第26話 《前に、進むデス》

 マナナンが立ち上がった。

 その事実に僕たちは安堵したけれど、まだ予断を許さない。マナナンが回復したのは恐らく奇跡なんだと思う。だからこそ僕たちは急いでこのゲームに勝たなくてはならないんだ。


《前に、進むデス》


 マナナンが迷路型アスレチックの道をゆっくりと歩く。そんな中、ハツモのターンが終わってマクリールのターンがやってきた。


《……まだ動いていられたのかぬ》


 マクリールが未だに歩き続けるマナナンに目を向けている。黙っていればマクリールの表情はマナナンと同じ無表情のため、彼が何を考えているかは分からない。

 それでも立ち上がったマナナンに対して何か思うことがあるということだけは、その雰囲気を見ればなんとなく分かる。


《わっちゃあのターンヌ! サイコロを振るんぬ!》


 マクリールが出した目は二。

 その先にあるのは条件マスだ。


《わっちゃあは負けられないんぬ……! 例えどのような条件だろうと必ず条件を達成して逆転のカードを手にして――》


『カラオケで九十点以上出してください』


《――って、おい今シリアスな場面だったろうぬ!!》


 うん、僕もちょっと肩透かしをしたというかなんというか。まぁいくら参加者間でシリアスな展開になっても確かにゲームの方は関係ないけどさぁ……。


《ふんぬっ! こんな条件、わっちゃあの美声を持ってすれば楽勝だぬ!!》


 そう言えば初対面の時もミュージカルをやってたよね。歌詞はあれだったけど、あの時の歌声はそれなりの物だった記憶がある。


《それでは歌うぬ……『また君に恋してぬ』》

「してぬ?」


 そうして始まるマクリールのカラオケ。

 マイクを持ち、感情を込めて歌を歌い始めた。


《また君~に~恋して 今ま~でよ~りも深

「いや癖ぇっ!!」


 癖が強いんじゃ!!

 毎回語尾に『ぬ』を入れるか変換してるかでまるで言葉の訛りが強いが人が歌ってるようなものだよこれ!!


『七十六点』

《なんでぬ!? 音程とか合ってたぬ!》

『いえ、余計な『ぬ』が減点になりました』

《ぬーっ!?》


 歌詞に忠実であれと。

 カラオケの癖してそこのところ厳しいね。歌詞の忠実さにそこまで求める判定なら某芸人の歌とか全滅だよ。


《逆転の手が消えたぬ……》


 項垂れるマクリールを無視して、次はゴーレムA。つまり僕によってスタートマスに戻された参加者ゴーレムだ。

 彼はカードを使い、自分が振るサイコロの数を三つに増やす。そして出た目は……合計で十六マスだ。中々の出目である。


『ゴゴゴー!!』

「っ、へへ……来いよ、相手してやるからよ……!」


 ハツモがいるマスまであと十二マス。着実にハツモがいるマスまで近付いていることに、ハツモは顔を引き攣らせながらも闘志を燃やした。


『ゴゴゴーッ!!??』


 そしてターン回ってゴーレムB。

 一巡前に僕が宣言した通り、そのゴーレムも強制的に二マスに進み、地雷マスを踏んだことによってスタート地点に戻された。


《……》


 次、マナナンのターン。

 マナナンは先ほどから沈黙を保ちながら迷路型アスレチックを進んでいた。アスレチック攻略中は後ろで待機している参加者にターンが回る。


 そうして回ってきたのはゴーレムC。


『ゴ……』


 他のゴーレムと違い、不気味なほどに口数の少ないゴーレムCは冷静にサイコロを振って前へと進む。

 そしてそのゴーレムCはそのまま条件マスを踏んだ。


『制限時間内に敵を一定数倒してください』

『出現する敵を一から六までの数字をランダムで決定します』

『……出た数は六』

『次に制限時間を一から六までの数字をランダムで決定します』

『……出た数は一』

『制限時間一分以内に六体の敵を倒してください』


 そんなゴーレムCに課せられた条件を聞いた僕は思わず目を細める。


「……難易度が高い」


 条件マスで提示される大多数の条件は、厳しければ厳しいほど得られる報酬も豪華になっていく傾向にある。今回ゴーレムCに課せられた条件は中々に高い難易度だ。


 だけどそう簡単にはクリアできないと僕は思っている。何故ならマクリールを除いた参加者ゴーレムたちの運動性能はこれまで観察した限りそれほど良くない。まさしくマクリールが数合わせに用意したゴーレムなのだと、僕は思っている。


 なのに。


『条件を達成。報酬を選んでください』

「え!?」


 今までの行動がなんだったのかってぐらい、現れた六体の敵対ゴーレムをゴーレムCが瞬く間に粉砕したのだ。


「まさか力を隠してたの!?」

「まさかこんな切り札を用意しているとは……やりますねマクリール!」

《いや、知らん……怖いぬ》

「いやお前も知らんのかい!?」


 ゴーレムCが報酬が選ぶ。そしてゴーレムCがカードを使用した瞬間、僕の身に異変が起こった。


『参加者の一人が使用したカードによって、貴方が持っているカード一枚を強制的に削除します』

「え!?」


 突如として僕の頭上にアナウンスが鳴った途端、僕が持っていた『ランダムでカード一枚を捨てさせるデバフカード』が消滅したのだ。


「そんな!?」

《何々んぬ……? 入手したカードが『任意の参加者一人が持つカードを一枚選択して捨てさせる』デバフカード……だとんぬ?》

「よりにもよって手に入れたカードがそれか……!」

《ぬーぬっぬっぬ! これは思わぬ伏兵! あのにっくき妨害の魔女に一泡を吹かせてやったぬ!》

「思わぬ伏兵とか自分で言わないでしょ……」


 やっぱり、全力で勝ちに行くと言ってもそう簡単には行かないか……!




 ◇SIDE マナナン




 ――声が聞こえるデス。


「ぬおおおおお!? 二体同時は無理だってえええええ!!」

『ゴゴゴー!!』

『ゴゴー!!』

「クソ、好き勝手に付け回しやがって! いいか、こっちには爆弾ひよこを呼び出せる錬金鍋があるんだぞ!? これ一発でお前らあの世行きだぜ!」

『ゴゴゴー!』

「あっタンマ……せめて錬金する時間をだな――うわあああああ!!? こいつら全然錬金鍋を使う暇を与えてくれねえええ!!?」


 ――まだ、声がするデス。


《ここで会ったが百年目だぬ! 今こそこの手でお前の魔の手から自由を取り戻すぬ!!》

「やぁ待ってたよマクリール君」


 :完全に関係性が勇者と魔王で草

 :なお魔王側はセンリちゃんの模様

 :いえ、センリちゃんは邪神です

 :信者もいるしな……


《ふんぬ……今まですごろく内で辛酸を舐めてきたぬが、なんでもありのアスレチック内なら思う存分ギッタンギタンのバッコンバコンヌにすることができるぬ!》

「果たしてそれはどうかな?」

《なん……だぬ……?》

「『コール』! 更には『サウンドビジュアライズ』!」

《またバイクに謎の柱かぬ!? おのれ、まさか一足先にアスレチックを攻略しようと――》

「――コード:ファイアーワークス」

《ぬ……? 空から光が――ぬうううう!?》


 :鬼だ!! ここに鬼がおるぞ!!

 :歌詞の柱で空中にいながら、下に向かってロケランとかひでぇwww

 :自分は高所で安全を取りながら排除とか笑うわ


「攻略もいいけど、邪魔しに来るなら排除するまでさ」

《この魔女やっぱり悪魔だぬうううう!!》


 ――まだまだ、声が聞こえるデス。


『この場で芸術作品を作り、九十点以上稼いでください』

「はいできました! 恥じらいを見せながらもあーんしてくれるセンリちゃんの聖なる絵画です!! これはもうオークションで億は下りませんよ!」

『……二点』

「なんでぇ!?」


 :残念なことに混沌ウサギの画力が追い付いてねぇーっ!?

 :なんだこれは……深淵?

 :スプーンの部分がブラックホールに見える

 :でもなんかそのブラックホールから赤い血が出てるが……


「ケチャップですよ!? オムライスの!!」


 :草

 :うっそだろお前wwww

 :やめよう! お前に絵は無理だ!


 お互いの勝利を競い合う真剣勝負なのに、わっちゃあはそれらの声を聞いて楽しいと思っているのデス。

 一歩、また一歩前へと進み、長い時間をかけて角を曲がるデス。そして一歩、また一歩と行き止まりに遭遇しないように祈りながら進むデス。


《……楽しいデス》


 もっとみんなの声が聞きたいデス。


「うお、あっぶねぇ!? 避けなかったらミンチになってたぞ!?」

「ふっ、まさか似たような条件マスに止まるとは……いいでしょう! 今度こそセンリきゅんに対する愛を布教して――……え!? プレゼン時間超過で失格!?」

「ほら僕をギッタンギタンのバッコンバコンにするんでしょ?」

《だったら早く空中から降りるぬーっ!!》


 きっと、わっちゃあはこの声が聞こえたかったのデス。ティル・タルンギレで働いてきた自動接客人形サービス・ドールとして、わっちゃあたちはこの楽し気な声こそがわっちゃあにとっての報酬なんデス。


《……抜けたデス?》


 気が付けばわっちゃあは迷路型アスレチックを攻略できたデス。これであとはサイコロでマスを進むだけデス。


 一マス、また一マスと着実に進むデス。


 もう何巡目になったかも覚えてないデス。


 ――ただ、声が聞こえるデス。


 ……だよ!

 ……ばれ、マナナン!

 ……しです!


 いったいなにを言っているのデス? あれだけ賑やかに発していた声が聞こえないデス。もっと、ちゃんとはっきりと聞こえるように言ってくださいデス。


 ……行けぇっマナナン!

 ……頼む!

 ……あと数マスです!!


《……デス?》


 さっきよりはっきり聞こえてきた声に、わっちゃあはようやく目の焦点が合いましたデス。そこに見えたのは――。


「すぐ目の前だよ!」

「頑張れ、マナナン!」

「あと少しです!」




 ――ゴールまであと六マスの光景だったデス。




《ゴールが、見えるデス……》


 次のターン。

 わっちゃあが六を出せば勝利するデス。


 六を出せば……楽しかった時間が終わるデス。


 でもそれでいいのデス。楽しい時間はいつか終わるものデス。終わるのなら、最後まで楽しく終わりたいのデス。


《……》


 マクリールがずっとわっちゃあを見てるデス。あれだけうるさかったマクリールがそうやって黙ってると気色悪いデス。


 でも見るならそうやってずっと見るがいいデス。この、ある自動接客人形サービス・ドールが勝利するその姿を――。


 ……?


《デ、――ス……?》

《……ッ》


 立ち眩みがしましたデス。

 でもそれは一瞬ですぐ直ったデス。


 ただもう奇跡を望めないと、わっちゃあは思ったデス。次のターン。次のターンでわっちゃあが決着を付けないともう間に合わないと思ったのデス。


 次のターン。

 次のターン。

 いつ。いつになったら――。


『ゴ……』

《デス?》


 わっちゃあに近かったゴーレムが何か音を発したデス。その音に疑問を思っていると、突如としてわっちゃあの目の前のマスにアスレチックマスが生まれたデス。


《……!》


 最後の最後まで油断ならないデス。

 まさかここに来てアスレチックマスとはデス。


《……それでも、デス》


 それでもわっちゃあは諦めないデス。


《サイコロを……》


 六が出れば、例えアスレチックマスに入っても攻略すればそのままゴールデス。そう、六を出せば勝ちなんデス。アスレチックはひたすらに前へ行けばいつか攻略できるデス。だからここで六を出せば――。


《……四、デス?》


 届かないデス。

 届かなかったデス。


 わっちゃあに、もう次のターンは――。


《……前に、進むデス》

《まだ、諦めないのかぬ》


 ふと、マクリールの声が聞こえてきたデス。


《届かなくても前に行かない理由はないデス》

《……お前は》


 前に進むデス。

 例え届かなくても、前にデス。




《お前はもう、わっちゃあたちの使命から解放されたんだぬか》




 アスレチックマスに入るデス。

 これから長い時間をかけて攻略するデス。どれぐらい前に行けるかは分からないデスが、それでもわっちゃあは――。


「……お疲れ様ですマナナン」


 その時、こサギの声が聞こえたデス。

 いったい何のことを言っているのかと思って、こサギの方へと振り向くとそこには、こサギが一枚のカードを出しているデス。


「あなたはもう届きました」


 こサギが持っているカードが光るデス。その瞬間、わっちゃあの体はアスレチックマスから一マス、前に進みましたデス。


《?》

「これは私が持っている『任意の参加者一人を一マス進ませる』バフカードです。このカードを使って、アスレチックマスに入ったマナナンを一マス進ませました」


 残り移動可能数三。

 ゴールまであと四マス。


《それでも、あと一マス……デス》


 ゴールの手前まで来てもあと一歩足りないデス。

 その瞬間デス。


「僕のターン」


 センリが持つ一枚のカードが光るデス。


「僕はマナナンに『任意の参加者一人を一マス進ませる』バフカードを使う」

《!?》


 その瞬間、更に一歩前に進んだデス。


 そう――。


『おめでとうございます』


 ――ゴールのマスに、デス。


《え》


 アナウンスが鳴るデス。

 わっちゃあの頭上で祝福の音が鳴るデス。


《勝利した、デス?》


 センリ、こサギ、ハツモへと顔を向ける。そこにはわっちゃあに笑顔と拍手を送る姿が見えるデス。


《わっちゃあは、勝利したデス?》

「おめでとうマナナン!」

「やったぜ!」

「あそこで四を出してよかったです……!」


 そう、デスか。

 わっちゃあは、勝利したのデス。


『勝利者であるあなたに『繫栄の聖杯』を授けましょう』


 輝かしいファンファーレに祝福をくれる仲間。

 目の前に聖杯が現れ、それを手にするデス。


 やったデス。

 わっちゃあたちの勝利デス。


 わっちゃあだけじゃない、みんながいたからこそ手にした勝利なのデス。




《これは最高に良い思い出に――》




 その瞬間。

 ぷつり、と。


 わっちゃあの意識は――。












《全く、世話のかかる同僚だぬ》

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