バーニングお嬢様、配信外でもお雑魚ウォッチングの練習にいそしむ!

 S級モンスターのソロ討伐?

 いやいや、まさかね。

 ちづるちゃんの言葉は、たぶん真に受けないほうが良い。


 だってちづるちゃんは、純真無垢な大天使。

 イレギュラーモンスターと遭遇するのも初めてで、随分と慌てているはずだ。

 とはいえ周囲の反応を見たところ、どうにも面倒事になりそうな予感は拭い去れず…………、


(少なくとも、配信には向くコンテンツでは無いよね)

(となれば、もうここに用はない。よって撤退!)



「お~っほっほっほ! お雑魚の皆さまは、これに懲りたら、もっと、もっと鍛えることですわね!

 それでは――ごめん遊ばせ~!」

「ほ、焔子ちゃん~!?」


 私は、ちづるちゃんの手を引いて走り出す。



「あっ、ちょっ!?」

「ちょっと話を――!」


 そんな声が後ろから聞こえてくるが、決して振り向かず。

 私は、颯爽と現場を脱するのであった。




***


 ダンジョンの入り口の階層まで戻ったところで、


「それでは下僕の皆さま、ごきげんよう。

 また次のお雑魚ウォッチング配信でお会いしましょう。ですわ~!」

「ですわ~!」


 私とちづるちゃんは、そう言いながら配信を切る。

 しっかりと配信を切ったのを確認したところで……(大事!)、




「なるほどお。S級モンスターを倒しても、報償金には目もくれずにサッと姿をくらませる。

 完璧な、実は清楚でしたムーブ――勉強になるよ」

「…………ぇ?」


 ――ちづるちゃんが、突然、とんでもないことを言い出した!

 ついでに配信のときよりも、声がワントーン低い。


「え? って。なにを驚いてるの?

 あなただって、分厚い仮面。付けてるよね?」

「ちづ――るちゃん?」


 あまりの変わり様に、私は目をまんまるにする。


 あれ、私はさっきまで。

 天使様と一緒に、楽しくダンジョンで配信をして。

 いつも通り、お雑魚たちを煽り散らかして。

 ……あれ? ……あれぇ?



「……ちづるちゃん、どこ?」

「いや、ボケないで良いって。配信は切れたし、もう純真な振りは必要ないよ」


 あの天使のような、イノセントスマイルで有名な、ちづるちゃんが。

 ハッと馬鹿にしたような、ひん曲がった笑みを浮かべた。

 ひん曲がった笑みを浮かべている……!


「さて……、せっかくなので裏・煽り配信と、しゃれこみましょう」

「ハッ! これは、悪魔憑き!! 悪魔め!! ちづるちゃんの体を返せ、ですわ~!!」


「……は?」

「悪しきものを浄化する聖なる焔よ――神話魔法・イノセントシャイン!」


 ダンジョンには、もののけの類も湧くのか。

 私は胸を冷やしながらも、最大級の魔法の詠唱を始める。


 ――ちづるちゃんを悪魔から取り戻す。

 ちづりえるの皆さまのため。否、私が、ちづりえるだ……!



「わ~、待って待って。待って~!?」

 焔子ちゃん、私、私! 大丈夫だから、落ち着いて――ね?」


 私の周りに、神々しい魔力が集まるのを見て、ちづるちゃんが慌てた様子で駆け寄ってきた。

 それから私の顔を覗き込み、弾けるような笑みとともに一言。


「ぷぎゃ~、ですわ~!」


 そのほんわかした笑みを見て、悟る。

 あ、これ、たしかにちづるちゃんだわ……、と。




 数分後。

 私とちづるちゃんは、ダンジョン内の休憩室に座り込んでいた。


「ぇぇ……、ちづるちゃんのそれ、演技だったの?」

「えぇぇぇ……、焔子ちゃんのそれ、演技だったの?」


 結論から言おう。

 ちづるちゃんは、煽り系で売ろうとしている私も真っ青の、小悪魔だった。

 大天使、どころか大悪魔である。



「うん! こうすると、いっぱいスパチャが飛んでくるんだよ?」

「やめて!? その笑顔のまま、¥マークの目をキラキラさせないで~!?」


 大天使ちづるちゃん。

 ――その正体は、完璧な演技でリスナーにスパチャをねだる小悪魔であった。

 ダンチューバー怖い。軽いトラウマになりそうだ。


 否、一度浸透したキャラを、徹底して演じきる。

 リスナーさんが望む姿を、死力を尽くして演じきる。

 それこそがプロ意識なのかもしれないけれど……、


「焔子ちゃんこそ、嘘でしょ? 一度、煽り系として浸透させた後の、華麗なる実は純真アピール! 完璧なブランディングだと、感動してたのに」

「わ、わたくしは純真アピールなんて、してませんわ~!! 風評被害、風評被害ですわ~!!!」


「そう、それ!! その隠しきれないポンコツ感。完璧、完璧なのよ!」

「ぽ、ポンコツ――」


 私が思わず涙目になっていると、



「はぁぁぁぁぁぁ。中身真っ黒同盟が組めると思ったのに。

 まさか、あのバーニングお嬢様が、こんな中身がピュアッピュアなお姫様だったなんて……」


 吐き出される特大ため息。

 どす黒い本音を吐きながらため息をつく姿すら可愛らしいちづるちゃん。

 やっぱり天使。擦れた天使。……堕天使?


(大天使ちづるちゃん――改め、堕天使ちづるちゃん!)

(ちづるちゃん可愛い。ヤッター!)


「あんた今、また馬鹿らしいこと考えてたでしょう」

「ごほっごほっ。でもジト目ちづるちゃんも可愛い……」

「いや、もうてぇてぇ営業も要らないから」


 やめて!

 そんな絶対零度の視線を私に向けないで!?

 でも、熱心なちづりえるの私としては、むしろ普段なら見られない、ちづるちゃんの姿を見れて嬉しいなんて気持ちもあって……。


「心配しないで。ちづりえるとして、私は、ちづるちゃんの中身が真っ黒の堕天使だったとしても、ちゃんと推すから!」

「えと……、ありがとう?」

「というか冷静に考えたら、このちづるちゃんを知ってるのは私だけ?

 へっへっへ、つまりは私こそが筆頭ちづりえると言っても過言……」

「正気に戻れ!? アカン、焔子ちゃんの目つきがヤバい人になってる……」


 あたふた慌てるちづるちゃんは、、微妙に恥ずかしそう。

 よく見れば、ちょっぴり耳が赤くなっているようで――堕天しても、やっぱり天使は天使なのであった。



「ねえ、せっかくだからお雑魚ウォッチング、行かない?」

「え? 配信外で?」

「うん! 顔をちゃんと隠して――イレギュラーモンスターにコテンパンにのされた人たちを煽りにいくの。きっと良い感じに悔しがってると思うよ」

「ヤメテ! 良い笑顔で、ゲッスいこと言わないで~!? いやでも、ゲスゲスモードのちづるちゃんも可愛い~~!!」

「私の同期が、情緒の揺れが激しすぎる件」


 せっかくのちづるちゃんの誘いであったが、微妙に気が乗らない。

 何が悲しくて、オフのときにまで人を煽らなければならないというのか。

 そう思っていた私だったけど……、



「焔子ちゃん。今後も煽り系としてやっていくつもりなら、少しは練習しておいた方が良いと思う」

「お~っほっほ! お雑魚たちがたくさん、行きますわ~!」


 私は、おしっと気合いを入れる。

 後ろから「ちょろっ!」なんて声が、聞こえてきた気もするけれど――きっと気のせい。



 そんなこんなで、私たちはダンジョンに備え付けられた休憩室で着替える。

 だぼっだぼのジャージに着替えて、顔には仮面を付けておく。人気のアニメキャラの仮面である――なんでこんなものが休憩室にあるんだ……、と思ったら、ちづるちゃんの私物だった。びっくりしたが、ちづるちゃんが「これは3時間並んで手に入れたプレミアム品でね!」なんてドヤ顔だったので、生暖かい目で見守っておく。


 そうして生まれたのは、野暮ったいジャージに身を包んだ2人の探索者 With 変なお面。

 この姿なら、どこからどう見てもダンチューバーだとは到底思えないだろう。


「いざ! お雑魚・ウォッチング――Withちづるちゃんですわ~!」

「ですわ~! ……って、いやいやいやいや!? 私の名前、間違っても出さないでよ!?」


 気分はイベント後の打ち上げ。

 そうして、私たちは、わいわいとダンジョンに繰り出すのであった。

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