第5話 一緒に下校
いつも通りの家路。学校が終わった解放感と一日中孤独だった事実を噛み締め、病み気持ちよく一人で進むはずの帰り道。
「……」
そのはずだったのに、側には何故か学年でもトップクラスの美少女(フォルムチェンジ)がいる。
「つきくんの家……やっぱり、楽しみ……」
なんでこうなった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
——数刻前。本屋にて。
「読みたいって……君、ラノベとか読むの?」
「つきくんが……オタクだから……」
「オタクじゃねーよ。僕は理想を追求してるだけ」
人に言われんのはなんか違うんだよね。
てか何で僕の趣味まで把握されてんだ。絶対バレないようにしてきたはずなのに。
「読み始めたら……好きに……なっちゃったの」
「しょうがないな。じゃあこれは君が買っていいよ。なんなら買ってあげるし。僕は他の本屋行くよ」
作品の魅力が伝わっていると思うと嬉しくなって、つい優しくしたくなっちゃうのがオタクってもんだよねオタクじゃないけどね。
他の本屋は徒歩で行くには少々厳しい距離ではあるが、不可能ではない。
「だめ……。他の本屋は……遠いよ?これはつきくんが買うべき」
「じゃなんで止めた?欲しいんじゃないんかい」
「シェア……すればいい」
「いやラノベにそんな概念ないから」
ページの分けあいっこでもすんのかよ。
僕らヤギかっての。
「一緒に読むことは……できる」
「まぁ、そうかもしれないけど。どこで?この辺じゃどこも目立つし。僕んちでもくんの?」
軽いジョークのつもりだったが、氷織は自分の袖をぎゅっと握って、頬を染めて俯いた。
「……そ、それは……あんまり……」
あぁ、その辺の貞操観念は強いのか。
あざといけど可愛いとか思ってしまった。
「うん。だからこれは君が……」
「なんでそんなすぐ……諦めちゃうの……」
「あ?」
「……やっぱりつきくんの家で遊んでみたい……な」
氷織は、顔を逸らしながら、小さくそう呟いた。
んだこいつ。
「僕の家はあんまりなんじゃないの?」
「びっくり……しただけだもん」
「えぇ……。いや、さっきのは冗談だし……もうちょっと考えようよ」
言い出したのは僕だが、最近知り合ったような女の子を年頃の男子の家に呼ぶというのはやはりよろしくない気がする。両親いないし。
「友達と家で遊ぶのは……普通だと思う」
友達と家で遊ぶ。
コミュ障陰キャ、ぼっちの僕が?
ほーん。
一回くらい、友達と家で……遊んでみたいかもな。
「しょ、しょうがないな……」
マホヤミのつづきは読みたいし?続きを読みたい同士を見捨てるわけにもいかないし?
「あ……やらしいのは……だめだよ?」
「家に友達を呼ぶ……なんだかリア充みたいだ」
「……聞いてる?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
友達のいない僕はついそんなちょっと憧れていたものに釣られ、氷織と自宅までの道を行くことになってしまった。
「違うんだ……これは氷織の気持ちはメンヘラ特有のただの勘違いだということに気づくまでは仕方ないって話で、決して僕が友達がいない寂しさ故に了承してしまったとかそういうんではなくて……」
この子に冷たくしていたらいつメンヘラが発動して自殺あるいは殺されてしまうかもわからないからであってだね。
「つきくん……ブツブツ何言ってるの?」
「なんでもないよ。オタクは独り言が多いんだ。だからオタクじゃねぇよぶっ殺すぞ」
「何も……言ってないのに」
氷織は少し困った顔をした後、僕の制服のポケットを見て、言う。
「私があげたヘアピン……まだ持ってる?」
「え?あぁ、マホヤミの……持ってるけど……これはもう僕のだから返さないよ?」
「ふふ、そんなこと……言わないよ。つけて欲しい」
「いや、こんなの男がつけるものじゃないし……」
「可愛い顔隠してるの……勿体ない」
自分の顔の出来なんて友達いないしよくわからない。メンヘラ視点が信用できるわけもない。
「隠してるんじゃなくてこれには理由があって……」
人が怖いからね。目が直接合うとか怖いでしょ。
「メガネも……とって欲しい」
「メガネとったら見えないだろが。視力悪いの」
「コンタクト……あるよ?」
常備しているのか、氷織は制服のポケットからコンタクトを取り出して見せてくる。
「カラコンじゃねーか。度も入ってないし」
コンタクトの選択肢は確かにあるし、一応家に置いてはいるのだが、僕はコンタクトをつけるのが苦手なのだ。めんどいし。
「表と裏で姿が違うの……かっこいい、よ?」
「……!」
脳に衝撃が走った。
そして、トクン、と。
心臓が高鳴る音がした。
僕の拗らせた厨二心が動く音だった。
「ま、まぁ、クラスの奴とかがいないとこなら?いいけど?」
メンヘラは卒業できても、僕は厨二病を卒業することができていなかった。
無意識にヘアピンをつけ、眼鏡を外してしまう。
「……つきくん、可愛いね」
起伏の少ない氷織の声のトーンは読み取りづらいが、今のは馬鹿にするようなニュアンスを含んでいたに違いなかった。
「何も見えない……」
「コンタクト……入れてあげる」
「だからそれ、度が……」
先ほどと違い氷織が持っていたのは、僕が使っているのと全く同じ普通のコンタクトレンズ。
裏面に表示されている度数やレンズの丸みを表すベースカーブと言った数値もぴった。
「なんで、僕のコンタクトの種類とステータスを完璧に把握してる?」
「……ぜ、前世が……メガネ屋さん」
「うそつけこら」
「……動いたら……だめ」
顔を固定され、氷織本来の薄紅の瞳とじっくりと見つめ合うような形になる。
「……っ」
さすがに気恥ずかしく、強引にふいっと顔を逸らす。
「あ……だめって、言ってるのに……」
「ち、近いってば……自分で入れられるし」
「……?あ……ご、ごめんね……」
氷織も無意識だったらしく頬を染めてさっと離れてくれた。
彼女の羞恥の基準が未だによくわからないな、などと思いながら、僕らは家路を進んだ。
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