揺れる思い
「ミミ、私の不在の間のことを教えてくれ」
ドットールー侯爵家に行き国王からの言伝を伝えた後、アンソニーは王宮内の自室で溜まっている仕事を片付けていた。もちろん、ある程度は王宮の文官達が処理してあるが、アンソニーの決裁を仰ぐものなど、重要な書類が残っている。
それらの書類を高速で処理しながら、アンソニーはミミに聞いた。
「はい。アンソニー様達が隣国に立たれたその晩の夕食に毒が混入していました。実行犯は既に捉えてあります。翌日は、差し入れを持ってきたと偽り、部屋に侵入しようとした輩を護衛が捕まえました。その翌日は…」
「フッ、それだけ毎日逮捕者が出ていたら、公爵家の地下牢は既に満杯だな」
ミミの報告を聞き終わり、アンソニーは皮肉な笑みを浮かべた。
「全員、特務部隊の監視下に置いてあります」
ミミは無表情のまま付け加える。
「ウィル様と私の不在を狙う輩がいるだろうとは思っていたが、これほどとはな」
「フレデリック様とクラリス様にはお部屋からは一歩も出ないようにしていただきました。おかげで効率よく不届きもの達を捕縛することができました」
「今は別の影がついているのだな?」
「はい」
「よし。今日はもういい。ご苦労だった。下がってくれ」
「御意」
ミミは一礼すると、瞬きする間に姿を消した。
「はあ。こんな、クラリス嬢達を囮にするような真似をしたかったわけではないが…」
結果的に、王宮内、もっと言えば王国貴族内の不満分子を炙り出すための試薬にしてしまったようなものだった。
もちろん、最初はウィルの純粋な謝罪の気持ちで、王宮内に部屋を用意したのだった。だが、毎日のように届く、主に下位貴族達からの苦情に、国王と宰相である父が、逆にこの状況を利用して、潜在的な反乱分子を取り締まることを思いついたのだ。
「まさか、『お馬鹿さん』がこんなにいるとは」
キラキラした目でお礼を言うクラリスの顔が浮かぶ。
「こんな風に囮にされたと知れば、ショックを受けるだろうな…」
妹を溺愛しているフレデリックの耳に入れば、この先クラリスに近づくことすらできないだろう。
生まれてこの方、公爵家嫡男、宰相の息子で王太子の側近、という自身の立場に疑問を抱いたことはなかったアンソニーだったが、初めて自らの背負う物を重荷に感じた。
「ふうう」
アンソニーからもらったお土産の本を眺めながら、クラリスは深いため息をついた。
いつもなら集中して一気に読んでしまう所だが、今日は何故か気が散ってしまってページが全く進まない。
兄のフレデリックは続き部屋で休んでおり、クラリスは部屋に一人だった。
「お兄ちゃんがあんなことを言うから…」
前世ではあまり家族の愛に恵まれなかったせいか、誰かを好きになるということが今一つ理解できていなかった。
だが、転生して暖かい家族と優しい友人達に囲まれ、クラリスは生まれて初めての気持ちを感じていた。
「お兄ちゃんの言う通り、私はアンソニー様が好きなのかしら…?」
確かに、あんな、絵本から出てきた王子様みたいに素敵な人を嫌いな人は滅多にいないだろう。
「アンソニー様はいつも私が一番欲しい物をプレゼントしてくださるわ。スマートで優しくてかっこよくて…って、全女子が好きになるに決まってる!」
だが、そこに、ポールの屈託のない明るい笑顔が浮かぶ。
「王国に戻ってきてから毎日一緒に登下校して、お店も毎日手伝ってくれて」
フレデリックだけでなく、父も母もポールとクラリスが一緒になるのを望んでいるのはよくわかっていた。
「ポールお兄ちゃんももちろん大好きなのよ…一緒にいると安心できるし、守ってもらってるって思うし」
あのコモノー男爵の息子に襲われた時だって、ポールがいなかったらどうなっていたのか想像したくもない。
クラリスと家族にとって、今ではポールのいない日常は考えられなかった。だが、それが恋心なのかといえば、わからなかった。
「エラリー様は…」
第一印象は正直最悪だった。
でも、その後すぐに謝ってくれて、真っ直ぐで真面目な人なんだなと、悪印象は撤回された。
「ふふ、エラリー様、私が果物好きだからって、いつも果物を買ってきてくださって」
学食でデザートとして購入可能なフルーツだが、クラリスには高価すぎて手が出なかった。それを知ってか、エラリーは毎日いろんな果物を持ってきては、クラリスに食べさせてくれるのだ。
「校内でも、他の貴族の生徒達の目から私を隠す様にしてくださって。ほんとに優しい方だわ」
男爵令息を取り押さえる時には、ポールの指示に素直に従い、クラリスを助けることを最優先してくれたらしい。年上とはいえ、平民の指示を聞く貴族など、ほとんどいない。
エラリーを嫌いになることは難しかった。
「だけど、私がこの三人の中から『選ぶ』なんて…それこそおこがましいわよね…だからって、逆ハーは絶対に嫌だし…嫌の前に無理だし…」
自分の身にこんな贅沢な悩みが降りかかるとは思ってもいなかった。クラリスは客室に置かれている鏡の中の自分に向かって問いかけた。
「アンソニー様、ポールお兄ちゃん、エラリー様」
「この三人の隣に私以外の女の子がいて、あの笑顔を向けられていたら、私はそれを笑って見ていられるかしら?」
鏡の中の自分も困った顔をするだけで、答えは出なかった。
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