第2話 誰が陰キャだよ誰が

 昨日のあれは一体どういうことだろう……。


 お昼休み。窓際の一番後ろの特等席。

 席に着き、日光を浴びて黄昏たそがれていた俺は、何気なく先日の出来事を思い返していた。

 脳裏によみがえるのは、明らかに年上である小太りおじさんと、誰よりも風紀に厳しいはずである風紀委員長が楽しそうに腕を組んで歩いている姿だ。

 思い描いていた花野井はなのいさんのイメージとあまりにも違いすぎて、あれは別人だったのでは、などという身勝手な考えが頭に浮かぶ。


 しかし、あれは間違いなく花野井さんだった。

 好きな人を、それもあれほどの美貌びぼうの持ち主を間違えるはずがない。


 間違えるはずがない、のだが……。


 俺は教室の最前列の席に座る花野井さんを尻目に見た。


 花野井さんはいつも通り、何を考えているのか分からない無表情で黙々と読書に没頭ぼっとうしている。

 その姿は、絵画よりも彫刻よりも美しく、見る者全員を魅了していた。

 そんな人が、昨日のパパ活女子と同一人物だとは到底思えないのだ。


 「……確認、してみるか……?」


 昨日のことが気になりすぎて、あれから何も手につかない。

 課題は提出期限を忘れていて提出できなかったし、今日の小テストも赤点だった。

 きっと昨日のことがいまだに尾を引いているに違いない。いやもうそれしか考えられない。

 このままでは俺の成績にも関わってしまう……。

 そう考えた俺は即座に席を立ち、手に汗を握りながらも花野井さんの席に向かって歩き始めた。


 確認……そう、確認するだけ……それくらい俺にだってする権利はあるはずだ。


 ゆっくりと歩を進め、花野井さんの目の前に数十秒かけて到着する。


 「あの……花野井さん。今いいか?」


 できるだけ刺激しないよう声をかけると、彼女は気怠けだるそうに顔を上げ、寒帯の気温よりも冷たい視線を俺に向けた。

 ジロリ、などという聞こえるはずもない擬音が耳朶じだに触れ、背筋に冷や汗が流れ始める。


 こ、こえぇ……。


 彼女が想い人とはいえ、この視線の圧に耐えられるほど俺の度胸は据わっていない。

 恐怖に唇が震え、口からは「あ……あ……」という情けない母音しか発することができない。

 ガクガクと震える足をなんとか奮い立たせ、一早いちはやくことを済ませてしまいたい俺は息継ぎもせずに言い切った。


 「あの花野井さん昨日のことでお話があるんですけど!」


 俺の一声は思いのほか響き渡ってしまったらしい。

 クラスメイトのほとんどの視線が俺と花野井さんに集中し、教室はにわかにざわめき立つ。


 「おいアイツ、あの花野井さんに話しかけたぞ……」

 「あの変人、まさかあの花野井さんのことを……?」

 「いやいや、それはないだろ。相手はあの風紀委員長だぞ……」

 

 などという失礼極まりない陰口が俺の耳に届く。


 誰が変人だよ誰が。……いやまあ、間違いではないんだけど。

 

 チラリ、と花野井さんに視線を向けると。


 「ヒッ……」


 以前の猛獣をも従えてしまいそうな強烈な視線。

 そんなものが生ぬるく感じてしまうほど、いかつく鋭い目つきで俺を睨んでいた。

 それはもはや人間の目つきではない、視線だけで猛獣を惨殺ざんさつできてしまいそうだった。

 花野井さんは以前と同等もしくはそれ以上の馬鹿力で俺の胸ぐらを掴むと、その顔面は突如として爽やかな笑顔へと変貌する。


 「谷上やがみくん、だったかしら? 分かったわ、それじゃあ校舎裏にでも行きましょうか」


 「……いや、あの……やっぱり俺、これからちょっと用事が」


 目は全く笑っていなかった。


 このままついていけば間違いなくられる……。


 確信した俺は、みずからが話しかけたにも関わらず、なんとか逃げ切ろうなどと愚考する。

 しかし。


 「お時間いただけるわよね?」


 「……はい」


 ショットガン並みの破壊力のある視線で脳天を撃ち抜かれた俺は、頷くことを余儀なくされた。

 そのまま襟を掴まれ、俺はズルズルと引きずられていく。


 「アイツ、死んだな」などというクラスメイトの声は、きっと幻聴に違いない。



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 伏見ダイヤモンド

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