ウィルのターン!

逢魔が時にはまだ少し早い時間、行きと同じく二日かけてカリーラン王国に帰ってきたウィルとアンソニーは、その足で国王の執務室へと向かった。



「「ただいま戻りました」」


「ご苦労だった。疲れただろう。まずは座って茶でも飲んでくれ」


「「ありがとうございます」」


国王の労いに謝辞を述べて、二人はソファに腰掛けた。 


「早速だが、アーゴク侯爵家とクロー伯爵家を繋ぐ糸は見つかったのか?」


国王の問いに、ウィルはお茶を一口飲んでから頷いた。


「はい。全てが繋がりました」


ウィルの頷きを受けて、アンソニーが新たに判明したことを説明する。


「なるほど。ドットールー侯爵家への逆恨みがことの発端か」


「アーゴク侯爵夫人の話したことが全て真実だとすれば、そうなります」


ウィルが付け加え、逆に問う。


「ハートネット公爵、王国内の状況は?」


「クロー伯爵を召喚し、厳しく問いただしましたが、現在のところ、今回の事件にクロー伯爵家が関わっていたことが証明できる物が見つかっておりません」


宰相は苦い顔で答えた。


「それなら、隣国のアーゴク侯爵家とアーゴク侯爵夫人の実家のヤーブ医院を徹底的に調べるように、大公家に依頼し、我が公爵家の影も残してきました。何らかの証拠が見つかるはずです」


「うむ。それは期待できそうだな」


「何らかの物証があがれば、特務部隊に尋問させることもできますね」


国王と宰相が頷きあう。



「父上、本件の関係者である、ドットールー侯爵家とオストロー公爵家も一緒に話をする必要があるのでは?」


ウィルは国王に進言した。


「ウィルの言う通りだな。アラン、すぐに遣いを出してくれ」


「御意」


ハートネット公爵がすぐさま動こうとするのを、ウィルが止める。


「オストロー公爵家には私が行こう」 


「お前が直接行くのか?」


国王は少し驚いたように聞いた。


「はい、婚約者に会いたいものですから」


抜け抜けと言うウィルに王も宰相も一瞬言葉を失った。


「では、ドットールー侯爵家への遣いは私が参りましょう。明日の朝一番に王の間に来るようにという言伝でよろしいでしょうか」


「あ、ああ。そのように頼む」


「かしこまりました」


「「では、御前失礼いたします」」


二日間の馬車旅を終えて帰って来たばかりとは思えない、颯爽とした動きで二人は執務室を辞した。



「若さですな…」


「そうだな…我らにもあんな時があったが…」


自身の息子たちの頼もしい後ろ姿に王と宰相は、揃って遠い目をした。






所変わってオストロー公爵家では、公爵家自慢の庭で、課題を終えたアリスが夕食前のひと時をのんびりと過ごしていた。


「今日も課題が多かったわ~。ほんと、S組の先生は容赦ないんだから」


思わず首をコキコキと鳴らす。と、後ろから聞き慣れたクスクス笑いが聞こえてきた。


「くくく、アリス嬢は随分とお疲れのようだね」


「え!ウィ、ウィル様?!どうしてこちらに?!」


「先触れは出したはずだが、アリスは聞いていなかったのかな?」


言いながら当然のようにアリスの隣の椅子を引き、更に近付けて座る。


(だから、近すぎるんだってばー!!)


アリスは必死で公爵令嬢の仮面をかぶろうとするが、近過ぎる美形に擬態が追いつかない。


「先ほどブートレット公国から帰ってきたんだよ」


「ま、まあ、随分と早いお帰りでしたのね。母からは10日ほどご不在にされると聞きましたが」


「もちろん、アリスに会いたくて早く切り上げて来たんだよ」


ウィルは攻撃力抜群の甘い笑顔でアリスを見る。


(だから、この王子様はいったいどうしちゃったのよ!なんで私に甘い言葉を囁いてるの?!いつの間にか名前呼び捨てにされてるし!)



「ウィル様、一つお伺いしたいことがございます」


アリスは意を決して、ウィルに向かい合った。


「ん?何かな?」


ウィルの笑顔と声が更に甘くなる。


「ウィ、ウィル様は、クラリスさんがお好きなのではありませんの?」


前世でも今世でも恋愛偏差値だけは上げてこなかったアリスには、直球勝負しかなかった。



アリスのど直球を受けて、ウィルが笑顔のまま固まったかと思うと、途端に周囲の温度が一気に下がった。


「…そうか、アリスは私のことを、婚約者がいるのに他の女性を追いかけるような愚か者だと思っていたんだね…」


「(あれ、やばい、何か地雷踏んだ?) い、いえ、そういうわけではありませんが…クラリスさんのように可愛らしい(これは間違ってない!)女性であれば、誰もが好きになっても不思議はないかと…」


「…逆に聞きたいんだが、アリスは私がクラリス嬢のことを好きだとしても何とも思わないのかな?」


ウィルが少し拗ねたように尋ねる。


「何とも思わないはずはありませんわ!!」


「え?」


アリスは思わずこぶしを握りしめながら力強く答えた。


「(私の)クラリスさんが誰かのものになってしまうなんて…!考えただけで辛いですわ!ですが、推し、コホン、友人の幸せを祝福するのが、真のおた…友というものでしょう。私、喜んで…」


アリスの力説をウィルのため息がぶった斬る。


「はああ…期待した私が馬鹿だったよ…確かにクラリス嬢は素晴らしい女性だと思うし、実際に彼女に恋焦がれている男はたくさんいるんだろうが、私が好きでそばにいたいと思うのは、アリス、君だけだ。先日のお茶会で私の気持ちはしっかり伝えたつもりだったが、まだまだだったようだね」


「す、好き…?ウィル様が私を?ど、どうして…」


(え、ちょっと待って、待って!こんなルートなかったけど!なんで悪役令嬢の私が?!)


もはや混乱しているのを隠そうともしないアリスに、ウィルはにっこりと黒い笑みを浮かべて更に接近した。


「伝わっていないのなら、ちゃんと伝わるようにしないとね」


「ウィ、ウィル様…?」


ウィルの手がアリスの顔に伸びる。


「@#\%*%#\*!!」


アリスが思わず目をギュッとつぶって固まると、ウィルがふっと笑った気配がして、左耳に優しく何かが触れた。


「???これって…」


「ピアスだよ。ブートレット公国で買ってきたんだ」


ウィルはそう言うと、左手を開いた。そこには、ウィルの瞳を思わせる美しいエメラルドを銀細工で縁取った、丸くて可愛らしいピアスがあった。


「きっとアリスに似合うと思ってね。さあ、もう片方もつけてあげるから」


何も言えずに固まっているアリスの右耳にそっと針を刺す。


「うん、思った通りだ。よく似合っている」


「~~~~~!!」




「「「「王太子殿下、そこまでです!!」」」」




真っ赤になって下を向いてしまったアリスの耳に、やけにドスの効いた四重奏が聞こえてきた。

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