OLと狐耳 ~おもてなしを受けないと出られない部屋~

大宮コウ

1.入店

 夜の街。肩を怒らせて歩くOLが一人。


「あのクソ上司いつか絶対痛い目みせてやるからな……!」


 ろくでもない会社に勤めて早三年。

 このタイミングで辞めると同僚や後輩が大変か、など考えて退職のタイミングを逃しに逃した末路。どこにでもいるかもわからぬ荒んだOLが、都会の片隅に爆誕していた。


 復讐に燃える危険人物は、いまは自分の家ではないマンションの一室の前にいる(上司の家に殴り込みに来たわけではなく)。


 きっかけは先日。頼んだ覚えのないマッサージ店の予約メールが一件、届いていた。

 マッサージや整体には、いつか行こうと思っていた。しかし業務後は直帰で爆睡。休日も爆睡。

 憧れは募りつつ、退職届と同様タイミングを逃しに逃していた。

 予約した覚えはない。が、メールの返信に記載されている名前も自分のもの。過去の自分がしたのだろうと納得した。

 ということで、木曜夜の終業後。二時間の残業を終えて、二十一時も過ぎた今現在になる。


 マンションの前に看板はなかったが、住所は合っている。おそるおそる扉を開けば、想像と少し違う光景が出迎える。廊下は広いし、途中には受付のようなスペースも用意されていた。

 部屋の奥には、無地の暖簾が掛かっている。


「あのー、予約した田村です」

「はーい。少々お待ちくださーい」


 電気はついているし、玄関が開いた音に気づかなかったのだろう。そう思い、控えめに呼べば、女性のゆったりした声が部屋の奥から聞こえた。

 たたたた、と足音が近づいて、


「お待たせしましたー」


 暖簾をくぐり現れた女性は、色々な意味で目を引く女性。

 可愛らしい女性だ。小顔というのもあって、疲れ果てた二十五の田村より、遙かに若く見える。

 そんな彼女の頭には、髪色と同じ薄茶色のキツネ耳が立っている。かぶり物、と思うにはいささか実物感が強い、鋭く尖った獣耳。


 とまあ色々と目を引く要素はあるのだが。

 そんなことは田村には二の次、三の次だった。彼女の目は、耳よりも顔よりも下に向いていて。


(胸、でっっっっっっっっか…………)


 ガン見であった。

 釘付けでもある。

 薄手の白いシャツを、それは目に見えて押し上げている。

 背が低めである事も相まって、田村の視界には尚更その双球が存在感を放って見えていた。


「どうかなされましたかー?」

「あっ、えっ、はい! ……えっ?」


 元気よく返事を返し、田村はようやく視線を上に向ける。

 ようやく女性の顔に、つまりは頭上の耳に意識が向いて、動揺が思わず口から零れた。


(もしかして変なお店、予約しちゃってたのかな……!?)


 頭の上に二本の獣耳。

 つけているのは小顔の美人。

 そして、巨乳。

 当人は微笑むだけで、怪しい雰囲気はない。

 しかし表情以外の全ての要素から、危険な香りが放たれている(気がする)。

 数秒。田村は悩んだ。悩みに悩んだ。

 後ろ髪は引かれている。しかし、命には代えられない。お代は腎臓で、とか言われるのは勘弁だった。

 田村にもハニートラップかそれに準ずるものに引っかからない程度の理性はまだ、この時点では残っていた.


「す、すみません。お店間違えてしまったみたいです。それでは……」


 180度、くるりと体を反転。扉に手を掛けて逃げようとしたのだが。


「あれぇ!? 扉がない!?」


 あるのはただの白い壁。ドアが影も形も無くなっていた。


「はい、お客さまには施術を受けてもらうまで出られない仕様ですのでー」

「そんなことある?」

「実際にそうなっていますのでー。こちら、おもてなしを受けないと出られない家でございますから」

「あっお店じゃない? そういう家?」

「そういう名前のお店でございますのでー」

「やっぱお店かぁ……」


 残業後というのもあって、段々考えるのが面倒になってきた。田村は流されがちな現代人なのだ。

 だが、これだけは言わなければいけないということが彼女にもある。


「あのですね、自慢じゃありませんけどね、私……お金そんなに持ってないですよ!」

「本当に自慢でもなんでもございませんねー」


 大事なことだった。財布の中に現金は358円。貯金はストレス解消のために買った雑貨やら何やらのクレジットカードの支払いでトントン。

 もし後ろに悪い大人がいたとして、仮に法外な額を請求されてもないものは出せないのだ。


「では、初回ということですし……施術にご満足いただければお金はいただかない、ということでどうでしょうかー。そうでなくとも、半額で承りますよー」

「そんなうまい話があっていいんですか?」

「ここにあるのでー」

「なら仕方ないか……」


 またしても流されそうになった田村だが、聞くべき事はまだある。


「ちなみに施術というのは……誰が担当してくれるんでしょうか? 扉の向こうに筋骨隆々の黒スーツの男達が待機してたりしない……ですよね?」

「出ませんよー。こちらのお店は私一人で切り盛りしていますので、受付も私一人です」


 店員の彼女は袖をまくり、力こぶ見せてくる。

 微笑ましい姿にも見える筈だが、田村の視線は力こぶの横に向いている。


(お姉さんが施術してくれるんですか……!?)


 マッサージの都合上、身体が触れることがあるだろう。そのとき目の前にある二つのそれが当たってしまうのも、不可抗力ということ。

 であるなら。


「よろしい。受けて立ちましょう」

「いきなり覚悟完了ですねー。では、さっそく奥にどうぞー」


 くるりと身を翻し、店員の彼女は奥に向かう。その後ろ姿に、田村は小首を傾げた。

 受付台で隠れていた、彼女の腰の下、そこからふわりとした大きな尻尾が生えていた。

 彼女の髪色と同じ、狐のようなふわふわとした立派なものが、一本。

 見間違いかと目を擦るも、既に暖簾の向こうで準備を始めている。


「……まあ、夢でもいいか」


 疲労しているというのもあるが、田村は元から小さいことは気にしないタイプだった。

 あと、巨乳好きだった。

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