆け、ヒロイック・ファンタジーの先駆け、異世界召喚ファンタジーの先駆けと呼ばれる偉大すぎる作家でありながら、ライトノベル始祖論となると他の対抗馬も十分に強くて高千穂遙で決まり! とならない。本当に魔境だ。

 話が逸れた。この章は小説・アニメ・漫画・ゲームといった区分けをせずに見ていこう。その方がまとまりもよさそうだ。


 80年代からは「リーンの翼(83年)&オーラバトラー戦記(86年)」「幻夢戦記レダ(85年)」「ハイドライドⅡ(85年)」「西風の戦記(88年)」「魔神英雄伝ワタル(88年)」「天空戦記シュラト(89年)」あたりだろうか。

「天空戦記シュラト」は普通の現代人の主人公たちが実は一万年前に戦死した神の転生体であり、その神の世界へ召喚され異世界で戦う物語だ。解釈によっては異世界転生ものとされる。だが、未来に流行する現実世界で死んだのちに異世界へ転生するタイプとは完全に別物であり、異星人の転生が重要なキーとなっている「ぼくの地球を守って」やギリシャの神々が現代人に転生した作品である「アリーズ」などの系譜に連なる作品だろう。


 90年代からは「機獣神ブラスルーン(90年)」「アナトゥール星伝(90年)」「NG騎士ラムネ&40(90年)」「遥かなる異郷ガーディアン(90年)」「甲竜伝説ヴィルガスト(90年)」「ユミナ戦記(91年)」「十二国記(92年)」「魔法のお店(92年)」「ふしぎ遊戯(92年)」「超龍戦記ザウロスナイト(92年)」「日帰りクエスト(93年)」「MAZE☆爆熱時空(93年)」「デルフィニア戦記(93年)」「魔法騎士レイアース(93年)」「聖剣エクスカリバー(94年)」「神秘の世界エルハザード(95年)」「天空のエスカフローネ(96年)」「召喚教師リアルバウトハイスクール(97年)」「エルフを狩るモノたち(98年)」「スピンナウト(98年)」「火魅子伝(99年)」あたりか。ファンタジー黄金期は異世界召喚ものも豊作だ。


 「機獣神ブラスルーン」はハイファンタジー的な世界が舞台で、近現代的な武装を持つ異世界勢力が侵略勢力として登場するという作品だ。「クリス・クロス」紹介からの流れで「ア・リトル・ドラゴン」の名前は出したが、90年代はそういった作風のファンタジーも見られた。「戦国自衛隊(79年)」からの影響もあるのかもしれないが、王道でシンプルな異世界召喚もの以外の豊富さが黄金期の魅力の1つではあるのだろう。

 「デルフィニア戦記」もハイファンタジーの王道的作品だが、異世界から来た少女が相棒として活躍するという形で要素を採用している。

 「甲竜伝説ヴィルガスト」はガチャポンという、玩具商品出身作品だ。

 異世界から現実への帰還をする/しないが極めて重要なテーマとして設定されている「十二国記」や、「スレイヤーズ」の作者が描いた現実←→異世界の往復ものの「日帰りクエスト」などライトノベル史でも名作・傑作と言われる異世界召喚ものが多数出た時代でもある。小説外からの「ふしぎ遊戯」「魔法騎士レイアース」などもそういう作品だろう。

 「召喚教師リアルバウトハイスクール」は高校教師が主人公で、現代学園異能バトルをやりながら異世界に召喚されてファンタジーバトルをやるという異色作で、主人公が学生だったら現代学園異能もの先駆け枠の主役だったかもしれない。とはいえ、教師主人公というアイデンティティがこの作品を唯一無二としているところもあるだろう。

 「スピンナウト」は「今日から俺は!!」などが代表作の西森博之と春風邪三太の共著作品となる少年漫画だ。少年達が異世界へ転移し冒険するというジャンルは、ジャンプ・マガジン・サンデーといったメジャー少年誌ではアニメやライトノベルほど活発ではなかったが、それに挑んだ作品として注目される。

 舞台が現代世界で異世界側から何かがという枠からは「わたしの勇者さま(90年)」が、ライトノベル誕生期の代表作として挙げられるだろうか。


 続いて00年代といきたいわけだが、09年作品に10年以降と絡めて語りたい特筆枠がいるので00~08年区切りとさせていただく。~08年では「今日からマ王!(00年)」「サモンナイト(00年)」「遙かなる時空の中で(00年)」「A君(17)の戦争(01年)」「ブレイブ・ストーリー(03年)」「マルタ・サギーは探偵ですか?(03年)」「MÄR(03年)」「ゼロの使い魔(04年)」「イコノクラスト(04年)」「乙女は龍を導く!(06年)」「ハルカ 天空の邪馬台国(07年)」「wonder wonderful(08年)」あたりだろうか。


 「A君(17)の戦争」は現代の少年が異世界へという型を採用しながら、当時目線で大流行していたオタクエンタメ系異世界召喚ものへの揶揄や皮肉を大いに盛り込んでいる作品だ。前に紹介した「名探偵の掟」や「ドラゴンはダメよ」のような作品側に所属するかもしれない。

 「MÄR」は「烈火の炎」で有名な安西信行が手掛ける少年漫画だ。メジャー少年誌でヒットした王道異世界召喚ものとして今も名を残す作品である。


 「ゼロの使い魔」はこの世代の思春期をこじらせた作品代表として名が挙がることも多い、ライトノベル史でも有数の名作だ。平凡な学生が異世界に召喚されるという切り口自体は「日帰りクエスト」など前例があるが、落ちこぼれとして蔑まれているが実は凄まじい能力を持つヒロインを一般男子高校生が伝説の使い魔として支えるという構成は、ありそうでなかった独自性を放ち、もうすぐ完結宣言が出ていたところで作者が死去したこともあり、特に強く語られ続ける作品となった(※65)。


 「wonder wonderful」は個人WEBサイト出身作品だ。作風はここまで紹介してきた異世界召喚ものに連なるが、趣味としての異世界旅行や姉妹が主人公などの個性があり、なろう系異世界転生ものが構築される前のWEB出身異世界召喚ものとしても重要となってくる。


※65 2017年に別の人物によって完結した。作者死後の別人による執筆はグイン・サーガなどで事例があるが、続刊と完結に関しては生前の著者の意向も反映されているとのこと


◆ライトノベルとなろう系の交錯◆


 2009~12年は大きな転換点時代だ。「RPG W(・∀・)RLD -ろーぷれ・わーるど-(09年)」「織田信奈の野望(09年)」「異世界の聖機師物語(09年)」「ゲート 自衛隊彼の地にて斯く戦えり(10年)」「リセット(10年)」「ログ・ホライズン(11年)」「問題児たちが異世界から来るそうですよ?(11年)」「白の皇国物語(11年)」「ノーゲーム・ノーライフ(12年)」「スカイ・ワールド(12年)」「オーバーロード(12年)」「竜殺しの過ごす日々(12年)」「異世界迷宮でハーレムを(12年)」「乙女ゲーの攻略対象になりました…。(12年)」あたりが出てくるが、ここまでで見てきた異世界召喚、転生もの、電脳系やヴァーチャル世界もの、ゲーム風異世界などの歴史に、現在イメージされる異世界転生という概念が合流しはじめる。


 「RPG W(・∀・)RLD -ろーぷれ・わーるど-/吉村夜:著」は09年にファンタジア文庫より刊行されたライトノベルだ。作者は00年代初頭より「真・女神転生」のノベライズを手掛けるなど活躍しており、ライトノベル作家がライトノベル・レーベルより刊行した新作シリーズという位置付けとなる。

 その内容はゲームマニアの高校生が熱中していたコンピュータRPGのプレイ中に、そのゲームに酷似した異世界へ転移してしまうというものだ。レベルやステータスという概念が存在する世界であり、主人公はそこで勇者をロールプレイすることになる……というもの。なろう系異世界転移・転生ものと言われてイメージする内容はこれという者も多いのではないだろうか。「SAO」や「ログ・ホライズン」などは既にある程度紹介済だが、ゲームと酷似した異世界というブーム発生に大きく貢献したといわれる「ログ・ホライズン」のWEB投稿開始が10年だ。これは非常に興味深い話で、どちらよりどちらが早い、あるいはどちらが本家でどちらが模倣だという話よりも、WEB小説ブームというのが台頭し始めていた初期時代に商業ライトノベル側は敏感にその動向に反応していたし、WEB小説界はそもそも商業ライトノベルの読者出身だったり、過去の名作に影響を受けたりして生まれているという相互関係があったという見方をするべきだろう。

 「フォーチュン・クエスト」のようなTRPGリスペクトファンタジーの登場、「クリス・クロス」のようなヴァーチャルRPGファンタジーの誕生、「.hack」や「SAO」が……という流れの最先端として、ゲーム世界(に酷似した異世界)への転移ものというジャンルが構築され、それはライトノベルとWEB小説どちらかの専売特許ではなかった。従来の異世界召喚ものも、その流れに影響を与え続けた共通の土台となる。個々の作品を1つ1つ見ていけばAという作品はBを模倣して作られたなどの事例は当然出てくるだろうが、全体的な流れとして、ゲーム世界召喚もの(レベルやステータス表記あり)というジャンルは、ライトノベルオリジナルであり、WEB小説オリジナルである。

 そういう視線で見ると、なろう系にライトノベルが壊されたとか侵略されたといった表現に出会った時は、かなり慎重に接する必要があるだろう。

 そして、現実世界で死を迎え、転生による新たな生が異世界ではじまるという作品も顔を出してくる。


 「リセット/如月ゆすら:著」は10年にレジーナブックス(※66)より刊行された小説だ。現実世界で幸せとは言えずに生涯を終えた女子高生が、天使から異世界への転生──人生のリセットができますと案内され、現代人としての記憶と強力な魔力をもちながら剣と魔法の世界での転生人生をスタートさせる……という内容だ。

 初出はWEBサイトであり、異世界転生ものの先駆け作品の1つとされている。その作風は「キャンディ・キャンディ」や「丘の上のミッキー」などから続く少女漫画&少女小説、あるいは「アンジェリーク」などの女性向けゲームが持つロマンス系要素が強いと見られており、ライトノベル前夜と誕生が少女小説抜きでは語れないように、なろう系黄金期の構築においても少女小説を源流に見出せる作品たちの存在が欠かせないものとなっていく。


※66 レジーナブックスはアルファポリスが女性向けとして10年に創設したレーベルで、リセットは刊行第一作目となる


 「アンジェリーク」の名前を出したところで、「乙女ゲーの攻略対象になりました…。」という作品も触れておきたい。こちらは電撃文庫から刊行されたライトノベルで、主人公は乙女ゲーの攻略対象の男性に転生した男子高校生であり、男子目線でヒロインからのアプローチを楽しむタイプの作品だ。

 タイトルからああ、悪役令嬢ものねと思った方がいたとしたらジャンルとしては完全に別物となる。悪役令嬢ものがわからんという人も多いだろうが、それは13年以降の主役の1つとなるのでそちらで紹介する。ここでは、主要ライトノベル・レーベルでも乙女ゲーという概念を採用しはじめていたことだけ認識しておいて頂ければ幸いだ。


 「織田信奈の野望」は「戦国乙女」や「恋姫†無双」と並んで歴史上の男性を女体化するムーブメントの発展に貢献し、「ノーゲーム・ノーライフ」の異世界召喚ものでありながらゲーマーという切り口で描かれる作風は「遊☆戯☆王」や冨樫義博作品などの手法側とも言えるかもしれない。異世界転生系のダークファンタジー代表と呼ばれるようになる「オーバーロード」に、これぞなろう系と言いたくなる転生ハーレムものの「異世界迷宮でハーレムを」と、並べてみると切り口は多様でありそれぞれの個性も強い。ライトノベル出身はそれまでのロジックを背負った強みを活かしていたし、WEB小説出身は今までのライトノベルにはなかった/出来なかったを生み出していた。


 ざっと見てみたが、昔からの異世界召喚と新しきジャンルとしての異世界転生という区分けをした時に、ロボものや少女小説&漫画の影響を強く感じる。異世界召喚と異世界転生はファンタジー論でも看板級の人気枠だが、「ナルニア国物語」となろう系異世界転生ものの比較だけでは、やはりなかなかに答えを出すのは難しいだろう。突然変異的に違うものに変わったわけではなく、ファンタジーと隣り合わせの多様なジャンルを巻き込みながら変遷していった連続性の中での兄弟という見方をすれば、本格的なファンタジー論における異世界転生ものの位置付けもまた少し変わってくると思うのだが、いかがだろうか。


 00年代末期から12年は、ライトノベルらしいライトノベルと、ライトノベル的なWEB小説出身作品という両軸の均衡が取れていた時代という表現も出来るかもしれない。だが、天秤は大きく傾くことになる。

 13年以降を私はなろう系黄金期と呼んでいる。なろう系にそれまでのエンタメジャンルが壊されたというイメージを持つ者が実際に多くいることを考えた時、それが確定した時代とも言えるだろう。ゲームでもまた、旧来を破壊したというイメージを持たれることになるソシャゲ黄金期時代を迎えることになる。

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