第45話 記者会見


 四年の月日が経っていたことに玲香は出てから気づいた。

 今まで生きるのに必死すぎて年月などとうに頭から抜け落ちていた。


 彼女は淳にダンジョン協会長の大塚に合わされると、もうすでに彼女が来ることが察知されていたのか、協会員に最寄りのホテルに案内され、髪を切ったり、風呂に入らされたりと身を整えられた。


 流石に社会から短くない切り離されていた彼女にも何かをさせられることはわかった。

 自分が捕まって直後のタイミングということでその何かがどういったものであるか、何と無く察しは付いている。


 スーツに着替えると、また移動させられ、ホールに案内させられた。

 裏口から控え室に入ると、大塚がいたことで、今から会見をさせるだろうことを確信した。


「先ぶりね。相間さん。いきなりで悪いんだけど、今から会見をしてもらいます」


「……はい」


 捕まった時点で何となくはわかっていたので、不詳ながらも玲香は返事をする。


「伊藤君--彼は知らなかったの許してあげてね」


「会長、今回のことは誠に感服しました! S級ダンジョン武器流出の不祥事を大量呪死の凶悪犯を引き摺り出すことで打ち消していただけるとは!」


 大塚が玲香に淳に対する配慮を見せると、ひどく恰幅の良いビール腹の男が控え室に入ってきた。


「松野副会長。現金な人ですね。いつもはババアを退けさせるべきだとうるさいのに」


「今までの不和など忘れましょう会長! 一年後の定年、その後も私の派閥が優遇させていただきますゆえ。これも私のキャリアに傷が付くのを回避していただいた御恩です」


 男ーー松野は得意げな顔で玲香を利用した二度目の不祥事隠しで大塚にその後の幸せが約束されていることを説明する。


「君も良かったじゃないか。若いうちにやり直せて。多額の賠償金も死と隣り合わせのダンジョンで攻略をすれば運が良ければすぐ返せるだろう。私はあんなところに入るなど死んでもごめんだがね。まあ死なないように頑張りたまえ」


 ーーー


 逃げたい気持ちがあったが、淳により逃げても捕まることを学習したし、何より四年間自分を苦しめた想像の恐怖より現実で向かい合った時の恐怖の方が容易いという淳の言葉が踏み止まらせていた。

 この言葉の真偽は実際に向き合わなければわからない。

 今まで自分を苦しめた想像の恐怖から逃れたい気持ちが、一縷の望みを玲香に抱かせずにいられなかった。


「只今より、行方不明となっていた相間玲香氏の記者会見を行いたいと思います」


 厳かな雰囲気を出して大塚が会見の口火を切ると、大量のフラッシュが焚かれた。

 しばらくして自分が発言を促されるのを予期して、玲香は恐怖と緊張で手を強く握る。


「まず初めにダンジョン協会から皆様に謝らなければいけないことがあります」


 早速玲香に話が振られるかと思うと、予想外の言葉を大塚は言い、松野が「裏切ったな、老耄……!」と呻いた。


「四年前の配信事故ですが、当時のダンジョン協会の体制に問題がありましたーー」



 ーーー


 ダンジョン協会が非を認めたことにより、会見は玲香よりもダンジョン協会が報道陣の興味を引く形になった。

 玲香は謝罪と当時の経緯説明だけにとどまり、質問も経緯の中で事前に本当に呪物の処理を行なったかと言うものや、逃げた責任を感じているかというものだけであり、彼女の人格を攻撃するようなものはなかった。


「はあ。酷い目に遭ったわ。あの男を失脚させるだけでこれだけ手間が掛かるんだから嫌になるわね」


 会見が終わると大きな機関の不祥事ということで記者たちから質問の嵐に晒されたことで、げっそりした顔をした大塚が不平を口にする。


「あなたにも迷惑をかけたわね。四年前に私が呪物と事故配信の対応を松野に一任したことで、とばっちりを受けてしまって」


「元は……私が引き起こしたことだし、……大塚さんを辞任に追い込んでしまったし」


「気にしないであの男を嵌めるためと言ったでしょ。もとより覚悟の上よ。それにあなたのことを私は利用しただけなのだから。まったく! 派閥を作って私のようなか弱い乙女を追い詰めた上、胡散臭い企業から多額の賄賂で買収された挙句S級ダンジョンのボス武器を流出させて、自分可愛さに協会員で尻尾切りをしようとするなんてとんでもない奴よ! あなたをスケープゴートにする時に松野が言っていた『ダンジョン協会という組織のために』なんて信じるんじゃなかったわ!」


 玲香が恐縮する中、松野に対する不平不満を大塚は爆発させる。

 その様子はこの会見の前から酷くやり合っていたのだなと社会経験に乏しい彼女にも想像させた。


「あなたもこれから逃げたことで警察で色々あると思うけど、どんな結果になろうと攻略者としての道ならまだ用意されてることは覚えておいて。これから私の知り合いの若い子が協会長になるから、その時はその子に頼ってちょうだい」


 そう言い置くと大塚はその場を去っていた。

 玲香は真摯に目の前の問題に真摯に向き合う人たちの強さに当てられた。

 淳や大塚のように苦しみに挑む人ーー強い人が苦しみの最中で懸命な顔をしていたが、苦しそうな顔はしていなかった。

 彼女にはそれが淳の言葉が正しかったことを証明しているような気がした。


 玲香は一縷の望みのような賭けなどではなく、目の前の問題としっかりと向き合うことを心に決め、逃げたことで生じた罪と賠償金の手続きの確認のために警察署に向かった。


 ーーー



「ふーん。ソツがないじゃない、イトウ」


 会見の様子を見たエルメスはそう呟き、笑みを深める。

 彼女には今回の会見がイトウが煽っているようにしか思えてならなかったからだ。


「これだけステージをお膳立てしてやてやったぞってことよね」


 実際のところそんな淳の意図はないが、エルメスは淳のことを自分より上手の煽リストだと思っているため、闘争心がメキメキと上がっていっていた。


「生意気♡」


 そして過去に敗走した記憶を思い出すと、エルメスの負けん気がフルボルテージに達した。



ーーー


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