マグメルの園編

第18話 『ハゲーッ!!』

 ティル・タルンギレの浮島が崩壊する中、最初に降りた地点でマナナンを含めた僕たちは呼び出したキャンピングカーに乗り込んだ。


『緊急コードを確認。避難のため自動的にルートを選定。ルートの案内を開始いたします』


 全員が乗り込むと突如としてキャンピングカーのAIではなく、僕たちをこの浮島にまで連れてきた女性のナビガイド音声が流れる。


《乗り物に干渉し、自動で登録した地点まで運んでくれる『アンヴァルシステム』デス。ティル・タルンギレの崩壊をトリガーに緊急避難システムが作動したデス》


 マナナンの言葉と共にキャンピングカーが独りでに発進する。いやマナナンの言葉が本当なら今キャンピングカーを動かしているのはアンヴァルシステムの方だろう。だけど発進したのはいいけど、目の前崖だよ!?


《安心するデス》


 マナナンの言葉に聞き返す前に、キャンピングカーが身を投げた。それと同時に僕たちは落下の重力に耐えようと目を閉じるも、いつまで経ってもあの浮遊感が襲ってこない。


《思い出すデス。センリたちがどうやってここまで来たのかをデス》


 目を開ける。予想していた光景に反してキャンピングカーは落下していない。いやそれどころか。


「そう、だった……!」


 僕たちを乗せたキャンピングカーは空を走っていたのだ。猛スピードで崩壊するティル・タルンギレから離れていく。


「皆さん見てください!」


 こサギが空へと指を差す。

 そこには、晴れ晴れとした青空がまるで鏡がひび割れるように崩れていき、夜が徐々に表に出てくる光景があった。


《動力を支えていた無限の大釜が消え、ティル・タルンギレの崩壊と共にこれまで維持してきたメインシステム……『フラガラッハシステム』も消えたようデス》

「フラガラッハシステム?」

《ティル・タルンギレに備え付けられた、対外敵用迎撃防衛システムのことデス》


 フラガラッハシステムには三つの機能が存在しており、光学迷彩で浮島を外から隠す機能。中から天気を操る機能。そして外敵からの攻撃に反応して反撃する機能があるという。


「もう外から身を守る術もないってことか……」

《どの道、中から崩壊しているので変わらないデス》


 遠ざかっていくティル・タルンギレの浮島。


 これまで明るかった空が徐々に暗闇へと染まっていくその光景は、ティル・タルンギレの崩壊と相まって、より一層と都市の終焉を強調しているよう。


《……また逢う日まで、デス》


 束縛から解き放たれた安らぎの都は、無限と思えるような時間の束縛からも解放され、今度こそ安らかに、それでいて美しくも儚い終焉を迎えたのだった。




 ◇




『危険地域からの離脱を確認。緊急避難走行システムを解除いたします。ルート案内終了。ご乗車ありがとうございました』


 ティル・タルンギレから離れたキャンピングカーは、開けた場所でその動きを止めた。深夜を超えた時間帯だからか周囲は暗い。それにさっきまでキャンピングカーを動かしていたのがアンヴァルシステムだったため、エンジンを始動していない車内は依然として暗いままだ。


「よし……っと」

『起動ガ 完了シマシタ』


 エンジンの始動と共にAIも起動され、暗かった車内が急に明るくなる。その途端に僕たちは脱力するように息を吐いた。


「終わった、か……」

「終わりましたねぇ……」


 車内が明るくなったことで僕たちはようやくティル・タルンギレでの冒険が終わったという実感を得たのだ。


《迷惑をかけたデス》

「大丈夫だよ。これもまた思い出さ」


 僕の言葉にマナナンが一瞬考え込んだ後《そうデスね》と答えたのだった。


「次の目的は確か海底にあるんだよね?」

「そうだな。マナナンの言葉が本当なら、俺たちが向かうべき場所である喜びの島……つまりマグメルの園って奴は海底にあるはずだ」

《あくまでわっちゃあが知っている範囲の知識デス。長い時が過ぎた今、そのマグメルの園が健在なのかは保証しかねるデス》

「でもどの道、僕らはマグメルの園に行くしかない」


 ――揺蕩う死と生命の底、大いなる死を受け入れれば、その魂は喜びの島へと通じる道へと歩き出す。


 ダナンが解読した古文書の一文だ。古文書の内容がマグメルの園を示しているのなら僕たちは行くしかない。それが唯一ティル・ナ・ノーグへと通じる道なのだから。


 ……だというのに。


「肝心のダナンはなにをしているの?」

「あー……」


 僕の言葉にアルケさんが呆れたような目でダナンがいる方向へと向ける。そこには、ダナンが一人でしかも真剣な表情で本を読んでいる光景だった。


「車内が明るくなった途端あんな感じさ」

「ダナンが真面目な顔をしている……」


 :辛辣で草

 :まぁ普段は酔っ払いだからな……

 :それよか、今なに読んでいるんだ?


「聞いても無視してくる始末さ」

「何が書いてあるんだろう……」

「あんな大真面目な顔、ティル・ナ・ノーグを調べ始めた時以来さね」


 しみじみとしながらアルケさんはコップの中の酒を飲む。


「純粋だった頃のダナンッスか……」

「ぶっ!」


 あっアルケさんが酒を噴き出した。

 ちょっと、僕でも口に出さなかったことを!


「なんッスか!? 俺悪くないッスよ!?」

「ゲホっ!? ゲホ……!?」

「思いっきりむせてて草生えますねぇwww」

《背中をさするデス》


 :草に草を生やすな

 :そういえばなんか引っ掛かってるんだよなぁ

 :お前も? 俺も俺も

 :なーんか忘れてるような


「まぁとにかく、僕たちはマグメルの園に行くために海底に行く必要があるんだけど……どこに行けばいいの?」

「え? そりゃあ……どこに行けばいいんだ?」


 海底に行くということはつまり当然のことだけど海に行かないと駄目だ。そしてこの大陸に存在する海はかなり広い。


 デミヴァロンを存在しているこの大陸がこの箱庭の世界の30%を占めるなら、残る70%は『輪転海洋』が占めているのだ。はっきり言ってその中から、しかも海底から何かを探すのは不可能に近いんだ。


「頼みの綱は……多分ハツモが持っている例のアイテムぐらいだけど」

「例のアイテム? ……あぁ! これか!」


 そう言ってハツモが取り出したのはティル・タルンギレを探すために錬金した『リア・ファルのダウジングロッド』だった。これがあればマグメルの園を探せるかもしれないけど、問題が一つ。


「……あ、駄目だセンリ」

「もしかして?」

「登録先がまだティル・タルンギレになってる」

「やっぱり……」


 そう、そのダウジングロッドは行きたい場所を登録しないと案内できない仕様なのだ。そして僕たちには地点登録のための手掛かりがない。つまり頼みの綱であるダウジングロッドは使えないということになる。


しらみ潰し……は流石に駄目ですよね」

「これ探索するのにいったい何年掛かるんッスかねぇ」


 と、そんな時だった。


「そのダウジングロッドを貸せ」

「ダナン? あっ!」


 ダナンが急に立ち上がり、ハツモが持ってるダウジングロッドをひったくるように奪う。そしてダナンがそのダウジングロッドを先ほどまで読んでいた本に当てると……。


「ほらよ」

「うわっとと!? おい乱暴だな!」

「……ふん」

「なんだ……? 感じ悪いな……」


 なんだろう。どうしてダナンはこんなにも不機嫌なんだろうか。やっぱりさっきまで読んでいた本が関係しているの?


 そう考えていた時、ダナンから乱暴に渡されたダウジングロッドを見ていたハツモが急に声を上げた。


「あぁ!!?」

『!?』

「どうしたのハツモ!?」

「と、登録地点が……」


 ハツモからダウジングロッドを受け取るとそこには――。




 リア・ファルのダウジングロッド。

 現在の登録地点【マグメルの園】。




『マグメルの園になってるぅ!?』


 あまりにも不可解な状況に、僕たちは悲鳴を上げたのだった。ダナンが見つけて持ってきた本。あの本は本当に、いったいなんなのだろうか。




 ◇




たちは『輪転海洋』に向かってます」

「……そうか」


 唐突に現れ、そして崩壊した浮島にグエッコーたちがやってきた。部下を使い浮島を調べても崩壊によって今でも大したものは見つけられない。


 しかし、とある方向に向かって謎のひよこが真っすぐと向かっているという報告がグエッコーの耳に届いた。


「いいか? ひよこには手を出すな。そのままひよこが向かう方向を追うんだ」

『ハゲーッ!!』


 グエッコーの指示によって彼の部下が了承する。


「妙なひよこたちはきっとアイツらと何か関わりがあるに違いない……場所が分かるならあとは泳がせるだけだ」


 競争相手がいると思われる方向を見ながらグエッコーが笑みを浮かべる。




 最後に栄光を手に入れるのはきっと――。

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