第20話 この選択はきっと正しいはずなのだ 1−1

《花野井美澄side》


 私の父親は、何も始めから毒親だったわけではない。

 今では見る影もないが、優しかった時期は確かにあったのだ。


 元々独り身だった父は、再婚するとともに変わってしまった。

 父、義母、私の三人で生活していくうち、父は再婚相手のことばかりを気にかけるようになり、私のことは次第にないがしろにするようになった。

 毎日家事をさせられ、ご飯は2日に一回のみ。

 殴られ蹴られるのは当たり前、父にはそれがどこの家庭でも当然のことなのだと教えられた。


 殴られたあざが学校の教員に見つかって問題になったのをきっかけに、私は母方の両親に引き取られ、今は祖父母の家で暮らしている。

 彼らは本当に優しくて、はたから見れば幸せな家庭環境だろう。

 しかし、彼らから与えられる愛情を、私はどうしても信じられないでいた。

 

 私は大好きだった両親に裏切られたのだ。

 彼らもいざとなれば、私のことを裏切るのだろう。

 その考えがどうしても頭から離れないのだ。

 父から裏切られたその日から、人の愛情というものが何なのか……私には分からなくなってしまった。


 私のことを好きでいてくれる人など、もうこの世にはいないのだと。

 私のことを何を犠牲にしてでも愛してくれる人などいないのだと。

 私はよわい10歳にして悟ったのだ。


 高校に入学してからも告白してくれる人はいたが、やはりその人たちのことも信用することができなかった。

 そしてその予想通り、彼らは私に振られた途端、興味を失ったかのように去っていくのだ。

 舌打ちを残していく者までいた。暴言を吐き捨てる者までいた。

 どうせ人の愛情なんてそんなものだ。

 その頃の私は、もう愛情というものに何の執着心も湧いてはいなかった。


 だから、興味を持ったのだ。

 振られてなお、私のことを好きでいてくれる彼のことが。

 パパ活のことを知った上でなお、好きだと言ってくれる彼のことが。

 もしかしたらその頃から既に惹かれていたのかもしれない……いや、確かに私は惹かれていたのだ。


 だから同時に、怖いとも思った。

 彼も父のように私を裏切るのではないか、と。

 いつかこの人も私を見限ってしまうのではないか、と。


 だから、彼との関係を絶とうと思った。

 相手から拒絶されるより、みずから離れた方がきっと傷は浅いはずなのだ。

 だからこの選択は、きっと正しいはずなのだ。



 * * *



 「美澄みすみちゃん? どうかしたの?」

 「あ、いえ、なんでもないです。少し考え事をしていて……」


 隣のおじさんに話しかけられ、私はハッ、と我に返った。

 そうしてパパ活中であることを思い出す。

 切り替えなさい、と自分の頬を叩き、気持ちを切り替える。

 おじさんと腕を組み直し、私は今日も愛想笑いを振りまく。

 ___と。


 パシャッ。


 不意にシャッター音が聞こえた気がした。

 パッ、と振り返りって辺りを見渡す。が、辺りにカメラを構えている人など見当たらない。

 

 「……?」

 

 気のせいだろうか……。

 不思議に思いながらも前に向き直ったところで、目的地に到着していたことに気がついた。


 「っと、そろそろ時間だね。それじゃあコレ、今日の分のお金」

 「あ、ありがとうございます。それでは」


 おじさんに頭を下げ、規定の料金を受け取る。

 去っていくおじさんの背中を眺めながらも、やはり考えているのは谷上くんのことだった。


 帰路につき、歩を進めながら私は自分に何度も言い聞かせる。


 私の選択は間違ってなどいない。

 この選択こそが、私にとって最も正しい選択なんだ。


 「……ッ」


 じゃあ、谷上くんは?


 私は頭を振って考えそうになっていたことを振り払う。


 脳裏に蘇るのは、谷上くんの悲しげな表情。

 その表情が浮かぶたび、私の胸は酷くいたんだ。


 正しい……正しい……正しいはず……正しいはず、なんだ……。


 「……ッ」


 頭がパンクしてしまいそうな程、同じことをグルグルと考えていたからだろう。

 私は前方から歩いてきた男性とぶつかってしまった。

 無駄に丈夫な体をしている私は無事だったのだけど、相手の方はそうではないようで。

 私にふっ飛ばされた男性はドスン、と鈍い音を立てて尻もちをついてしまった。


 「……いってぇな。どこ見て歩いてんだテメェ!?」

 「す、すいません。……ッ」

 「……!」


 見上げたその顔を見て、私は息を飲んだ。

 相手も驚いているようで、瞳孔がこれでもかという程に大きく開いている。


 「……お父、さん……?」


 私に虐待ぎゃくたいをし、精神的に追い込んだ張本人が、目の前にいたのだ。



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 伏見ダイヤモンド

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