第294話 ひと時の平和を噛みしめて
ロートント男爵を正気に戻し、これでようやく夏休みの合宿で起きた事件に一区切りがついた。
王城内で保護目的で軟禁されるロートント男爵だが、取り調べに対してはものすごく素直に応じている。ただ、呪いに支配されていた間の記憶があいまいなために、その全容の解明には時間がかかりそうだった。
本来ならば、あれだけの事を起こせば一族郎党ともども処刑というのが通例だ。しかし、ロートント男爵を生かしておかなければ事態の解決は望めない事と、私たちの誰もがそれを望まなかった事により、このような寛大な措置が取られたというわけである。
この日の私たちは学園をお休みとなったので、そのまま城の中で夕方まで過ごす事になった。
そんなわけで、モモ、サキ、テールの三人も含めて、私たちは城の一室、ミズーナ王女の部屋でお茶会に興じていた。
昨日はあれだけ酷い事になっていたので、正直言って何もしたくないのだから仕方ないわよね。魔力を使い果たして気絶していたくらいだもの。
ちなみにモモたちも居るのは、昨日の一件を目撃したから。父親がいろいろな事態を想定して、警戒のあまりに外出禁止措置を取ったのだ。さすがは一国の大臣、有能である。
「まったく、昨日は大変でしたね」
ミズーナ王女が切り出した。
「先日の合宿の事があったので警戒はしていましたが、まさかそれ以上の事態になるとは思ってもみませんでしたね」
それに私が答えると、エスカが無言でこくこくと首を縦に振っていた。
「本当に申し訳ございません。私たち親子のせいで皆様を大変な目に遭わせてしまいまして……」
テールは肩をすくめながら、頭をしっかりと下げて心の底から謝っていた。元々は平民とはいえど、きちんと教育されてきているのがよく分かる行動である。
「そこまで気にしなくてもいいですよ。すべてはあのブローチをロートント男爵に渡した者たちが悪いのです。あなた方はただの被害者ですよ」
「ありがとう……存じます」
ミズーナ王女がロートント男爵親子を庇うと、テールは泣きながら感謝の気持ちをこぼしていた。本当に素直ないい子である。
それにしても、ロートント男爵があんな風になってしまっていたというのに、よくテールは捻くれたりもせずに真っすぐ育ってくれたものだ。ましてや養子なのだから、被害扱いを受けた可能性はあっただろう。
だけど、ロートント男爵はあまり接触をしてこなかった。おそらくはロートント男爵の本来の心が、テールを巻き込むわけにはいかないと距離を取らせたのだろう。これを確かめるのは厳しいだろうけれど、もしその通りだとしたらロートント男爵は大した人物である。
「それにしても、私たちの浄化の力をもってしても厳しいだなんて……。なんだか聖女と呼ばれているのが恥ずかしくなってきます」
サキも相当にショックを受けているらしく、ようやく口を開いたと思ったらそんな弱気な言葉が出てきた。
「相手は魔王の力ですもの、無理もないわ。むしろ、私が居たからかえって面倒になった気もするわよ」
エスカは少々やさぐれ気味にぼやいていた。
「そういえば、エスカ王女殿下の属性って水と闇でしたね」
エスカのボヤキを聞いて、モモが反応する。
「そうよ。あの時の呪いの力の魔力は完全な闇属性。つまり、私は抑え込むどころか活性化させていた可能性があるのよね。水属性に傾けたけど、無意味っぽかったし……」
お茶請けのお菓子を頬張りながら、エスカは愚痴を漏らしている。
「それを言ったら、私やミズーナ王女殿下もですよ。ただでさえ八属性全部持ちなんですからね」
「……そういえばそうだったわね」
私の言葉にただ頷くだけのエスカである。
その後はしばらく黙々と紅茶を飲んではお菓子を食べるという状態が続いた。あの呪いに関してはとにかく話題が重すぎるのだ。
「はあ……、私の国、ベジタリウス王国が絡んでいるとはいえ、下手に使いを送れませんわね。このサーロイン王国の貴族に接触してるという事は、今も城下に潜んでいる可能性が高いでしょうから」
久しぶりに言葉が出たかと思えば、ミズーナ王女のため息まじりの言葉だった。
「私とエスカ王女殿下は瞬間移動魔法が使えますけど、ベジタリウス王国は行った事がないですものね。実に残念です」
「ミズーナが使えればいいんだけどね。アンマリアだってこうやって使えるんだし」
「簡単に言わないで下さい。私の固い頭じゃ、そんな想像力はありませんよ」
私とエスカの言葉に、ミズーナ王女は不機嫌そうに返してきた。
あれだけ魔法を使うのに想像力がないとは?
ミズーナ王女の言葉に、私はついつい首を傾げてしまった。本当に疑問に感じたのだからしょうがない。
「とりあえず、イスンセなる人物に関する対処は後ほど考えるとしまして、今は気分転換を致しましょうか」
ミズーナ王女は両手をパンパンと叩きながら私たちに呼びかける。
「そうですね。とりあえず全員無事だった事を喜びましょう」
私たちは気持ちを切り替えて、互いの親睦を深める事に舵を切る。
このお茶会は、ミズーナ王女の侍女が私の父親を連れてくるまで続けられたのだった。
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