一網打尽

 元コモノー男爵令息の立て籠もり事件から三週間ほどが過ぎようとしていた休日。


 小雨の降る冷んやりとした朝、クロー伯爵家の前に四台の護送馬車が停まった。




「クロー伯爵及びその夫人に逮捕命令が出ている。一緒に来てもらおう」


 騎士団長が直々に令状を読み上げると、控えていた騎士達が一斉にクロー伯爵一家を取り囲んだ。


「なっ、逮捕命令だと⁈何の容疑だ!」


「私達は何も悪いことなんてしていないわ!」


 伯爵夫妻は狼狽え、必死に逃れようとするが、トマスは殊勝に両手を上げて見せた。


「これだけの数の騎士に敵うはずがありませんよ。今は大人しくした方がいいですよ」


「よくわかっているようだな。クロー伯爵令息、令嬢、君達も一緒に来てもらおう」


 呆然とした伯爵、真っ赤になって怒っているマチルダ、飄々としたトマス、真っ青になっているメーダの四人は、それぞれ別々の護送馬車に押し込められ、王宮へと連行された。




 謁見の間に連れて来られた四人は、自分達以外にも騎士達に囲まれている貴族がいることに気づいた。

 全員、メーダと一緒にヤイミーを取り囲んだ令嬢達とその両親だった。


「来たか。よし、全員揃ったな。アラン、始めてくれ」


「はっ」


 国王の声に宰相のハートネット公爵が前に進み出た。


「イーダ・ド・クロー伯爵並びにマチルダ・ド・クロー伯爵夫人。その方等を不法薬物を密輸し、王国を混乱に陥れようとした罪で逮捕する」


「そんな!私達は何もしていません!」


「そうです!私達はコモノー男爵達に利用されたんです!密輸なんて知りません!」


 案の定、伯爵夫妻は自分達には関係ないと言い出した。


「陛下!これは何かの間違いです!」


「わしはまだ発言を許可してもいないがな。まあよい、言いたいことがあるなら聞いてやろう。好きに話すがよい」


「へ、陛下!先日お呼び出しになった際に、私の無実は証明されたのでは?!」


 クロー伯爵がいかにも心外だといった風に抗議の声をあげた。


「無実の証明などできてはいないだろう。有罪だという証拠がなかっただけでな」


「貴様達が裏でアーゴク侯爵家とコモノー男爵家を操って、手始めに粗悪な医薬品を流通させ、次に違法な薬物を王国内に持ち込み、流行らせようとしたことはわかっている」


 国王と宰相が告げるも、それで大人しくなるマチルダではなかった。


「証拠もなく、どうしてそうだと言えるのですか?有罪だと言うのなら、証拠をお見せくださいな!」


 国王が振り返って声をかけた。


「連れて来い」


 カーテンの向こうから現れたのは、小男を間に挟んだ、ディミトリ公世子とジャンだった。


「これは、公世子殿下自ら…」


「国王陛下、これは我が国にも関係することですから」


 驚く国王にディミトリは軽く頷くと、ジャンと共に男を連れて前へ進んだ。


「この男に見覚えは?」


 ディミトリが伯爵夫妻をまっすぐに見据えたまま問いただした。


「!し、知りません!」


「え、ええ、会ったこともありませんわ!」 


 二人揃って否定するが、その顔は真っ青で、先ほどまでの余裕はなかった。


「この期に及んで、まだ悪足掻きするんだねー」

 

 ジャンがにっこり笑って一歩前に出た。


「ダムシー子爵、君はこの二人のこと、知ってるよね?」


「はい。クロー伯爵ご夫妻です」


 ダムシー子爵はとうに観念したようだった。


「う、嘘よ!私はこんな男、知らないわ!」


「ダムシー子爵、君が作った物を見せてあげて」


 ジャンの指示にダムシーは懐から薬の入った小瓶を取り出した。


「クロー伯爵、夫人、これに見覚えは?」


 ディミトリが厳しい口調で問う。


「い、いえ、知りません…」


「そ、そんなもの、見たこともありませんわ」


「ふーん。知らないってさ。ウィル?アンソニー?」


 ジャンに名を呼ばれた二人がたくさんの書類を手に現れた。


「これらの書類を見ても、まだシラを切れるかな」


「これらはほんの一部ですよ。ダムシー子爵の邸にはあなたたちがやり取りした書簡や契約書など、容疑を裏付ける証拠が山のようにあったようですから」


「「…っ!」」


 クロー伯爵もマチルダも、さすがに何も言えない。


「例えば、この手紙の便箋には伯爵家の紋章がしっかり入っているね。サインは…マチルダ・ド・クローか。内容は、早く媚薬を完成させろ、と書いてあるね」


 ウィルが手にした書類の一枚を見せる。


「う、嘘よ!そんな手紙、でたらめだわ!」


 マチルダがたまらず声を上げる。


「ほう。その方は王太子である我が息子の言葉が出鱈目だというのか?」


 国王が聞き捨てならないとばかりに、マチルダに詰め寄る。


「い、いえ、嘘だと言ったのはその手紙のことです。きっとそこのみすぼらしい男がでっち上げた物ですわ!」


「へえ。わざわざ隣国のたいしたことない伯爵家の名前を騙ったって言うの?」


 ジャンはディミトリに頷くと、ダムシーを捉えていた手を離し、マチルダに近づいた。


「君の元義理の兄に会ってきたよ。ドイル殿からダムシー子爵のことを聞いてね。急いでディミトリ公世子に調べてもらうようにお願いしたんだ」



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 炭鉱でドイルと面会した後すぐに、ジャンは王宮にいるウィルの元へと向かった。


「ウィル!」


 ノックもそこそこに、ウィルの執務室に駆け入る。


「ジャン、慌ててどうした?」


 ウィルはちょうど隣国から馬で駆けてきたディミトリと面会しているところだった。


「はっ、これはディミトリ公世子、大変失礼いたしました」


 さすがにジャンも隣国の公族に対しての礼儀はわきまえている。


「いいよ。気にしないでくれ。それより急ぎなのだろう?」


 ディミトリは鷹揚に頷くと、ジャンに先を促した。


「はい。ちょうど良かったです。ブートレット公国のダムシー子爵を調べていただきたいのです」


「ダムシー子爵?確か公国の中でもあまり裕福ではない土地を治めていたな。どうして彼を?」


「アーゴク侯爵夫人の弟という人物に会ってきました。彼がメッシー伯爵家に婿入りする前に養子として預けられていた先がダムシー子爵です」


 ジャンの説明にディミトリとウィルは頷き合った。


「実はヤーブ医院に踏み入った所、医師は既に死んでいたんだ。医院の中も全て荒らされていて、書類の類も一切見つからなかった」


 ディミトリが悔しそうに言った。


「アーゴク侯爵家には手紙などが残されてはいたが、クロー伯爵家を追い詰められるようなものは見つからなかった」


「だが、この手紙があったから、わざわざ王国まで来てくれたんだろう?」


 ウィルが先ほどディミトリから受け取ったばかりの書類を見せる。


「ああ、そこにはアーゴク侯爵夫人が語った内容が書かれている。だが、紋章もないし、サインも頭文字一字だけだ。これだけではいくらでも言い逃れができそうだ」


「それでは尚更、ダムシー子爵邸に急ぎましょう。ヤーブ医院を隠れ蓑にしていた黒幕の可能性が高いと思われます」


 ジャンの言葉にウィルはすぐに侍従を呼ぶと、馬の用意をするように命じた。


「騎士の中でも特に乗馬が得意な者に命じて早駆けさせよう」


「僕も行きます」


「私も行こう」


 ウィルの言葉にジャンとディミトリが手を挙げる。


「だが、二人ともずっと馬に乗ってきたところだろう。少し休んだ方がいいんじゃないか?」


「どうせこのまま屋敷に帰ったところで、休めるはずがありません」


「私も自国の貴族が関わっていると聞いてはじっとしていられない」


 二人の押しに負けて、ウィルは更に二頭の馬の用意をするよう侍従に命じた。

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