第21話 波乱の兆し


「ふーん、剣道さんってアスカさんの厄介ファンなのね」


「そうなんだ。だから配信の時はアスカさんとバティングしないようにそっちでも調整してもらえるか」


「いや、あえてアスカさんとバッティングさせればいいんじゃない。本人はアスカさんに絶対にちょっかいをかけないて言ってるんだから」


「口約束だけじゃ、リスキーなように思えるんだが」


 もしも剣道さんが理性を崩壊させて放送事故になった場合どうやって事態を収束させるのか、見当がつかない。

 影響力が大きくなってメリットも大きくなった一方で、転けた場合のデメリットも大きいのだ。


「その分リターンは大きいでしょ、求婚ガチ恋リスナーだと噂されてる人がアスカ本人と会ったらどうなるのかとか気になって新規の人がくるし、単純にアスカがトップ攻略者とコラボするってことでアスカリスナーが喜んでくれるし。それに何より淳ならコントロールできるでしょ?」


「できるでしょ」はアリサがもうやると腹を決めている時によく使う言葉だ。

 もうこの言葉を言ったということは止めるだけ無駄だな。


「その話ちょっと待った!」


 半ばもう話し合いは終わったなと悟りを開いていると、社長室の扉を開けて谷崎さんが入ってきた。


「伊藤の言うとおり、世間の一大ムーブメントを形成している剣道の配信でそこまでの無理は必要がない。むしろ剣道単体でも十分だ」


「谷崎さん、お言葉ですけど、ここでウチの配信者を出さないでどうするんですか? 世間は剣道さんの配信をダンプロがやる必要があるのかと思いますし、ダンプロの配信者がコラボすると期待してたリスナーは確実に失望しますよ」


「詭弁だな。ダンプロに配信を任せるかどうかは、配信の企画の良し悪しで世間で決める。決して剣道がコラボする配信者によってではない。それにリスナーたちは自分たちの推しが輝く一瞬に期待するのであって、剣道とコラボするということには執着してはいない」


 アリサの強気な態度にも、谷崎さんは負けじと舌鋒で応戦する。

 俺とは社会経験が10倍近く違うこともあり、分の悪い交渉も手慣れたものだ。


「本当のところは今回の剣道の配信でアスカをヒカリと並ぶ2枚看板に仕立て上げるつもりだろう。だからこそお前は多少の難があろうと剣道の配信にアスカを組み込もうとする。年長者として助言だ。確実に大きな成功が確定している時に、欲を見せてリスク承知のベットをするな。地獄を見るぞ」


「そうだ、アリサ、やっぱりアスカさんと組ませるのはやめよう。あまりにも危険すぎる」


「谷崎さん正論ありがとうございます。全くその通りですけど、最終決定権は私にあるので貴方たちの助言も提案も受け付けません」


 谷崎さんの忠告に俺が加勢して、2人がかりでアリサを止めようとするが、強権を発動して全て跳ね除けた。

 あいかわらず、手強い。

 だが谷崎さんもいることなのでただでこのまま引き下がるのも面白くない。

 脚下は難しくとも折衷案が欲しい。


「アスカさんは絶対に外せないんだな?」


「無理ね。そこがむしろ1番の肝心要と言っても過言じゃないもの」


「じゃあそこが守られるのなら、他はどうあってもいいわけか」


「無理のない範囲ならね」


「じゃあ当日参加できるダンプロの配信者全員で剣道さんと配信をしてもらうのはどうだ? それならば剣道さんがアスカと長時間接することはないからなんとか理性がもたせられる」


「淳、あんた……」


「正気か,伊藤!?」


 俺としては割と現実的なことを言ったはずなんだが、二人ともが耳を疑うような顔をしている。

 谷崎さんには援護してもらえると思ってただけに、少し困惑する。


「なにかおかしなこと言ったか俺?」


「おかしいわよ。事務所総出なんて前例がないし、第一どこのダンジョンに潜るつもり? 目星つけてるところに配信に適したスペースがある場所もなければ、迷惑だって他の事務所から抗議が殺到する目が目に見えてるじゃない」


「S級ダンジョン『破滅の扉』なら大丈夫だ。巨大種が多いから道幅も広いし、大広間ならダンプロの配信者が全員入ってもあまりあるスペースがある。しかも他の事務所の配信者は1人もまだ手をつけてないから抗議が来ることもない」


「お前が正気かどうかを早計だったな。S級ダンジョンか、いつも除外して考えていたから頭から抜けていたが。確かにそう聞くと打ってつけの場所だ」


「手のひら返しましたね、谷崎さん。確かに淳の提案については無理ではなくなったけど、前例のない取り組みよ。責任は誰が取るの? 私はごめんよ」


「俺が立案者だし、もちろん俺が取るよ。何かあった時に俺が頭を下げるし、配信者と剣道さんの連絡と段取り付けも当日の進行も全部でこっちでやる」


 剣道さんとオールスター配信のことを全部請け負うと申し出ると、心を落ち着けるように一度目を閉じて、アリサは言葉を続ける。


「ちゃんとアスカさんと剣道さんが目立つように絡ませてならいいけど。……剣道さんとアスカさんは同性でしょ。いくらなんでも警戒しすぎじゃない」


「前会った時に彼女がアスカの語る目はガンギマリだった。剣道さんのアスカさんへの感情は理性で抑えられるものじゃないと俺には思えてならない」


「ガ、ガンギマリね……。確かに対策くらいは考えた方が良かったかもしれないわね」


 今まで現実で聴くことのない単語だったのか、アリサはたじろぐようにそういうと、剣道さんに対する認識を修正する。


「伊藤。お前予定がパンパンだろ。俺がいくらか請け負ってやろうか?」


「谷崎さん大丈夫です。元々やるはずだった次のSランクダンジョン配信にちょっとした調整が必要になるくらいですから」


「そうか、無理すんなよ」


「とりあえず、剣道さんの配信のことはこれで決定ね。お開きにしましょうか。淳、来られるメンツがわかったらこっちに一報入れ頂戴」


「了解」


 剣道さんの配信に対する話し合いはオールスターで配信を行うということに決定し、お開きになった。

 随分賑やかになったが、当日はその分盛り上がるだろうことを祈ることにする。



ーーー


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