第2話 突然ですが、ボス戦です。


 ボス部屋の前にあるフロアにて。

 地面に座って細長いスティックバーを食べていると、周囲の警戒を終えたヒルダが話しかけてきた。


「貴方も以前より強くなりましたし、ダンジョン攻略もようやく終わりが見えましたね」

「なんだよ、藪から棒に。お前が俺を褒めるなんて珍しいじゃないか」


 あー、しかしホントに不味いなコレ。パサパサでちっとも味がしないし、飲み込むだけでも大変だ。


 人類の文明が滅ぶ前にあった、黄色い箱の携帯食は美味かったのになぁ。水筒の水で口の中のモノを流し込みながら、味気ない食事にしょんぼりと肩を落とす。



「……? 別に貴方を褒めたわけではありませんが」

「あぁ? じゃあなんだよ」

「もうすぐ貴方が用済みになると喜んだだけです。お嬢様の伴侶には、もっと相応しい人物がいるはずですから」


 なんだ、そういうことか。

 メス星人の目的の一つが、人類を種馬として子を為すことだ。強さが尊ばれる文化らしく、できる限り強い相手と子孫を残したいんだとか。


 どうやらヒルダは、ヴァニラが俺を夫に選ぶのではないかと不安に思っているらしい。



「……俺にその気は無いから安心しろ。それよりこの食事の方をどうにかできないのか? こんなんじゃ力が出ねぇよ」


 ちなみにメス星人は食事をしない。代わりに光を浴びてエネルギーを補充する。

 ヒルダいわく、口からの摂取は劣等種がやる下賤な行為なんだとか。


「ご不満でしたら、食事の提供をやめますが」

「すみません、とても満足しております」


 さすがに餓死するぐらいなら、コッチを選ぶ。味の面を除けば、栄養バランスは完璧っぽいしな。


 汗っかきデブだった俺の体型が、一年も経たずにスリムになったぐらいだし。


 最初は自分の荷物を運ぶだけで、あんなにヒィヒィ言っていたのになぁ……謎メシ&ダンジョンダイエット、おそるべし。



「そもそも俺の存在っていうほど必要だったか? アンタのお嬢様なら、ここのボスも余裕だろうよ」

「わたくしにも勝てませんものね」

「うるさいな。というか、なんでメイドのお前がそんなに強いんだよ」

「ヴァニラお嬢様付きのメイドとして、当然のたしなみです」


 ふふん、と薄い胸を反らしながらドヤ顔を浮かべるヒルダ。


 悔しいが、このメイド型アンドロイドは強い。彼女の両腕は可変式となっており、あらゆる兵装にフォームチェンジして戦うことができる。


 一番の得意武器は火炎放射器フレイムスロアー。汚物は消毒とばかりに敵を燃やし尽くす。俺もアレに何度火葬されかけたことか。



(俺の異能も中々だと思ったんだけどなぁ)


 原理は全く不明だが、人類はダンジョンで成長すると、異能をひとつだけさずかれる。


 俺がゲットしたのが、“キメラ化”という異能。倒した相手と己を融合し、対象が持つ力の一部を奪えるそこそこ有能な力だ。


 この過酷な生活で生き残るために、俺は命がけでこの異能を磨いてきた。


 だけどヴァニラみたいな純粋な暴力は、小手先の能力なんて簡単に吹き飛ばす。これまで何度も模擬試合をしたんだが、俺は一度たりともかなわなかった。



「ナオト、休憩は終わった?」

「……あぁ。あんまり腹に入れても動きが鈍るし、これくらいでいい」


 気付けば、ボスの居るフロアを偵察していたヴァニラが戻ってきていた。


 ダンジョンボスに挑むのは、ここに居る全員が初体験。いつも余裕の笑みを絶やさないヴァニラでさえも、今回ばかりは少し表情が強張っている。何とも言えない緊張感があるが、ここまできたらやるっきゃない。



「無事にダンジョンを攻略したら、俺の家族を解放するって約束……忘れてないよな?」

「えぇ。私がちゃんと交渉してあげるから安心して」


 メス星人は信用ならないが、今はコイツを頼るしかない。

 最後の装備確認を行うと、俺たち三人は出発した。




 重厚な金属扉が開くと、そこは学校の体育館ほどの空間が広がっていた。他のフロアと同じく、不思議な力で部屋全体が明るく照らされている。


 そしてその中央には、銀色のメタリックな甲殻を持った巨大サソリが待ち構えているのが見えた。全長は五メートル以上あり、尻尾の先から毒液をボタボタとしたらせている。



「あれがダンジョンのボスね」


 ヴァニラの声と同時に、俺たち三人を取り囲むように多数の魔法陣が浮かび上がった。同時にサソリの身体も発光し始め、凄まじい熱量で空気が膨張していく。


「開始の合図も無しってか。――来るぞ!」


 俺はその場から離れ、やってくるであろう攻撃に備える。そして数秒後――轟音と共に大爆発が起きた。



「ヴァニラ、大丈夫か?」


 もうもうと立ち込める砂煙で視界が悪く、二人の姿が見えない。


「大丈夫、ヒルダが守ってくれたわ」

「この程度の攻撃、避ける必要もありません」


 砂煙の中から、何事もなかったかのように優雅に歩くヴァニラと、その後ろで両腕を大盾に変形させたヒルダが現れた。


 凄まじい威力の爆発だったのに、アレを完璧に防ぎきるとは……。



「それよりナオト。貴方も良い判断だったわね?」


 二人を見つめる俺の視線に気付いたのか、ヴァニラはにっこりと微笑んだ。


「え? あ、あぁ」


 ここ数年の過酷な訓練のおかげで、俺の身体は自分でも驚くほどに戦闘慣れしていた。

 以前の俺なら今の爆発に巻き込まれて死んでいただろうが、今は少しばかりの擦り傷で済んでいる。



「あまりペットを甘やかさないでください、お嬢様。この猿の役目は、わたくしたちの肉壁になることなのですから」

「誰がペットじゃ、誰が!」

「飼い主に褒められて喜ぶあたり、まさにそうじゃないですか」

「ぐっ、コイツ……!」


 ニタァと笑うヒルダに言いくるめられている内に、ようやく砂煙が晴れてきた。


 そして視界の先に居たサソリは、すでにこちらに向き直っている。



「ヴァニラ、ヒルダ! どうやらお怒りの様子だぜ!」


 見るとサソリは尻尾をこちらに向け、両手のハサミをギチギチと鳴らして威嚇している。あれはきっと怒っている合図だ。


「二人とも、あんまり油断はするなよ?」

「……お嬢様の美しいお顔には、傷一つ付けさせませんよ」


「心配せずとも、ここは私に任せて――!」


 ヴァニラの姿が目の前から消え、次の瞬間にはサソリの後ろ上空に現れた。


 一方のヒルダは、すでに正面から突っ込んでいる。囮役を買って出たらしい。



「息がピッタリだな~」


 連携を邪魔すると後で怒られそうだ。俺はサポートに回りつつ、二人がサソリと対峙するのを見守ることにした。



 だがそれすらも不要だったようだ。

 ヒルダの姿に気を取られたサソリは、ヴァニラの存在に一切気が付かない。


 その隙を狙ったヴァニラがサソリの頭部を目掛け、最大限まで重量を高めた戦鎚を思いっきり叩きつけた。


「潰れなさいっ!」

「――!」


 グシャリと音を立て、サソリの頭部が地面に埋まる。


もろいわね」


 更に戦鎚が振り上げられる。バキバキと金属が砕ける音と共に、今度はサソリの胴体がくの字に折れ曲がった。


(おいおい……さすがにやりすぎじゃないか?)


 だが彼女の猛追は終わらず、サソリの肉体が次々とぺしゃんこになっていく。



「これで終わりね」


 そして仕上げに、ヴァニラの戦鎚は足を粉砕した。

 あれだけデカかったサソリも、尻尾の先しか残らなかった。



「結局、俺って何もしてなくない?」


 あっという間の幕切れに、俺は思わずポカンとしてしまった。


「ん、そういえばヒルダはどこに……」

「うふふふっ、呆気ないですね。か弱い乙女に蹂躙されるってどんな気持ちです?」


(……うわぁ)


 ヒルダは潰れたサソリの頭を、黒革の靴でグリグリと踏みつぶして遊んでいた。まさに鬼畜の所業。



「……まぁ、いいか」


 止めても無駄だろうし、今回ぐらいは好きにさせておこう。

 巻き込まれて俺まで燃やされたら、たまったもんじゃないし。



「さて、これからどうすれば良いのかしら?」

「ダンジョンマスターとしての権限が、お嬢様に移るはずですが――変ですね。なにも起きません」


 ダンジョン攻略はこれで完了。

 だが、何かが起こる気配が一向にない。



「この先に隠し部屋があるのかしら?」

「調べてみましょう」


 姉妹のように揃って首を傾げた二人は、手分けしてフロアの壁を調べ始めた。

 やることのない俺は、残っていたサソリの残骸を眺めていたのだが――。



(……ん? いま、何かが動いたような)


 視界の隅で、キラリと何かが光った。


「おい、ヒルダ! なんかそこに……って!」


 俺は慌てて二人の元に駆け寄ったのだが――遅かった。

 壁を調べているヒルダのすぐ背後に、残っていた尻尾が這い寄っていたのである。



(なんだアレは……!)


 よく見れば尻尾から足が生え、小さなサソリとなって動いている。


 そして背を向けたままのヒルダに襲いかかり――横から飛び出してきたヴァニラが咄嗟に片腕を盾にした。



「クッ、これは麻痺毒ね……」


 傷口から毒液を流し込まれたのか、ヴァニラはその場で膝をついた。戦鎚がガランと鈍い音を立てて床に転がっていく。



「お嬢様――うっ!?」


 負傷したヴァニラに駆け寄ろうとするも、今度は別の方向から飛んできた何かが、ヒルダの側頭部を襲う。



「まずい、敵は天井にいるぞ!」


 気付かぬうちに集まっていた、大小さまざまなサソリたち。それらが一斉に、二人へ襲い掛かった。

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