第6話 神弾

 立場が逆なら同じことを言っただろうが、どう見ても向こうは素人ではない。

 それどころか、自動小銃を片手で、しかもあそこまでブレずに撃てるとは大したものだ。

 だが両手で扱えばもっと正確だろうが、それが出来ないのは体の中心を一方向に向けられないからか。

 なにぶん、まだホームには何体かの翼竜もどきがいる。

 中から見えたのは、極一部か。


「俺も害獣駆除免許は持っているし、銃もある」


「は? 害獣駆除――何?」


 遠くて聞き取れなかったか? まあいい。

 肩に背負っていたバッグから5052式歩兵小銃を取り出す。

 こいつを手放す事は無い。その時には、きっと俺は死んでいるだろう。

 とは言っても、今込めている弾は通常弾。

 もちろん神弾を込めたマガジンや特殊な弾頭を使った物もあるにはあるが、あの自動小銃から出ていたのは通常弾。なら問題は無いだろう。


 そんな事をしている俺を餌だと思ったのだろう。

 1匹の翼竜が急降下してくる。


「言わんこっちゃない!」


 さすがに急降下は早いのか、両手撃ちで飛来した翼竜を撃ち落とす。

 だが同時に、駅のホームに降りていた翼竜が彼女めがけて飛来していた――が、


 ドンッ!


 口径からは考えられないような重い音と共に、巨大な爆炎が勢いよく銃口から飛び出す。

 こいつの異様に長い有効射程と初速は炸薬さくやくを使うからだ。

 今となってはこれより優秀な装薬ガンパウダーは山ほどあるが、たとえ射程を長くして初速を上げても、こいつほどの威力は出ない。


 というか、普通は炸薬さくやく何て使わないんだよね。

 普通の銃はもちろん、戦車砲や艦砲さえも発射は装薬ガンパウダーを使う。

 理由は単純。安定性だ。1000発撃っても10000発撃っても同じ威力とタイミングで弾が出なければ怖くて使えない。

 炸薬を使うのはミサイルやロケットランチャー、或いは爆発させる弾頭そのものだ。

 こっちは安定戦とは無縁の存在。火が付いた途端にドカン。安定性もクソもない。

 要は、こいつは銃の形をしたロケットランチャーだな。ただし、薬莢で発射するタイプの。

 当然ながら通常の銃では引き金を引いた瞬間に大爆発。それ故に尋常では無い強度を求められるし、こいつでも素人が撃てば肩が外れるどころか腕がもげる。

 世界中で一応は試作が作られたが、実用化に至ったものはない。

 ある意味、これはその中の一丁だな。

 ただし、世界で唯一実戦で使われた銃だ。


 高速で飛行していた翼竜だが、今更回避行動をとらない的は外さない。

 肩から入った弾は衝撃で奴の体を僅かに膨らませ、尻から抜けていった。

 落下した翼竜はピクリとも動かない。装薬ガンパウダーを使った狩猟弾でも良かったか?

 まあ持ってきてはいないけど。

 それよりも自分に向かっていた敵を俺が倒した事に驚いたようだが――、


「ありがとう、助かったわ」


 先までとは考えられないような柔らかな笑顔。

 ちょっとドキッっとしてしまった。

 少なくとも、素人の汚名は返上できたようだ。


 彼女が空を舞う奴の牽制をしている間に、まだホームの後部側残っていた翼竜の頭を粉砕する。

 これで当面は全部か?

 最初に彼女が倒した分まで含めて7匹。残りはかなり上空へと飛び去った。

 狙うにはホームの屋根が邪魔過ぎてもう無理か。

 それはさておき、この死骸はどうするのだろうか?

 俺としては折角仕留めたのだから解体して食肉にしたいところだが、何せ見た事もない生き物だ。

 変な所に毒袋とかあったらたまらん。

 それに自動小銃で撃たれた奴らは即死していないから、あの肉はダメだな。

 ――っと、そんな事よりもだ。


「マジで助かったよ。群馬エクスプレスを守ってくれてありがとう」


「は? え?」


 一瞬呆けた後、信じられない勢いでリニアを見る。


「た、確かに見た事のない形だけど……まさか……ね」


 手に持っていた銃が落ち、ガシャンという音を立てる。

 というかそこまでショックかよ。


「まさかじゃねーよ」


 大体、リニアなんて全部同じ形だろうが。

 こちらにだってテレビもネットもあるんだ。田舎者でもその位の知識はある。

 ただこの翼竜。こいつらの知識は無かったな。

 だが勉強不足を嘆く必要なない。俺もまた、その不足した知識と技術を学ぶためにここに来たのだから。


「取り敢えず俺の名は――」


 もう安全だと思い銃を担いで話しかけるが、遠くから音がする――羽の音。昔聞いた、永久に忘れる事の無いい音。


「伏せろ!」


 叫ぶと同時に、少女は最短の速度で伏せる。

 その上寸前ギリギリを、目にも止まらない速度で飛んでいく物体。

 もし少しでも躊躇したり疑問に思ったり、もしくは走って逃げようなんてしたら今ので死んでいた。

 初めて会った相手の言葉にあそこまで素早く反応するとは、今更だけどどう考えても素人じゃないよな。


 だがそれは後だ。

 飛んでいった相手に、少女は伏せながらも自動小銃を撃ちまくる。

 だが当たらない。何発撃っても、目にも止まらぬ速度で不規則に躱される。

 その姿は一本角のカブトムシ。体長は3メートル弱か。少し小さめの個体だが、先程の翼竜よりも百倍……いや、千倍は強敵だ。

 マガジンを入れ替え、薬室の弾も入れ替える。


「今度こそ本当に逃げて! あいつに通常の弾なんて!」


 牽制しているが、やはり知っているよな。

 色こそ違うし角も一本だけ。だけどあれは、確かにアラルゴス。

 というか、あの個体が一般的だ。

 通常の弾丸なんて、掠り傷さえ付けられない。

 戦車砲の直撃でさえびくともしない。

 それは彼女も分かっているから、ああして近づく隙を与えないように撃ち続けているわけだ。

 そして奴も律義に避ける。

 彼女の撃つ通常弾であれば、無視して突っ込んでも平気だろう。何発当たっても何の意味もない。

 そしてうるさい抵抗も止む。

 だけど相手はそんなに単純な奴じゃない。ちゃんと知っている。人類には自分たちを倒せる武器がある事を。


 そう、俺もまた『効きません』、『倒せません』――そんな無意味な事を言うために生きて来たんじゃない。

 不規則に動くが、角度を変える時に一瞬だけその方向に角を向けてホバリングする。

 1秒にすら満たない時間。だけど、俺にとっては十分だ。


「弾が――」


 派手に撃っていた彼女の自動小銃が沈黙する。弾切れだ。

 だけど襲い掛からない。奴の視野は360度。当然、俺も見えている。

 そして機を窺うために回避行動を続けようとするが――ここだ!


 重く大きな音と共に、白い尾を引いて真っ直ぐに弾丸が飛んでいく。

 それはまるでレーザーの様にも見えただろう。

 そして一直線に――確実に首の関節部分に命中すると、破裂したように粉々になって散った。

 後に残るものは何もない。ただ風に乗って、粉となった奴の体が散っただけだ。

 その様子を見て、少女は呆然としている。

 そうだ。これこそがあず姉が祭事によって作った、奴らを倒す為の武器。

 その名も「神だ――」。


「嘘……アラルゴスが死んだ? 倒したの? それにまさか……タヌキ弾!? 今の、タヌキ弾よね!? どういうことなの? あなたいったい何者なの!? タヌキ?」


 なんだか物凄く失礼な奴と共闘してしまった様な気がして来たぞ。

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