第26話 私の本音

 ここまで言われたんなら、思ったこと全部言ってやろうじゃない。


 うまく喋れるかなんてわからないし、頭で考えてることも、全然整理もできていない。

 それでも、とにかく口思いついた順に言ってみる。


「私は、元々妖怪なんて見たくなかった。私が見えるやつだって知ったら、余計なちょっかいかけてくるし、それをだれかに言ったら変なやつって言われるし、迷惑だった」


 話し始めがこんなのなんて、イチフサにとってはマイナスかもしれない。けれど、これが私の本心だ。

 私にとって妖怪なんてのは迷惑でしかなく、関わるどころか、見たくもない存在だった。

 イチフサに出会うまでは。


「イチフサは、そんな私に友達にならないかなんて言ってきた。最初は、変なやつだって思ったわ。妖怪が私なんかと友達になってどうするのってどうするんだろうって。もしかして、からかってるんじゃないかって」

「えっ。結衣、俺のことそんな風に思ってたの?」


 イチフサが心外だって感じで声を上げるけど、しかたないじゃない。


「だってあんた、ふざけやからかいって、しょっちゅうやってきたじゃない」


 私を抱えて飛ぶ時、お姫様抱っこって言ったり、二人でお祭りに行ったらデートだって言ったり、少女マンガ読んだらそれを丸パクリした甘いセリフを言ったり、これをからかいと言わずになんて言うのよ。


「けどまあ、からかいはするけど、私が本気で嫌がるようなことはしないってことくらい、今はわかってるから」


 これを言うのは、少し恥ずかしい。

 私は私で、イチフサに悪態をつくのがいつものことになってるから、こんな風に褒めるのは、慣れてないのよね。


「妖怪の中にもこんなやつがいるってこと、一緒にいて楽しいって思えるんだってこと、あの時イチフサが声をかけてくれなかったら、きっと今でも知らないままだった。イチフサだけじゃなく、他の妖怪達だってそう」


 そこまで言ったところで、広間の端にいる、一反木綿達小妖怪に視線を移す。

 この子達も、イチフサほどじゃないけど、それなりに私を慕ってくれている。私も、この子達は嫌いじゃない。


 こんなこと、昔、妖怪なんて迷惑でしかないと思っていた頃の私が知ったら、きっと驚くだろうな。


 妖怪と人間との交流について思うことは、まだあった。


「お煎餅と錦さんだって、錦さんが今のお煎餅を見ることができたら、声を聞くことができたら、きっともっと仲良くなってたと思う。さっき、祓い屋協会が強力してくれたら、普通の人間にも妖怪の姿を見せる術を、また研究してみるって言ってたでしょ。それができたら、二人を会わせることもできるかもしれないのよね」


 お煎餅を必死で探していた錦さん。そんな錦さんをずっと大事に思っているお煎餅。お煎餅の気持ちを錦さんに届けはしたけど、もし二人を会わせられるなら、その方が絶対にいい。


「もちろん、いいことばっかりじゃないって思う。妖怪の中にだってろくでもないのはいるだろうし、困ったこともたくさん起きると思う。あなた達だって、そう思うから、わざわざ人間と関わらないなんて掟を作ったんでしょ。だけど、いいことだってちゃんとある……と思う。多分」


 ここで、絶対って言い切れないのが、なんともしまらない。

 やっぱり、こういう話をするのも、考えを伝えるのも、どうにも苦手だ。


 だけど、苦手なら苦手なりに、一番言いたいことくらいはきちんと伝えなきゃ。


「と、とにかくそういうわけだから、イチフサが本気で里の掟ってのを変えて、もっと人間と交流したいっていうなら、やってみれば。どうしてもって言うなら、私も少しは協力してやってもいいから。以上!」


 ああ、緊張した。とにかく思ってることを片っ端から並べたけど、こんなのでよかったの?


 みんなの反応を伺おうとして、気づく。いつの間にか、側にはたくさんの妖怪達が寄ってきて、私の話に耳を傾けていたことに。


「ほう、なかなか言うじゃないか」

「人間なんて、私達の姿を見たら怖くて震え上がるものと思ってたんだけどね」

「あれがイチフサがいつも話してた子か。なるほどなるほど」


 なんか、恥ずかしいんだけど。それにイチフサ、いつも話してるってどういうことよ。


「あんた、変なこと話してないでしょうね」

「別に普通だよ。マンガを貸してもらったとか、スマホのゲームで勝負して俺が勝ったとか、お祭りデートしたとか」

「ちょっと。デートってどういうことよ! やっぱり変なこと話してるじゃない!」


 思わず怒鳴ると、周りが一斉に吹き出した。

 恥ずかしい。こんなこと言い合ってる場合じゃないってのはわかってるんだけど、イチフサといると、いつだってこんな調子になるのよね。


「と、とにかく、これが私の考えなんですけど、どうですか?」


 最後はグダグダになっちゃったけど、鹿王はこれを聞いてどう思うだろう。

 彼のためにわざわざ良く見せようなんてことはしなかったけど、それでもできることなら、イチフサの味方になってほしかった。


「そうだね。なかなかに面白かったよ」


 また、面白い。それって、話す前と全然変わってないじゃない。

 わざわざ恥ずかしい思いまでして話す意味ってあった?


「君は、やっぱり見ていて飽きそうにないからね。もう少し、見ているのもいいだろう。君と、掟を変えようとするイチフサが、これからどうなっていくかをね」

「じゃあ……」

「イチフサの言う人間との交流。僕も、多少なら力を貸してやってもいいかな。少なくとも、君がイチフサに会おうとすることについては、もう何も言わないよ」


 それって、これからもまた、イチフサと会っていいってこと?


「まあ、里の意思は僕一人で決められることでもないけどね。イチフサが本気で掟を変えようって言うなら、これから忙しくなるだろうし、何もかも今まで通りってわけにはいかない」


 それでも、もう会えないかもって思っていたのと比べると、ずっといい。


「やったね。とりあえず、これからも会うことはできそうだよ」

「そ、そうね。まあ、よかったんじゃないの」


 パッと笑顔になるイチフサ。

 私も、少し照れくさいけど、嬉しいのは同じだった。


 だけど、その直後のことだった。何を思ったのか、イチフサがいきなりこっちに向かって急接近してくる。そしてあろうことか、両手で私を抱えあげた。


「うわっ、なにするのよ!」

「なにって、会っていいって言われたんだし、ここの話しはもう終わりっぽいから、あとは結衣と一緒に場所を移そうと思ってね。ここじゃ、賑やかすぎて二人だけで話せそうにないからね」


 確かに。私達の周りには、未だ妖怪達が集まってきていて、落ち着いて話すのは無理かも。それは、まあわかる。

 けど、わかるのはそこまでだ。


「だからって、私を抱えることないじゃない!」

「早く二人きりになりたいんだよ。だったら、俺が抱っこして飛んで行った方がいいだろ」

「そりゃそうだけどさ。けど、この集まりってアンタがはじめたことなんでしょ。抜け出していいの?」

「少しくらいならいいんじゃないの。鹿王、あとはよろしく」


 そこまで言ったところで、イチフサは返事を聞くことなく、背中に大きな羽を出現させる。

 そして広間についている窓を開けると、私を抱えたまま、そこから空へと飛び立った。


「ちょっとーっ!」

「暴れると危ないから、大人しくしててよ」

「暴れないわよ。アンタが言い出したら聞かないってのは嫌でもわかってるから」


 こんなことがわかるあたり、今までいかにイチフサに振り回されていたかがわかる。

 けどまあ、そんなめちゃくちゃで突拍子もないなやつだから、初めてであった時、私に友達になろうって言ったり、里の掟を変えようとしたりできるんだろうな。


「せっかくだから、結衣にもこの里を紹介したいな。俺が結衣の町に行くことはあっても、その逆はなかったからね。これも、人間との交流の一環だよ」

「調子のいいこと言うわね。それなら、この里の美味しいものでも食べさせてよ。もちろん、アンタの奢りで」

「いいよ。ご馳走してあげる。人間との交流が、一歩進んだ記念に。それと、結衣とまた会えた記念にね」


 抱えられたまま見下ろすと、里の様子がよくわかる。

 決して大きくない、古びた集落って感じだけど、ここでいつもイチフサと会ってるすぐ側にこんなところがあったんだと思うと、なんだか不思議な感じがした。

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