第02話(SIDE C)


 某高校クラスの一つがまるごと異世界へとトラック転生(?)し、放り出された場所は迷宮の奥。その直後にモンスターの襲撃を受け、何とかこれを殺すも生き残ったのは半数の一五人だけ。彼等一五人は「永遠の楽園」と呼ばれるこの迷宮探索へと足を踏み出した。もちろんそれは冒険心や功名心に因るものではなく、「外に出れば元の世界に、元の日常に戻れる」という根拠のない願望に基づくものだったが。

 そして彼等がこの迷宮にやってきて約三〇時間が経過し、迷宮探察二日目。時刻は午後四時頃。


「す、すみません。休憩を……」


「またかよ、さっき休んだところだろうが」


 里緒は「ごめんなさい」と謝るがその足はなかなか動こうとしなかった。瀬田は苛立ち、舌打ちをしながらも「五分休憩だ!」と一同に告げる。ほぼ全員が――瀬田自身も例外ではなく、力尽きたようにその場に座り込んだ。例外は若葉と匡平だけで、二人はこの集団の先頭と最後尾にいて敵を警戒し続けている。

 最初の襲撃以降、モンスターに襲われたのは昨日は一回だけ、今日はまだゼロだ。だがそれは彼等の迷宮探索が順調であることを保証するわけではないのだった。


「こんな調子外に出るまでどれだけかかるか」


「もう二日も延々歩いて外に出ないじゃん。あんたが道を間違えてるだけなんじゃねーの?」


 瀬田の嫌味に嫌味を返すのは木之本だ。瀬田が「何だと?」と怒りを見せるが、苛立っているのは木之本も同じだった。いや、全員が疲弊し、余裕がなくなり、苛立っている。


「どちらかの手を壁に添えてひたすら歩いていけばどんな迷路だって必ず突破できるんだよ! そんなことも知らないのか」


「無意味に袋小路に入り込んでまた同じ場所に出てくるのに今日のほとんどを遣ったよな」


 目の据わった木之本の指摘に瀬田が言葉に詰まり、彼女が深々とため息をつく。


「一番奥まで行って折り返して戻ってきて、それでどんだけ時間を遣うわけよ? もっとマシな方法はないわけ?」


「だったらお前が何か提案しろよ!」


 瀬田が噛みつくように怒鳴り、だが木之本は怯みもしなかった。ただ白けた顔をするだけだ。


「文句を言うだけかよ! 他に何かいい方法があるって言うのかよ! あるんだったら言えよ、それを採用するから!」


「ひたすら真っ直ぐに突き進む」


 若葉がそう言い出し、瀬田は「どういう意味だ?」と問い返した。若葉に代わって答えるのは匡平だ。


「この迷宮は想像以上に大きいみたいだけど、それでも差し渡し十キロも二十キロもあるわけじゃないだろう。仮に十キロあったって二時間半も歩けば端までたどり着く」


「道が真っ直ぐならそれでいいだろうけど、判っているのか? 迷路なんだぞ」


「それでも今のまま歩き続けるよりは大分マシなんじゃないか? このままだと外に出る前に日が暮れるぞ」


 彼等が持っていた食料は元の世界から持ち込んだ弁当と多少のお菓子くらいで、それらはもうほとんど食い尽くされている。このままではほぼ絶食の状態で二日目を終え、三日目になるだろう。いつまでまともに動けるかを考えるなら今日中に何らかの突破口を見出す必要があった。

 瀬田はその提案を容れるかどうか悩むが、その判断基準は「自分のリーダーとしての権威に傷がつかないかどうか」だった(そんなものは最初からないと、彼を除く全員が思っているのだが)。


「……先導はお前か虎姫か、言い出した奴がやれよ」


 これから道に迷ってもその責任を二人に押し付けられると、瀬田は自分の名案に満足する。今日はその思惑を理解しつつも「判った判った」と頷いた。迷わずに外にたどり着ける自信があったわけではないが、このまま彼に先導を任せるよりはずっとマシだろう。

 休憩と話し合いを終え、匡平達は再び迷宮探索に出発する。そしてその数時間後、スマートフォンの時計を信じるなら日はとっくに暮れて、夜。


「これは……」


 数時間歩き続けた匡平達は目の前の光景に立ち尽くした。遺跡内部のような石材の通路が不意に途切れ――一瞬屋外に出たのかと勘違いする、広大な空間だった。彼等の目の前に、鍾乳洞が広がっている。天井までの高さは、場所によっては十メートルにもなるだろう。奥がどこまで続くは見当もつかない。足元は石畳で整備されていてどこかにはつながっているのだろうが、


「……どうする、これを歩くのか」


 その上を歩いて、この奥へと進んで外に近付くとは匡平にはどうにも考えられず、それは若葉も同じだった。

 結局、奥に進むという決断ができなかった彼等が力尽き、近くの小部屋で倒れ伏すようにして休息するのはこの直後のことであり、そのまま彼等は死んだように一夜を明かすこととなる。

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