第9話 黄色いプルプルと嵐の女
ついに食堂が完成した。
と言ってもほとんど内装のない、物寂しい建物だが。
外装や調理場はこれから作る予定なので、とりあえずレトルト食品を生み出して提供するかたちだ。
(いや~、それにしても本当に大変だったな)
スカーレットが俺の経験値集めに協力するといって、怒涛のモンスター狩りが始まったのだ。
ダンジョン内を端から端まで引き連れまわされ、朝から晩まで戦いっぱなし。
その最中でもヒルダが動画配信を始めたり、スカーレットが配信でリスナーをからかったりとトラブル続きだった。
まぁ彼女たちのおかげもあって、予定よりも早く工事は終わったのだが。
そして開店前日――。
「御主人様! 今日はさらに辛いカレーが食べたいぞ!」
俺はスカーレットと食堂のカウンター越しに向かい合っていた。
彼女はワクワクした様子で、ずずいっと席から身を乗り出している。体重で胸がむにゅりと形を変え、シャツの隙間から谷間が覗いて見えた。
そして隣には、お決まりのように和服姿のユウキが座っている……まぁ、それは気にしないことにする。どうせスカーレットに便乗して、自分も飯にありつこうと思っているんだろう。
「あのなぁ、お前らのために苦労して食堂を開いたんじゃねぇんだぞ? 頼むから、カレー以外のメニューも頼んで宣伝してくれよ!」
俺の後ろにある棚には、レトルトカレーのパックが山のように積まれていた。
原因はもうお分かりの通り、このカレー狂いの赤髪女だ。
毎日三食カレーを食べたいと要求してくるせいで、メニューのストックがこればっかりになってしまった。
あれだけ食べたいと思っていたカレーも、そろそろ見るのが嫌になってきたぞ……。
「ふふふ。今日は私がリクエストする番よ。スカーレットはそこでお行儀良くしていなさい」
「むう……ヴァニラ従姉め、ずるいぞ!」
「あら? 最近はずっと貴女ばかり優先していたじゃない。ナオトはそろそろ、本来のパートナーである私のことを思い出してもらわないと」
カウンター席に座ったヴァニラが余裕の笑みを浮かべる。それを見て、スカーレットは悔しそうに拳を握りしめていた。
(コイツらも随分と仲良くなったな)
金髪と赤髪で見た目は違えど、従姉妹同士で気が合うのかもしれない。
そんなことを考えていると――厨房の奥からタイマーの電子音が鳴り響く。
「お、そろそろ冷えたころか」
ヴァニラのリクエスト。それは『甘いスイーツ』だった。
だけど残念ながら、今の俺が作れるレパートリーは少ない。建築とカレーの召喚で、使える経験値がカツカツ状態なのだ。
そこで思い付いたのが、手軽に作れるプリンパフェだった。
「その冷蔵庫に入っている黄色いのが『ぷりん』というやつですか?」
「あぁ。これはオヤツの中でも定番中の定番でな。子供から大人まで広く愛されていたんだ」
隣でアシスタント兼、広報担当のヒルダが配信用のカメラを回しながら質問を投げかけてきた。
<まるでスライムみたいな見た目だな>
<全然味が想像できないわね>
<でもなんだかおいしそう>
コメント欄も相変わらずの賑わいだ。
今まで地球の文化には見向きはしなかったのに……実は興味があったのか?
「ナオトさん、今回はプリンパフェを作ると
「あぁ、これは……」
それから俺はプリンパフェの作り方について説明を始めた。
まずは棚から取り出したグラスに、チョコフレークをザザーッと入れる。
お次にミックスフルーツの缶詰を召喚し、マンゴーや桃など、色とりどりの果物を盛り付ける。
そしてプリンを器に盛り付けて、最後に生クリームとバニラアイスを添えて完成だ。
「なんだかナオトさん、かなり作り慣れてません?」
「うん? あぁ、昔はよく妹に作ってあげてたんだ」
「……そう、ですか」
「急に黙ってどうした? ほら、もう完成だぞ」
あぁ、忘れてた。
今日は画面映えするように、花火とクッキーのスティックも刺しておいてやるか。
パチパチと華やかに火花を散らすパフェを手に、厨房を出る。
「よしできたぞ」
俺はカウンター越しにヴァニラの前へ差し出した。
(妹はこれで大喜びだったんだが。はたしてメス星人の口に合うだろうか)
俺は不安そうにヴァニラを見るが……彼女の瞳はキラキラと輝いていた。
「わぁ、これはとても綺麗ですね。本当に食べていいの?」
「あ、あぁ……どうぞ」
ヴァニラはニコニコしながら、プリンをスプーンですくう。そしてゆっくりと口に運ぶと――。
「んっ! 口の中でとろける……何これ!? 甘くてとっても美味しいわ!」
「気に入ったみたいで良かったよ。他のアイスやフルーツも、少しずつ食べ比べてみてくれ」
「うん! あぁ、これが地球のスイーツなのね。ふふ、また一つ知識が増えたわ」
(何という屈託のない笑顔……メス星人も可愛いところがあるんだな)
俺はついつい、ヴァニラに見惚れてしまう。すると――。
「あーっ! ヴァニラ従姉だけずるいぞ! アタシにもひと口~!」
隣で大人しく様子を
それからヴァニラのスプーンをひったくると、パクッと食べてしまった。
「ちょっと、意地汚いわよスカーレット!」
「んん~っ、やっぱり美味しい! 御主人様は甘い物も作れるなんて最高だな!」
「あっ、その刺さってるのは譲らないわよ!? ちょっ、待ちなさいってば! 良い加減にスプーンを返しなさい!」
ギャーギャーと年甲斐もなくはしゃぐ従姉妹たち。それをヒルダは口元を手で隠しながら、
他のリスナーたちも、面白おかしくコメントを打ち込み始めた。
<はぁ、尊い>
<ここが天国か>
<いがみ合っていた同士のイチャつき、とても良いと思います>
<チャンネル登録しました>
<私、ヴァニラ様の切り抜き作るわ>
(なるほど……これが『推しの誕生』ってやつなのか?)
たしかに見ていて
こうして一緒に過ごしてみると、どうしても彼女たちが悪人だとは思えなくなってきた。
(ヴァニラも、俺の家族を解放してくれるよう掛け合ってくれるって言っていたしな)
驚くことに、彼女の母親はメス星人が乗る宇宙船の艦長だったらしい。
このまま彼女たちの誤解が無事にとければ、いずれは全人類が解放される日が来るんだろうか……。
(なんだか、懐かしい感じがする……)
賑やかな彼女たちを見ていると、家族で過ごした記憶がぼんやりと浮かぶ。
「ヒルダ、もっと動画を回してやれ。開店前にできる限り宣伝しておかないとな」
「もっちろんですよ~!」
(今はメス星人に、もっと地球のことを知ってもらおう。争いじゃなくて、話し合いの場が必要なんだ)
それから俺たちはカウンター席に座り、ヒルダが配信している動画を観ながらオヤツタイムを楽しむ。
――でも、まぁ。たまにはこういうのも悪くないかもしれないな。
俺は少しほろ苦くも懐かしい甘さのプリンを食べながら、カウンター席の二人を眺めるのだった。
それから数日後。
食堂は大盛況となっていた。
ヒルダが新しい動画を配信した途端、視聴者数がうなぎ登りに増加したのだ。その効果は凄まじく、初日から大勢の客が詰めかけた。
「へぇ、これが噂のカレーかぁ」
「この超激辛って、『ヒルダの豚箱食堂チャンネル』で見たことあるぞ!」
「狂人スカーレットが、顔面涙と鼻水まみれで完食したアレよね!」
(んー、まずまずの好印象だな)
厨房で注文票通りにカレーを準備しながら、俺はカウンターに並んで座る三人組を見て思った。
ヒルダの動画を見た三人組は、カレーに興味が湧いて文字通り飛んできたらしい。
っていうか、なんだ『ヒルダの豚箱食堂チャンネル』って。ヒルダが名付けたんだろうが、もっとどうにかならんかったのか?
ファンネームも『受刑者』とか、まるで俺が臭い飯食わせてるみたいで最悪なんだが。
「あの見た目からして食欲をそそるよな」
「あはは、そうね。匂いだけでヨダレが出ちゃいそう!」
「はーやーく、カレーを食べさせろぉ~!」
三者三様の反応に苦笑しつつ、俺はカウンター席に注文された品を並べていく。
「お待たせいたしました。ハンバーグカレーに、地獄の10辛カレー、あとお子様セットです」
「お、きたきた!」
「うひぃー、湯気で目がヒリヒリする!」
「やったぁ! 見て見て、ウチのは旗つきだよ!」
嬉しそうにはしゃぐ三人組。
美味しそうに食べる様子を見て、ホッと胸をなでおろす。
(さてと。今のところは客からクレームもないし、大丈夫そうだな)
だがしかし。
安心したのも束の間、災厄は突如としてやってきた。
「あっ、いらっしゃいませ! どうぞお好きな空いている席へ――え?」
客のいなくなったテーブルを片付けに向かったヒルダが、間の抜けた声を上げた。
(ん? どうしたんだ?)
ガシャン、と皿が落ちて割れる音が鳴った。
呆然と立ち尽くす看板娘に注目が集まり、客たちが一斉にざわつき始めた。
「ほう。知らぬうちに我が同胞たちは、地球のクズ共に魂を売り渡したようだな」
沈黙の店内を、凛とした声が響き渡る。
ヒルダは顔面を蒼白にして、今にも倒れてしまいそうなほど震えていた。
(あの女は……?)
銀髪をポニーテールにした長身の女が佇んでいる。
「あ、貴女は……シルヴィア様」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます