第298話 跳んでテッテイ
翌日、瞬間移動でサクラの家に寄ってから城へとやって来た私。この時点で既に2回の瞬間移動魔法である。ただ、短距離だったので、思ったより疲労はなかったようだ。
なぜ瞬間移動魔法を使ったか。単純にこちらの動きを外に漏らしたくなかったからだ。秘密裏にベジタリウス王国の城に向かわねばならないのだから、これは仕方ないと私は割り切っていた。
「やあ、来たね、アンマリア」
「おはようございますですわ、フィレン殿下、リブロ殿下」
城に転移した私とサクラは、二人の王子に挨拶をする。
「頼まれていた変装用の服を用意させてもらったよ。わざわざ身分を隠しての移動とは、ずいぶんと手を込んだ事をするね」
話を決めたのが一昨日なのだから、丸一日あったとはいえ準備できるとは思ってもみなかった。詳しく聞けば、ボンジール商会を通したそうだ。なるほどね。
「貴族と悟られれば、相手に目をつけられるでしょうからね。あくまでもバッサーシ辺境伯領からの商人という体を装いたいのです」
「なるほどね。瞬間移動魔法に加えて身分偽装とは、ずいぶんと徹底的なものだ」
フィレン王子が感心しているものの、私はすぐにでもバッサーシ領へと跳んでいきたい。
細かい事は抜きにして、私はサクラと一緒に服を着替える事にした。
着替えの終わった私たち。ちなみに私は商家の娘で、サクラはその護衛騎士という設定である。ええ、ひと晩で考えました。
それだというのに、まるで私の考えを読んだかのような衣装が用意されていたのは驚いた。さすがですわよ、フィレン殿下。
「似合っているね、アンマリア。でも、それを提案したのはリブロなんだ」
フィレン王子が笑っていた。それを聞いた私はがばっとリブロ王子の方を勢いよく見る。リブロ王子はにこりと微笑んでいた。その顔を見て私はあんぐりとするしかなかった。
「驚いてもらえたのは嬉しいよ。それはそうと、これをバッサーシ辺境伯に見せてくれ。父上からの親書だ」
思わず目を丸くする私とサクラである。まさか、国王が一筆認めてくれるとは思わなかったからだ。
「大事な婚約者だからね。父上も何かあっては困ると見たのだろう。きっと役に立つはずだよ」
「はい、確かに賜りました」
おそるおそるしっかりと手に取ると、ひとつ深呼吸を指定から収納魔法へとしまい込んだ。まったく、なんて物を寄こしてくれるのよ……。
「私たちからできるのはこれくらいでしょうかね。あとはアンマリアたちに任せるしかありません。せっかく王族を迎え入れていますのに、関係が悪化するのは望ましくありませんからね」
フィレン王子は真面目な顔で語っていた。
確かにその通りなのよね。友好関係を築くために受け入れたのに、関係が悪化しては人質という扱いになってしまう。それだけは避けたいところだわ。
だからこそ、私は真相を探るべく、ベジタリウス王国へと乗り込むのよ。
お城での用事が済むと、私はサクラと一緒に瞬間移動魔法でテッテイのバッサーシ辺境伯邸へと跳ぶ。ここに来るのは一体つぶりだろうか。
「これはサクラお嬢様。よくお戻りになられました」
屋敷の玄関前に跳んだので、入口付近で仕事をしていた使用人が慌てたように反応している。
「旦那様、旦那様! お嬢様がお戻りになられました!」
すると、一目散に屋敷の中へと走っていった。置いて行かれた私たちはぽかーんとその後ろ姿を眺めていた。
私とサクラは顔を見合わせながら、とりあえず玄関の中まで進んでおいた。下手に移動するとすれ違う可能性があるからだった。
しばらく玄関で待っていると、使用人が戻ってくるのか思ったら、サクラの父親であるヒーゴ・バッサーシがやって来た。まさか当主が出てくるとは思わなかった。
「おお、サクラか。それとそっちはファッティ嬢だな。久しぶりだが、どうしていたのだ?」
近況を聞いてくるバッサーシ辺境伯。リブロ王子の誕生日パーティー以来なのでそれほど経っていないのだけど、わざわざ領地のバッサーシ辺境伯邸にやって来たからこうやって確認しているというわけのようだった。
「お父様、大切な話がございます。お部屋の方で話をなさいませんか?」
「うん? ……その様子だと相当の話のようだな。分かった、俺の私室で話をしようじゃないか」
真剣な表情のサクラに何かを察したバッサーシ辺境伯は、私たちを自室へと案内してくれた。誰にも聞かれないようにしてくれるあたり、さすが辺境伯である。
私は国王の親書とミスミ教官の手紙をバッサーシ辺境伯に渡す。
それを読んだ辺境伯はしばらく唸っていたのだが、
「事情は分かったが、さすがに娘たちだけを向かわせるのは感心できないな」
どうも難色を示しているようだった。
「だがな、ちょうどベジタリウスとは定期の取引の時期が近い。それを使えば目立たずに入国できるだろう」
どうやら辺境伯は行く事自体には賛成のようだった。そのための方法を示してきた。
これは渡りに船と考えた私たちは、その話を受け入れる。何にしても、怪しまれずにベジタリウス王国へ向かう方法があったのだ。
ただ、準備があるために、数日間テッテイに留まる事になってしまったのは痛い。焦る私たちだったが、どうにか逸る気持ちを押さえて待つのだった。
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