第4話 メイドさんのお墨付き


「ここは……?」


 目を覚ますと、そこは清潔なベッドの上だった。


「丸一日も爆睡するなんて、随分と良い夢を見ていたようですね」

「あ……え!?」


 俺を覗き込むように、カチューシャ付きの頭が視界に飛び込んできた。

 驚いた俺は、痛む体を無視して飛び起きる。



「ヒルダ、無事だったのか!」

「えぇ、お陰様で」


 間違いない。

 この皮肉めいたセリフは、あのヒルダだ。


「良かった……でも、どうして無事だったんだ?」

「わたくしも詳しくは分かりません。ですが、おそらくは貴方の能力が要因かと」


 彼女が言うには、ダンジョンボスを倒した直後、俺は無意識のうちにキメラ化を解除していたらしい。

 基本的に俺の体から離れたキメラは、眷属として元の姿に戻る。……ってことは。



「つまり、ヒルダは俺の眷属として復活したってこと?」


 そう尋ねると、彼女は心から嫌そうな表情を浮かべた。


(あ……やっぱり?)


 何となくそんな気はしていたんだよ。

 眷属化の効果で、何となく相手の考えていることが伝わってくるというか。見えないコードでヒルダと繋がっているような、不思議な感覚があった。


 そんな事を考えていると、彼女は照れくさそうに頬を掻いた。



「とはいえ……誠に不本意ですが、今回の件では貴方に感謝しています」

「え?」

「お嬢様を悲しませずに済みましたので。それに――」


 耳を澄まさなければ聞こえないほどの小声で、でもたしかに彼女は「死ぬのが怖かった」と言った。

 震えた唇からこぼれたその言葉は、間違いなくヒルダの本心だろう。



「笑っちゃいますよね。作られた命アンドロイドであるわたくしが、死を恐れるなんて――」


 最後まで言い切る前に、俺は彼女を抱き寄せた。


「な、何をするんですか! ベタベタと触らないでください!」


 急に頬を赤くした彼女が、俺の体を必死に押し返そうとする。

 そんな反応が可愛くて、自然と言葉が出た。


「……おかえり、ヒルダ」


 それを聞いた彼女は一瞬固まった後、俺を掴む手を緩めて、


「ただいま戻りました、ナオトさん」


 と微笑んだ。




「いててて……」


 ホッとして気が緩んだのか、全身の痛みがズキズキとぶり返す。

 キメラ化で全身を作り変えた反動は、成長痛や筋肉痛より何倍もキツかった。


「無茶のしすぎです。下手したら死んでいましたよ?」

「でもこうして生き残れたんだから、結果オーライだろ。それもこれも、ヒルダのおかげだな!」

「うっ……そ、そうですよ。もっとわたくしに感謝してください」


 ん、どうしたんだろう。いつもの毒舌にキレがない。むしろ声のトーンに優しさすら感じられる。


(ま、優しい分には別にいいか)


 それよりも俺には、いくつか確かめたいことがあった。



「なぁヒルダ。さっきから床を這い回っているそのスライムって、もしかして……」


 床にはスライムが一匹、ぷるぷると震えながら俺を見上げていた。

 それも何やら興奮しているようにも見える。


「貴方の眷属になった、元ダンジョンボスですよ」

「ってことはやっぱり、ダンジョンマスターになったのって……俺?」


 俺の答えを聞いたヒルダは、深い溜め息を吐く。



「そうでしょうね。ボスを倒したのはナオトさんですし、ダンジョンマスターになる条件は揃っていますから」

「うわぁ、マジかよ……」


 ようやく俺は自分の置かれている状況を理解した。

 ダンジョンマスターとはモンスターを支配する者であり、資源回収のために運営をする管理者でもある。だがそれは本来、俺ではなくヴァニラがなるはずだった。


 もちろん俺は、そんな面倒なことはしたくない。



「じゃあ今いるこの部屋って……」

「ボス部屋の先にある管理室ですよ。ナオトさんの記憶を元にリフォームされたようですが」

「あぁ、どうりで見たことがあると思った」


 なにせ俺が昔住んでいた部屋に凄く似ている。テレビに本棚、勉強机。何だかどれも懐かしい。


 ヒルダいわく、ダンマス(ダンジョンマスター)になれば自由にダンジョン内を変えられるらしい。

 他にもモンスターを生み出したり、トラップを設置したりもできるんだとか。ここに住めるのは嬉しい。だけど……。



「……今から辞退ってできない?」

「なってしまったものは仕方がないでしょう。辞める方法は、別の者に殺されるしかありませんし」


 ヒルダはあっさりと答えたが、俺も殺されるのは嫌だ。


 でもダンジョンマスターなんて、なにをどうすれば……。



「わたくしも貴方の眷属として補佐しますので。ナオトさんは、運営のやり方を覚えてください」

「他に道はないか……でもヒルダはそれでいいのか?」

「野蛮な地球人の中でも、貴方は信用に値する者だと理解しましたので。現在の問題は、わたくしよりも――」

「うん? なんだ?」


 ヒルダは左腕をタブレット端末に変形させると、その画面を俺に見せた。


「怒り狂ったヴァニラお嬢様が、仲間を連れてここへ突入しようとしています」



 ◇


 不可抗力ながら俺の眷属となってしまったヒルダは、管理者権限の一部を利用できるようになったらしい。


 それを活かして、ダンジョン内の様子をタブレット端末に映してくれた――までは良かったのだが。



『モンスターたちよ、道を開けなさい。私をはばめば“死”あるのみです』


 映像を見ると、憤怒の形相を浮かべた鬼が映っていた。


 戦鎚でモンスターを蹴散らしながら、一直線に最深部へと向かっている。



「ヴァニラのやつ、相当怒ってないか!?」

「あの御方は仲間想いですから。わたくしたちを助けようと必死なのでしょう」

「しかもその後ろにいる奴らってもしや……」


 高速移動するヴァニラに追走する、二つの人影が見えた。


 軍服を着た赤髪のボブカット女と、着物姿の長髪イケメン。どちらの顔も見覚えがある。



「お嬢様の従姉妹であるスカーレット様。そして相棒のユウキ様ですね」


 やっぱりか。根が真面目なヴァニラと違って、あの赤髪女は頭のネジが吹っ飛んだ純粋な戦闘狂だ。


 そして隣のユウキは地球人でありながら、そのヤバい奴に付き従っている物好きときたもんだ。



『はーはっはっは! 雑魚に雑魚、アーンド雑魚! どいつも雑魚過ぎる! このダンジョンには、アタシを満足させてくれるような強敵はいないのかい!?』

『98匹……99匹……100匹……』


 両手に握られたハンドガンを連射しながら大声を上げるスカーレットと、確実に一体ずつ刀で両断していくユウキ。


 二人とも、凶悪な笑みを浮かべながらモンスターを殲滅している。


 そこへヴァニラも合わさると、並のモンスターでは足止めにもならない。



「おいヒルダ! なんでアイツらがいるんだよ?」

「わたくしだって知りませんよ。しかし、このままではマズいですね。地球人であるナオトさんがここの管理者だと、あの二人にバレてしまったら……」


 俺を殺せばこのダンジョンが手に入る。

 狂人スカーレットなら、喜んで俺を殺しにかかりそうだ。


 どうする!?

 今の俺に何ができる?


 この様子じゃ、ダンジョンの最深部に辿り着くのも時間の問題だ。


 もっと強力なモンスターを置いてみるか?



「……だめだ、かなうはずがない。こうなったらいっそ、エロトラップでも仕込んで無力化するしか……」

「何をアホなことを言っているんですか。戦闘の様子は配信されているんですから、そんなことをしたら大勢に危険視されますよ?」

「くっ、駄目か――」


 軽蔑の視線を向けられながら、俺は悔し涙を流した。


 くそぅ、どさくさに紛れて欲望を満たそうとしたのに……。


 ヒルダに小声で「この人を信じたのは早まったかも」などと言われているが、俺の耳には届かない。


 そうしている間にも、三人はボスと戦ったフロア前まで到達していた。



「何か方法はないのか!? このままじゃ俺、マジで殺されるぞ!?」

「ナオトさん……短い間でしたが、お世話になりました」

「うわぁぁぁん! 頼むから見捨てないでくれよぉぉぉ!」


 画面の向こうでは、ヴァニラが扉に手を伸ばしている。あぁ、もうダメだ――。



『しかしこんな低レベルなやからに後れを取るなんて、ヴァニラ姉様は腕が落ちたのではないか!?』

『――!』


 スカーレットの声に反応したのか、ヴァニラの手がピタリと止まる。



『スカーレット殿、道中のモンスターとボスでは比較にならないよ』

『黙れユウキ! 油断して毒を喰らった上に敵前逃亡など、一族としてのプライドはないのか!? 我が従姉ながら本当に情けない!』

『わ、私は……』


 ヴァニラの声が震えている。

 悔しさに耐えて、どうにか平静を装おうとしているのが伝わってきた。



『いくらなんでも言い過ぎだ。ヴァニラさんが可哀想だろう』

『ふんっ! 可哀想なのはヒルダとかいうメイドの方だ。姉様が無能じゃなければ、無駄死にさせずに済んだものを』


 そんな会話を聞いていた時だった。

 俺のすぐ隣から、強力な殺意がビリビリと伝わってきた。



「……あ?」


 ヒルダの目の色が変わった。

 地獄の底から響くような低い声に、俺もビクリと体を震わせる。


「この赤髪女、今なにか言いましたか? わたくしの聞き間違えでなければ『ヴァニラ様が無能』と仰ったように聞こえましたが?」


(おいおいおい!)


 そんな喧嘩を売るようなことを言うから、ヒルダがガチでキレたぞ!?



「ナオトさん」

「は、はい……」


 なんでしょうかヒルダ様。

 隣で彼女は意地悪そうな笑みを浮かべ、俺にこう告げた。



「エロトラップ、やりましょう」

「え?」

「この礼儀知らずの侵入者には、お仕置きが必要です。わたくし、全力で協力いたしますので」


 あぁ~。そ、そうですかぁ。

 これはもう、俺には止められないな。


「は、はい……」


 有無を言わさぬ圧力に押されながら、俺はただコクコクと頷くのだった。



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