第6話 狂人スカーレット、陥落。


「よぉ二人とも。ようやくお目覚めか?」


 偽装を解き、モンスターから人の姿へと戻る。片手を上げてフレンドリーな様子で近付くと、地面から頭だけを出した二人は、露骨に顔をしかめた。



「お前はたしか、ヴァニラの飼い犬……!」

「失礼だな。ナオトだよナオト!」


 ちくしょう、印象最悪じゃねぇか!

 お前らメス星人はすぐそうやって、人を猿とか犬とか呼びやがって。

 地球人のことを何だと思ってやがる。


「……まさか、ナオトがボクたちをハメたのか?」


 スカーレットの隣で、ユウキが恨みの篭った瞳で俺を睨みつけた。

 まぁこれだけのことをされちゃ、怒るのも分かる。だが――。



「不可抗力だ。俺だって、こんなことはしたくなかった」

「この期に及んでシラを切るつもりか? ボクをはずかしめた責任を取れッッ!」

「まぁまぁ、落ち着けって。実はお前たちにとある提案があってさ」


 俺は二人の前でしゃがみ込み、ニッコリと笑顔を見せた。

 スカーレットは一瞬身をこわばらせたが、すぐに元の調子を取り戻す。


「提案だと? ……良いだろう。殺す前に話だけは聞いてやる」

「いや、そんな簡単に人を殺すなんて言うなよ」


 殺意の高さにゲンナリしつつも、話を続ける。



「その前に、今回の謝罪として、お前らにあるものを用意したんだ」


 俺は事前の打ち合わせ通りに、指をパチンと鳴らす。それを合図に、ヒルダが銀のトレーを両手に持って現れた。


 メイド服を着ているだけあって、給仕姿がかなりサマになっている。流れるような仕草で、彼女は挨拶をした。


「お久しぶりですね。スカーレット様、ユウキ様」

「貴様はたしか、ヴァニラのメイドか? 生きていたのか……」

「ん? この匂い……その手にあるのは、まさか!?」


 トレーの上には、可愛らしい装飾が施された陶器の深皿とスプーンが乗せられている。

 皿からは湯気が上がり、食欲をそそるスパイシーな香りを辺りに漂わせていた。



「おぉ、さすがは俺と同じ地球人。ユウキは何の料理か気付いたみたいだな」

「なっ……料理だと? まさかそれをアタシたちに!?」

「食べさせてくれるのか!?」


 スカーレットが困惑の表情を浮かべる中、ユウキは真逆の反応を見せた。


 ちなみにユウキの予想は大正解。

 料理の正体は、カレーライスだ。


 メス星人の地球侵略で地上から消えた、かつての国民食。俺はそれを、ダンジョンの力を利用して復活させたのだ。



「まぁ騙されたと思って、一度食べてみてくれよ」


 ヒルダから皿を受け取った俺は、その深皿にスプーンを沈ませた。

 そしてトロッとした黄色い液体にクルリと混ぜ込んだ後、それをスカーレットに向けて差し出す。すると、彼女の喉がゴクリと動いた。


「や、やめろ! 高貴なメス星人は食事などしない!」

「ほら、良い匂いだろ? 胃袋が刺激されてこないか?」

「……ッッ!」


 スカーレットの鼻がピクピクと動き、唇がムズムズしだす。


(なぁ、ヒルダ。お前の考えた台本、本当に大丈夫か? 何だか罪悪感が……)

(我らメス星人はプライドが高いですが、根本は欲に忠実なのでOKです。――ほら、次のセリフですよ)

(わ、分かったよ)


 彼女の前にスプーンを差し出した俺は、トドメの一言を告げた。



「食べるってんなら、この穴から出してやるぜ?」

「……くっ、この下衆ゲス野郎め! いっそ殺せ!」


 スカーレットは顔をそむけ、顔を真っ赤にしながら叫んだ。あたふたと慌てる彼女の口元から、ヨダレが垂れている。


 ククク、嫌がっていても体は正直じゃねぇか。もう少しだ……あと一押しだな。



「た、食べる! ボクは喜んで食べるぞ!」

「ユウキ!? 何を言い出すんだ!」

「うるさい! ボクは生粋きっすいの地球人なんだ。カレーを前に黙っていられるはずがないだろう!」


 スカーレットの隣でユウキが叫び始めた。


 地球人の立場なら、本来はメス星人に逆らえないハズ。それでもカレーの魔力には抗えないみたいだ。



「よし、正直者にはご褒美だ。あーん」


 俺がスプーンを差し出すと、ユウキは食い気味にパクッと口に含んだ。

 そしてしばらく咀嚼そしゃくしたあと、恍惚こうこつとした表情になる。


「どうだ? 久々に食べるカレーの味は」

「んん~、美味しい! やっぱり地球の食べ物は最高だぁ……」

「そ、そんな。堅物のユウキがこんな顔をするなんて!?」


 ニコニコと笑うユウキを見て、俺は心の中でガッツポーズをする。

 よしっ、まず一人……!



「さて、スカーレットはどうする?」


 俺は再びスプーンをスカーレットに差し出した。しかし彼女は激しく抵抗し、首をブンブンと横に振る。


「い、嫌だ! 食事なんてしたら、低俗な地球人と同類になってしまう!」

「いやいや、何を言ってるんだ? もうお前はカレーに興味津々じゃないか」

「うるさい! そんなハズがあるか! アタシは高潔なメス星人なのだぞっ」


 かたくなに拒否するスカーレットだが、もうすでに体は俺の作ったカレーを求めている。


 何度か彼女の前でスプーンを右往左往させてみると、二対の赤目がフラフラと追いかけていく。



「しかし、そうかぁ。食べてくれないなら仕方ない。これは廃棄処分だな」

「なっ!? 捨てるだと!」


 目を見開いたあと、あからさまにションボリとした顔になる。

 まるでお預けを喰らった犬のようだ。


「さて、帰ろうかヒルダ」

「そうですね。では、失礼します」


 引き上げるか、と立ち上がろうとすると「待った!」と声が上がった。



「ま、参った。食べる、食べるから」

「んー? 別に無理しなくていいぞ?」

「頼む、アタシに貴様のソレをくわえさせてくれ……」

「ふふふ、そこまで言うなら仕方ないな」


 よし、勝った!

 なんかイケナイ発言が聞こえた気がするけど、まぁいいや。


 皿の中のカレーをゆっくりと掬い上げ、震える真っ赤な唇の元へ。

 彼女は期待で満ちた瞳を揺らし、ひと思いに俺のさじを咥え込んだ。(意味深)


 その瞬間、スカーレットの瞳が輝く。



「~~ッ!? う、美味い……脳を直撃するこの旨味は何だ!?」


 口いっぱいに広がったスパイスの風味に感動し、味を確かめるように何度も咀嚼を繰り返す。


 そしてゴクンと飲み込むと、ふにゃぁとゆるんだ表情を浮かべた。



「アタシが間違っていた……地球は侵略するのではなく、でるべきだったのだ……」

「ひと口でそこまでさとったの!?」

「カレーを知らない今までのアタシは、ただの無知なガキだった……」


 戦闘時のキリリとしたスカーレットはどこへやら。今の彼女は、だらしなくとろけきってしまっている。


 だがまぁ、お気に召してくれたようだし。結果オーライなのか?


 チラッと隣に視線を送ると、ユウキも物欲しそうな顔でこちらを見つめていた。



「ぼ、ボクにもお代わりをくれ!」

「ずるいぞユウキ! アタシも食べたい!」

「いいだろう。ほれ、あーん」


 再び差し出されたスプーンに食らいつき、スカーレットは一心不乱にカレーを頬張る。


(よし、これで二人の警戒心はゼロになったハズ。あとは……)


 俺は改めて二人を説得するべく、口の周りをカレーで汚した二人に語り掛けた。



「聞いてくれ二人とも。俺はこのダンジョンで食堂を始めようと思っているんだ」

「地球人が……」

「食堂を……?」


 揃ってキョトンとするスカーレットたち。


「あぁ。ダンマスの俺なら、ダンジョン産の食材を生み出せるし。カレーや他の美味い料理を提供できるんだが……」


 そう説明すると理解したのか、二人は目を輝かせた。



「アタシはカレーの為ならなんでもするぞ! なんなら下僕になっても構わない!」

「よし……え? あ、いや。ただ認めてくれるだけで俺は――」

「認める! 今日からアタシは貴様……いや、御主人様のペットだ!」 

「ちょっとスカーレットさん!? 何をおっしゃっているんですか!」


 犬のように舌を出しながら、俺を熱のこもった瞳で見上げるスカーレット。その目にはハートが浮いている。


 あ、あれ……?

 思っていたシナリオとはズレたぞ?



「御主人様、ボクも下僕になりたい!」

「ユウキまで!?」


「ふふふ。食堂の経営、頑張ってねナオキ」

「これから忙しくなりそうです」

「ヴァニラさん? ヒルダまで!?」


 穴の中で成り行きを見守っていたヴァニラが、楽し気な笑みを浮かべる。

 そして何故かやる気に満ちて、フンスと鼻息を荒くするヒルダ。


(……俺はとんでもない地雷を踏んじまったのか?)



 そんな俺の心の叫びを知ってか知らずか、スカーレットとユウキはカレーのおかわりを要求してくる。


 こうして俺のダンマス兼、食堂の店主就任が決定してしまったのだった……。



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