--巣立ち--

 時はすぎ、あれから十年が経った。


「行っちゃうのね……」


 母親は大きくなった彼女を見て涙ぐむ。


「年に一、二回くらいは顔を出すよ」


 彼女は大荷物を引っ越し業者に頼み、自身はトランクを片手に持っていた。

 玄関先、門の向こう側には、もう引っ越し業者のトラックはいなくなり、かわりに、黒い軽自動車が停まっていた。


「そうね、ずいぶん遠くの街へ行っちゃうからねぇ……」


 よし、と呟くと、彼女は歩を進める。

一度振り返り、か細い声で「いってきます……」と呟いた。

 挨拶を交わして、歩みを進めていくと、軽自動車から一人の男性が姿を現す。

 母親は、少し大きな声で、彼に向かって伝えた。


「チアキ君、カノをこれからも、よろしくねー!」


 男性・チアキは、深々とお辞儀をする。

 それにならって、少し恥ずかしそうに、娘・カノもお辞儀をした。


「これから、もっと幸せにします!」

「今までお世話になりました!」


 二人は車に乗り込み、エンジンをかけ、出発する。

 母親は姿がみえなくなっても、しばらく小さく手を振っていた。

 二月の最後、とても良い日和であった。新たな門出にはとてもふさわしい程に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る