第05話(SIDE C)
「うぐ……こいつ等は」
匡平達一五人が「永遠の楽園」と呼ばれるその迷宮の探索を開始して今日で三日目、五五時間経過。その間にモンスターとの遭遇は一回だけだったが、今ようやく二回目を数えようとしているところだった。
今彼等の目の前に、腐った死体の群れが接近しつつあった。その数は彼等と同程度。見た目のままに「ゾンビ」としか言いようのないモンスターだ。それはのそのそと前進し、匡平達へと迫っている。だがその速度はあまりに緩慢であり、その襲撃を避けるのは子供でもできそうだった。一つ問題があるとするなら現在地が長い一本道の真ん中で、ゾンビを避けるにはかなりの距離を引き返す必要があることだった。
「この程度の相手に引き返す必要はない。蹴散らして前に進もう」
強硬に主張するのは若葉であり、匡平もまた同意見だった。余裕があるのなら戦闘回避を選択するところだが、今彼等に余裕など欠片もない。絶食状態ももう三日目だ、無駄に歩くことなど許されるはずもなかった。
「判った、俺も戦う」
反対したなら若葉と匡平に袋叩きにされそうな予感を覚え、瀬田は強硬策に賛成する。それに瀬田にしたって絶食中なのは同じであり、余計な遠回りをしたくないこともまた変わりなかったのだ。
先頭に立つのは若葉と匡平。二人はリザードマンから奪った剣で武装している。それに続くのは瀬田と塩津、二人が持っている剣は塩津の祝福で作られたものだ。その次に男子生徒、女子生徒続き、葵と里緒の二人は最後尾だった。
「行くぞ!」
もう目と鼻の先まで接近していたゾンビ軍団へと、若葉と匡平が突撃。それに瀬田と塩津が、男子生徒が続いた。若葉達が剣を振り回し、ゾンビの身体は藁人形よりも容易く破壊されていく。後続から悲鳴が上がったのは襲われてのことではなく、悪臭を放つ腐敗液が飛び散って降ってきたからだった。
彼等はゾンビ軍団の間をわずか十数秒で駆け抜け、通り過ぎた後にはゾンビの残骸が地面を転がり、腐敗液が床を汚していた。それは戦闘などと呼べるものではなく、草刈りの方がよほど大変な思いをすることだろう。
「うへぇ、ひどい臭い」
葵と里緒は顔をしかめ、腐敗液の水たまりを避けながら前へと進む。が、その足が止まった。前方の若葉と匡平が足を止めて振り返ったからだ。その二人だけでなくそれに続く瀬田と塩津もまた同じ、その次の男子生徒もまた葵達の方へと顔を向けていた。
「どうしたの?」
最後尾の葵が問い、その答えは悲鳴だった。
「あああああ!! いやいやいやいや!!」
木之本が喉も裂けんばかりの悲鳴を、絶叫を上げている。塩津が彼女に襲いかかっている。塩津が木之本に覆いかぶさり、その首元に噛みついている。見ればそれは彼一人ではなかった。男子生徒が女子生徒に掴みかかり、その首に噛みつかんとしている。
逃げようとした女子生徒、守山の手を掴んだのは、若葉だ。その肌は土のように青ざめ、その眼は白く濁り、その口からは黒い腐った血がこぼれている。守山が必死に抵抗するが若葉はその手首を握り締め、ついには骨を握り潰してしまう。守山が恐怖と痛みに泣き喚くが、その声も匡平に喉を噛みつかれ、途絶えてしまった。
「ど……どうして」
この惨状が理解できず心も身体も止まってしまう里緒。いや、何が起こったのは見れば判る。若葉や匡平、男子生徒達がゾンビとなって他の生徒を襲っているのだ。判らないのは何故そんなことになっているのかだが、
「里緒ちゃん!」
そんな話は後回しだ。葵が里緒の手を掴んで走り出した。引っ張られた里緒は腐敗液に足を取られて転んでしまうがすぐに立ち上がって走り出し、必死に走り続けた。二人はあっと言う間に百メートル程の距離を作り、そこで停止した。里緒が急に足を止めたからだ。
「里緒ちゃん、何してるの。早く逃げないと」
焦る葵は後ろを振り返った。ゾンビと化したクラスメイトは普通に歩く程度の速度で接近している。腐ったゾンビと比較すればかなり早いが走っていればまず逃げられるだろう。だが油断していいわけでは決してなく、距離を稼ぐに越したことはなかった。
「逃げられたのはわたし達だけみたい。でも、どうしてみんながゾンビに。噛みつかれたわけじゃないのに」
敵の様子をうかがっていた葵が里緒の方を振り返り、当然視界に入ってくるのは里緒の顔だ――血色を失ったその肌は蝋のように青白く。生気を失ったその眼は蛙の腹のように白く濁り。口の端からこぼれる血は腐ったように黒い。顎の骨を外し、頬を裂いて開いた口は通常の四、五倍の大きさで、まるで嗤っているかのよう――
「ひっ、ひっ……」
できれば空気を切り裂くほどの悲鳴を上げたかったが、出るのはまるで喉が痙攣したかのような声だけだ。なんで、どうして――その思考が葵の脳を埋め尽くし、すぐにそれは白濁した。里緒の瞳と同じように。
……やがて、一五体の腐った死体が集まり、移動を開始する。彼等がどこに行こうとしているのか、最期にどこに行き着くのか、それを知る者はどこにもいなかった。
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