第13話 試行錯誤の深夜メシ


「い、いただきます……」


 ヴァニラはお行儀よく両手を合わせると、恐る恐るオニギリにかぶりついた。

 そして一度目を大きく見開くと、何度も頷きながら無言で食べ続ける。


 ヒルダも恐る恐るひと口。すると「おぉ」と声を漏らし、目をキラキラと輝かせた。



「お、美味しいです! こんな簡単に作れるのに、どうして……?」

「ふふん。どうだ、すごいだろ?」


 二人ともパクパクと食べてくれているし、どうやら成功だったようだ。


(ここまでに失敗はたくさんしたけど)


 失敗作の飯盒はんごうをダンジョン機能でシレっと消去しながら、俺は二人の様子を微笑ましく眺める。



「ナオト、これはなんていう料理なの?」

「オニギリだよ。これを俺たちはお弁当にして、外で食べたりするんだ」


 ピクニックにおける、お楽しみ要素のひとつだ。炊き立てご飯とはまた違った美味しさが、冷えたおにぎりやお弁当にある。


 ……って言っても、食事をしないメス星人にはピンとこないかもしれないな。



「なんだか久しぶりに母さんの弁当を食べたくなってきたな……」

「……っ! ごめんなさい」

「あ、いや。すまん、そういう意味で言ったんじゃないんだ」


 思わず口が滑っちまった。別にヴァニラたちを責めるつもりは無かったんだ。そんな悲しそうな顔をされると、こっちも胸が痛くなる。


 「気にしなくていい」と、俺はヴァニラの頭に手を伸ばす。嫌がられるかと思いきや、彼女は猫のように大人しく撫でられていた。


(母さんの弁当は食べたいけど、今は我慢だ)


 また昔の日々が帰ってくれば良い。生きてさえいれば良いんだ、今は。



「お食事を貰っておいて、こんなことを言うのも何なんですけど……」

「ん? なんだよ」

「ナオトさんって意外にメンタルがお強いですよね」


 ヴァニラを少し羨ましそうに見ていたヒルダが、口を尖らせながらそんなことを呟いた。


 そうか?

 自分では打たれ弱い方だと思っていたけど。


 でもシルヴィアにコテンパンに論破された点については……うーん、たしかに?

 そこまで落ち込んでいないのは、事実かもしれない。



「地球人ってさ。シルヴィアが言っていたように、愚かだと俺も思うんだ」

「ナオト?」


 ふと、うつむいていたヴァニラが顔を上げた。


 俺が口にした内容が、信じられないと言った様子だ。


「だって、ずっと昔から同族で殺し合ってきたし、欲に負けて罪を犯すしなぁ。そのくせ病気や事故で呆気なく死ぬだろ?」

「それは、その」

「でもさ。数が減ってもすぐ増えて、また繰り返して。このサイクルのおかげで人類は発展してきたんだ」


 人口数十億による、恐ろしいまでのトライアンドエラー。それが人類の強みだ。それだけの成功と失敗の積み重ねがあって、俺たちは今を生きている。



「長命な私たちメス星人には、想像もできないわね」

「ははは、だろうな。だからシルヴィアもあんなに苛立っていたんだと思う」


 笑い飛ばす俺を見ても、ヴァニラは変わらず暗い表情のままであった。


 住む星を侵略されたという、同じ境遇。なのにここまで考え方が違うと、戸惑っちまうのも仕方ない。



(だからって、理解し合えないわけじゃないと思うんだけどな……)


 それはここ最近までの俺には抱けなかった考えだ。

 だから他の奴らシルヴィアにも言って納得しろ、とは思わない。むしろ逆効果だろう。


 苦笑いを浮かべた俺はキャンプ用の網を用意すると、焚き火にセットした。



「私……シルヴィアのやり方は、間違っていると思うの」


 ヴァニラがぽつりと呟いた。

 口はキッと結ばれ、真剣な表情だ。


 燃え盛る火が彼女の瞳に反射して、そこに炎がともっているように見える。



「どうしてそう思うんだ?」

「……強くなる道は、ひとつだけじゃないって分かったから」


 彼女が何を言っているのか、いまいちピンと来なかった。


 そんな俺に対して、ヴァニラは自嘲じちょうしながら語り始める。



「私ね……自分の努力だけで強くなろうと、ダンジョン攻略に必死だったの」


 それは俺も知っている。

 強くなりたいのなら、一番手っ取り早い方法は『ダンジョン』に行くことだろう。


 実際、ダンマスになって俺も強くなれた気がするし。



「艦長の娘として、立場に見合うように早く強くならなきゃって。でも、全然うまくいかなかった」


 膝の上に乗せた自身の掌を、ジッと見つめている。


 拳の中に、彼女の悔しさが詰まっているかのようだ。



「私が出来得なかったことを、か弱い地球人であるはずのナオトが成し遂げた。そうしたら、分からなくなったの。今まで自分は、正しいことをしてきたのかなって……」


 ヴァニラが語ったのは、ただの言葉。


 だけど、彼女の抱える苦しみと葛藤が、その一言に凝縮されているような気がした。



「テンタクルスよりも、貴方たちが恐ろしいわ……地球人って弱くて強い。私たちは純粋な力を得るよりも、貴方たちを見習うべきなのかもしれない」


 おそらく俺の話を聞いて、人間の底の見えなさが垣間見えたんだろう。


 尊敬や恐怖が入り混じった声を聞いて、ちょっと複雑な感情が湧いてしまう。



「たしかに地球人の強みは、欲深さにあるのかもな。まぁ見習った方が良いかは、ちょっと返答に困るけど」


 褒められているのか、けなされているのか。微妙なラインだ。

 俺は人類の欲深さが招いた結果をいくつか知っているから、あまり自慢はしたくないし。


 ヴァニラも俺の言葉を聞いて、なんだか複雑そうな表情をしていた。


 ……少し真面目な話をしすぎたか?

 暗い雰囲気を壊すように、ヒルダが小さく笑う。



「ナオトさんに影響を受けすぎると、変態さんになってしまいますからね」

「おい、それはどういう意味だよ?」

「……わたくしのパンツを見て興奮していたじゃないですか」

「そ、それとこれとは話が別だろう!?」


 なんてことを言うんだ、コイツは。

 そもそもあれは不可抗力だろ! そんな俺が狼狽うろたえているのを見て、ヴァニラがクスクスと笑う。


(あぁ……なんかいいな)


 こうしていると、まるで本当に家族でピクニックに来たみたいだ。


 日常は血と鉄に塗れた戦場の中にあっても、こうしてなごやかな雰囲気を楽しめるなら――悪くないって思える。



「なぁヴァニラ」

「ん?」


 肩肘張らない彼女の様子に安堵しながら、俺は質問する。


「俺は食堂を再建しようと思う。もっと強くなって、経験値も貯めて、もっと美味い料理を出せるようにする」


 シルヴィアは間違いなく、地球の資源をしぼり尽くす気だ。すべては自分の母親を取り戻し、侵略者どもを根絶やしにするために。


 だけどそれは地球の滅亡とセットだ。


 そんなことは断じてさせられない。



「俺は家族と地球を取り戻すために、アイツを納得させられる実力を磨く。そのために……ヴァニラ、ヒルダ。二人にも協力してほしいんだ」


 俺は椅子から立ち上がり、頭を深く下げた。


 ヴァニラとヒルダは顔を見合わせると、ニッコリと笑顔を返してきた。



「ふふっ、突然どうしたんですか? もちろん、協力させていただきますよ」

「地球人の文化や食を守ることは、わたくしにとっても有益ですもの」


 こころよく了承してくれた二人に感謝しながら、俺は再び深く頭を下げた。


(地球を取り戻す……か)


 それはまるで夢物語のようだけど――いつか必ず叶えてみせるさ。


 そう胸に秘めながら、俺は顔を上げてニヤリと笑う。



「んじゃ、とりあえず〆の焼きおにぎりでも食べるか!」

「なにそれ美味しそう!?」

「それをわたくしに寄越すのです。早く!」


 こうして俺たちは、食事を通してあらためて絆を確かめ合うのであった。(なお当然ながら、焼きおにぎりを争奪する戦争は勃発した)



 ――それから二日後。

 俺とヴァニラたちはダンジョンを出て、廃墟となった旧東京へと繰り出していた。

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