救出劇

「許可番号『960』の馬車を見つけました!」


「よし!その馬車は今はどこに?」


「やはり中心街に向かっています!」


「急げ!動ける者は全員そちらへ向かえと全団に伝えろ!」


 ウィルとアンソニーは、貸し馬車屋から街へと向かう道を、急いで馬を走らせていた。


 そこに、探していた馬車が見つかったという知らせが届き、騎士団へ指示を飛ばすと、更に馬を急がせる。


 (エラリーが先に着いているとは思うが…クラリス嬢、どうかご無事で…!)


 アンソニーは祈るような思いで、手綱を握る手に力を込めた。





「さあ、さっさと出て行け!俺は本気だぞ!」


 頭の上で耳障りな声が響く。クラリスは首の痛みよりもアグリーに触れられている所の気持ち悪さで泣きたくなってきた。


 (だめ、今は泣いてる場合じゃない。助かる方法を考えなきゃ!)


 父はクラリスとアグリーを二人きりにしないようにと頑張ってくれているが、これ以上刺激すると、本当に刺し殺されてしまいそうだ。


 (このナイフをまず何とかしなきゃ…)


「お父さん!私は大丈夫だから!今はこの人の言う通りにして!」


 少し声が震えたが、クラリスは必死に父に呼びかけた。


「…クラリス!だが…」


「ははは。娘の方が利口なようだな。殺されるぐらいなら、俺に抱かれる方がいいんだとよ!」


 (うえ~、気持ち悪い!でも、今は我慢しなきゃ。油断させてナイフを奪わないと!)


 クラリスは懸命に声を振り絞る。


「お父さん、お願い、私、死にたくない!」


「クラリス…わかった…」


「わかったら、さあ、早く出ていけ!」


 オーリーはクラリスから目を離さないまま、後退ると後ろ手にドアを開けた。




 と、オーリーと入れ替わるように、別の男が入ってきた。


「誰だ!全員出て行けと言っただろう!」


「…エラリー様!」


「キンバリー伯爵家次男のエラリー・ド・キンバリーだ。コモノー男爵令息のアグリー・ド・コモノーだな?」


「キンバリー伯爵の…騎士団長の息子か!」


「そうだ。コモノー男爵令息、取引をしないか」


「取引?そんなことを言って、油断した所を捕まえるつもりだろう。そんな手に乗るか!いいから、お前もさっさと出て行け!このナイフが見えないのか⁈」


 クラリスの首に突きつけられたナイフと首の傷に、エラリーの頭に血が上りそうになるが、ポールの言葉を思い出し、必死に自分を落ち着かせる。


「貴殿を捕えるつもりなら、もっと大人数で来ている。今、俺は一人だ」


「ふん。どうせ外には大勢いるんだろ」


「いや、まだだ。だが、時間が経てば集まってくるだろう。だから、貴殿を逃すなら今しかない」


「俺を逃す…?はっ、そんなことできるわけがないだろう!」


「方法はある。先ほど貴殿が乗ってきた馬車があるだろう。あれに俺が乗って国境を目指す。貴殿は別の辻馬車に乗って反対方向へ逃げろ」


「つまり、お前が囮になるってわけか」


「そうだ。騎士団は貴殿の乗ってきた馬車を追うだろう」


「悪くない考えだ…と言いたい所だが、それならこの娘はどうなる」


「も、もちろんクラリス嬢は返してもらう!」


 エラリーは声が大きくなるのを必死でおさえた。


「ダメだ。この娘は俺のものだ。連れて行く」


「…それでは取引にならない…!」


「じゃあ、交渉決裂ってことだな。失せろ!このガキが!」


「っく…」


 (ポール、ポールはまだか⁈)


 エラリーの焦りを隠せない様子を見て、アグリーはニヤリと笑うと、クラリスを引きずるようにして階段の方へと後退った。


「ふん、言いたいことはそれだけか。わかったらとっとと出て行け!」


 勝ち誇ったように言い捨てると、尚も階段へと後退る。


 その時だった。


 階段の影に隠れていたポールが飛び出すと、ナイフを握るアグリーの手を押さえ、クラリスの首から引き剥がした。


「なっ、何⁈お前は⁈」


「よくもクラリスを傷つけてくれたな。ただで済むと思うな、よっ」


 言いながらポールはアグリーの腕を強く握り、後ろに捻じ上げる。と、たまらずアグリーはナイフを握りしめていた手を離した。


「エラリー!」


 ポールの声にエラリーが、床に落ちたナイフを遠くに蹴り飛ばす。そのままポールと一緒にアグリーを押さえつけた。


「おじさん!オーリーおじさん!」


 エラリーと二人でアグリーを押さえたまま、ポールがドアに向かって叫ぶ。


 ドアが大きく開いたかと思うと、騎士団を従えたウィルとアンソニーが駆け込んで来た。



「「クラリス嬢!無事か!」」

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