五の七 選ばれし人びと 九月二十四日 その一

 水平線に現れた胡麻のような粒が、陽炎にゆらめきながらひとつふたつと増えていき、重なりもつれあいながら、じょじょにその形を鮮明にしていくのだった。

「あれは、車じゃないみたいだわ」

 目をこらして、近づく物体の形状を把握しようとするヨンジャの側で、

「ホース」

 と言う少年の声が聞こえた。トバイアスであった。即座に環が「馬だ」と通訳してくれたが、英語が苦手なヨンジャでもさすがにわかる。

「ほんとだ、馬だわ。私、モンゴルについたらずっと馬で移動するんじゃないかと、ちょっと心配してたのよ」とヨンジャがちょっと笑みを浮かべた。

「やっぱり、そうだよね。僕もそう思ってた。僕だけじゃなかったんだ」とトバイアスがにっと笑った。

「モンゴルと言えば馬よねえ。泊まりはゲルで」

「みんな同じこと考えるよね。ブライアン先生はそっちのほうが良かったみたいだけど。僕はごめんだな。だってワイファイだってないんだよ」

 そんな話をしている間にも、黒い点はいつしか馬の形状がはっきりと見て取れるようになったし、馬上の人の顔形さえも判別できるくらいに距離を縮めていた。

 馬は五頭かたまって近づいてくる。

 それだけではない。

 別の方角からは、車やオートバイに乗った人達が現れ、またたくまにこの大草原の一点は百人ほどの人人がひしめき合う状態になってしまった。

 南アジア系の人がいたし、東南アジア系の人もいた、ヨーロッパ系、ラテンアメリカ系、アフリカ系、アラブ系、それらの中間のような人、地球上のありとあらゆる人種の人人が、大草原の真ん中に人山を築いていった。

 中には、

「おや、ステイシー先生じゃないですか?」

 すっとんきょうな声が響いた。

「あれ、テンプルトン先生?なにして……、いやまさかあなたも?」

 驚いて目をぱちくりするブライアンに、綺麗に撫でつけた髪の毛を撫でながら理科担当教諭のテンプルトンは、

「ステイシー先生も、不思議な声が聞こえる人でしたか。なんだ、もっと早くわかってたら、相談もできましたのに」

「まったくですね。しかし学校はどうなされました」

「一昨日から休みをもらってきました。私より、ステイシー先生のほうがまずいですよ。新学期が始まって二週間も休んでしまって」

「いちおう校長には休暇届けを出しておきましたが、メールで」

「いや、校長はだいぶんご機嫌斜めでしてね。臨時の先生だってすぐに見つかるわけでもなし、頭からツノがはえそうな勢いで、もうカンカンでしたわ。帰ってもステイシー先生の机はないかもしれませんよ」

「怖いこと言わんでください、テンプルトン先生」

 ふたりの会話している姿を横目でみながら、エメリヒは唖然としてこの光景を眺めていた。後ろに気配がさしたと思ったら、

「まさか、これほどの方方が集まるとは思いもよりませんでした」

 そう言いながら、いつの間にか到着していた時詠の巫女が話しかけてきた。

「まさに、ノアとともに方舟はこぶねに乗る……、いや動物ではないがな」なかばあきれながらエメリヒは言った。

「すばらしいことですわ。これほどの人人がひとつの目標を目指して、主義、思想、信条も人種も国籍も越えて集まった」

「みんな、なぜここの場所にたどり着けた」エメリヒはふとよぎった疑問を口にした。「祖父の日記を全員が読んだとは思えんが」

「ミイラ発掘の現場にいたのが、クロサキ博士とクルツ博士だけではなかった、ということでしょうね」

「なるほど。こんなにたくさんの人の願いを、ミイラとやらは叶えきれるのかな」

「ミイラは、人の希望であって、希望を叶えるものではない、と私は考えています」

「ここにいたる道程自体に何かしらの意味がある、と?」

「はい」

「それと巫女さん」

「なんでしょう」

「あんた、未来が読める能力を持っているんだったな」

「ある程度は、ですが」

「ここにこんなに大勢が集まることは、予測できなかったのか?」

 その問いに、巫女は答えなかった。代わりに、うっすらと口もとをゆがめたのだった。寂しい笑いだとエメリヒには思えた。

 その時、どこからか、まるで静かな空を切り裂くような悲鳴があがった。

 ざわざわとざわついていた百人もの集団がいっせいに口を閉じ、声のした方に振り向いたのだった

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