第3話 始まる関係
体力が減ってくると同時に、少しだけ僕らは落ち着きを取り戻していった。
「「はぁ、はぁ、はぁ」」
やべぇ。
まずい、完全にやらかした。これじゃ完全に僕がメンヘラクソ野郎だ。メンヘラで男とか救いようがない。まじでやばい。
「あのえっと……ごめん。有栖川さん。さっきのはえっと……だから……」
「ぐすっ……」
く、また泣き出すのか。落ち着いた反動か?
涙腺ゆるゆるかよ。
てか結局どさくさに紛れて僕、完全に有栖川の告白断ってたよな。
まずい、本当にどうすれば……
「……よ、よかった……よかった……」
「え?」
「昔の……つきくんだ」
涙を流しながらも、本当に嬉しそうに、彼女はにこりと笑った。
「……ほんとに全部忘れちゃったのかと、思った。変な喋り方するし」
何のこっちゃ。ほんとに全部忘れてるんだが?
でもまたヘラられたら最悪だ。命が関わってる可能性もなくはないし、覚えてる体でいくしかない。
「変な喋り方?」
「ずっと……
「吃ってねーよ。僕は生まれてから吃ったことが一度もない。なんなら噛んだことすらない」
「ふふ、嘘、ばっかりだね。でも……本音。話したいこと……話してくれてる」
有栖川の言う通り、気づけば彼女の前で僕は自分を殺さず普通に喋れてしまっていた。
全てを見られた上、かつての自分と似ている氷織に、心を許してしまっているのだろうか。
自分でも、よくわからない。
それにこの感じ、本当に僕を知っているようだ。
けれど、やはり彼女のことは思い出せない。
会ったとしたら小学校だろうけど……こんな子いたかな。うーん、いたような、いなかったような。
無理。小学校の時のこととか思い出したくない。
「前髪。これ……つけてあげる。邪魔……でしょ?」
「え?ちょっと」
無造作に前髪にヘアピンを挟められ、視界が開く。
「……可愛い顔……してるのに……。よしよし、辛かったね」
なんで僕が慰められてんだ。そりゃ僕のが先にここで泣いてたかもしれないけども。
「本当は……すぐに口が悪くなっちゃうのに……我慢……してるの?」
「我慢とかじゃないし……子供扱いしないで」
そう、我慢とかじゃない。学校の連中相手にどうやってもうまく口が回らないだけだ。
「それにこんなのつけてられないよ」
すぐさまヘアピンを外し、有栖川に向けて返そうとする。
「でも……またクラスの人達がつきくんのこと、悪く言う」
「別にいいよ」
よくないけど。
前髪を伸ばしてないと人と目を合わせられないのだ。伸ばしてても無理なときは無理だが。
「あ……」
返すつもりだったが、これよく見たら僕の好きな病み系魔法少女もの、マホヤミのヘアピンだ。なぜ、僕の好きなキャラクターを知っているのだ。
すぐにでもオタクムーブを発動して、早口で語り合いたい気持ちをどうにか抑え、この子はきっといい子だ、と思いながら僕はそれを無言でポケットにしまうことにした。
「……えへへ」
それを見た氷織に、少しだけ笑われてしまう。
クラスで見ていた有栖川氷織とは全く異なる、不器用な笑い方だったが、飾り気のない彼女の微笑みはとても可愛いらしく見えた。
っと落ち着け。こんなんでもこいつはメンヘラだ。惑わされんな。
「んんっ。それで、付き合うとかのことだけど……」
「うん。中学入ってからたくさん友達……できたけど、つきくんは……最初で最後の……本当の友達。……付き合わなきゃ……だめ。好き……なの」
本当の友達……か。ほんとう……。
ちょっと何言ってるかわからない。
落ち着いたと思ったが考えは変わらずか。
「有栖川さん……」
「有栖川さん?」
やべ、昔なんて呼んでたんだろ。そもそも名前を呼び合うような仲だったのか?
「氷織さ……」
「え?」
「氷織」
「うん」
危ね。
「僕は好きっていうのよくわからない。だから今は友達のままでいよう。先のことは知らないけど、もう少し、ゆっくり考えよう」
氷織と友達だったのかもいまいち覚えてない。セリフも含めて女をとりあえずキープしようとするクズみたいな話だが、仕方がない。
好き……恋ってのが今の僕にはよくわからないのは本当だ。
昔はわかっていたつもりだったけど。
自分がメンヘラなどと言われる精神の不安定な人間だとわかってからは、それはただの依存で、何か別のただの自分の弱い感情の結晶なんじゃないかと思えてきた。
だから同じメンヘラたる彼女の気持ちもおそらくは……。
命を大事にしつつ、僕はそれを気づかせてあげなきゃいけない気がする。
「……ただの、友達?い……いや——」
「うるさい。泣くな。最後まで聞け」
また泣き出しそうな彼女の襟を掴みあげ、強引に言葉を伝える。
「あぅ……」
何故か少しだけ氷織の頬が赤らんだ気がしたが、気にしないことにする。
「僕からすれば多分それは、男女の好きとかそういうのじゃないんだ。ただの依存。だからしばらく友達でいればわかってくるはず」
依存は……よくない。それは結局……最後に自分を苦しめるから。
「ち、違う……そんなんじゃ……ないもん……。ただの友達……いや!!いや……!!ただの友達じゃ……大事にしたいだけなのに……わかってもらえない!!」
「だぁからうるさいってば!!聞け!!」
泣き出す赤子と同じく、スイッチが切り替わるように、テンションが変化する。同じ特性を秘める僕もそれに触発され、またちょっと泣きながら言った。
「うぅ……」
氷織が少し大人しくなったのを見て、一旦気持ちを落ち着かせ、一気に捲し立てる。
「ただの友達じゃない。生憎今の僕には友達が一人もいない。そして君がクラスの、いや学校の人気者である以上、僕は君と表ではあまり関わりたくない」
僕みたいな陰キャぼっちが学校の人気者と仲良くしていたら、何が起きるかなど火を見るより明らかだ。
「だから唯一で、秘密の、特別な、友達。これなら少しくらい気持ちが大きくたっておかしくないだろ」
本当ならこういうのも良くないのかもしれないが、ここはお互いの妥協点を探るべきだろう。
「唯一……秘密……特別……」
いけるか?頼む。
うわごとのように繰り返す氷織にそう願った。
「……伝説」
「伝説とは言ってない」
何だ伝説の友達って。語呂が似てるからって適当なこと言うな。こいつ溜め込んでたの爆発させてちょっとおかしくなってないか?あるいは楽しんでる?
「……わかった。でも……最後に……私と付き合って……くれなかったら、つきくんを殺して……私も……死ぬの」
「まぁ、今はそれでいいよ」
ふぅ、と、とりあえず凌いだか。
まだ諦めないつもりみたいだが、そこは一旦置いておこう。
しばらく関わればすぐに氷織は気づくはずだ。
僕と同じように。
だって彼女は僕と違う。
僕と同じように本当の性格じゃうまくいかず、否定されて傷ついた。
けれど、ちゃんと変わって、友達をたくさん作って、人気者だ。
僕と違って、すごく強い。
逃げるように自分を殺していった僕なんかとじゃ価値が全然、違うんだから。
幸い僕はクソ人間だ。彼女なら、僕と関われば、嫌でも嫌いになって、自分の感情の正体を理解するに違いない。
嫌われるのは、怖いけれど。
僕の矛盾した心情のもと、昼休みの終了を予告するチャイムが鳴った。
それは僕、三咲月夜と、有栖川氷織による秘密でおかしな友達関係のスタートを告げる鐘の音でもあった。
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