第32話 ファミレス



 ボス討伐祝いを兼ねて、俺たち三人は街のファミレスにやってきていた。

 夜の七時とだけあって、他のお客さんも多い。というか、異世界人たち日本の文化に慣れすぎだろ……当たり前のようにタッチパネルで注文しているし、ドリンクバーに並んでいる姿は未だに違和感を覚える。


「こういった機械の文化は私の世界では発展していませんでしたが、神様から事前に知識を頂いていたということもありますし、私たちは一ヶ月前からここで生活していますからね」


 ヤックルはそう言うと、コーラとメロンソーダをブレンドしたジュースをストローでチューチューと吸う。地球文化満喫してんなぁ。

 そして彼女の隣に座る千春は、緑茶を飲んでいた。相変わらず千春はブレないなぁ。だがそこがいい。


「ヤックルが来たから私たちのパーティは三人になったわけだけど、ギルドを作るにはあと一人必要よ」


「そうなんだよなぁ。もうひとり、どこかに良い人材はいないものか」


「みんな数人でもう固まっちゃってますからねぇ」


 そう。ヤックルの言う通り、他のメンバーは数人でパーティを組んでしまっているのだ。

 ギルドの設立には四人必要だが、設立当初は四人までしか加入ができない。

 魔物を倒し、ギルドランクというものを上げれば加入人数を増やすこともできるようだが、仲間とはいえ一人ひとりがライバルである現状――あぶれる人がいると余計な争いを生みかねない。


 だから、俺たちはソロで活動している人を探さなければいけないのだが――今のところそういう人を見かけないのだ。


「お待たせしました。お子様プレートのお客様」


「はい! 私です!」


 天使の店員が料理をトレーに乗せて運んできた。ヤックルが何を頼んだのか聞いていなかったけど、すごく納得するチョイスだな。


「量的にはちょうどいいのか……?」


「大人のレディである私には似合わないと思いますが、クッキーを食べるための余裕を残しているのです」


 むふーと鼻息を吐いて力説するヤックル。いやいや、ヤックルとお子様プレートは切っても離せないレベルに密接だよ。馬と人参ぐらい密接だよ。


「――って、メイテンちゃんだったか」


 店員の天使がなぜか俺のほうをジッと見ているな――そう思って俺も顔を上げると、見慣れた顔であることに気付いた。なぜかムスッとした表情をしている。

 そういえば、彼女と最後に会ったのは俺や千春がボス戦で活躍したりする前のことだったな。メイテンちゃんは俺たちの優勝なんてありえないと言っていたし、その予想が外れたから悔しいのかもしれないな。


「随分ご活躍のようじゃないですか」


 彼女は俺を見下ろしながら、淡々とした口調で言う。

 ちなみにヤックルはチキンライスの上に刺さった旗を掲げてご満悦な様子。少しはこっちに興味を持て。


「配信をしているし、目立ってはいるかもしれないな」


 俺がそう言うと、メイテンちゃんはさらに不機嫌の色を濃くする。


「そうですね! 有名人のあなたにとっては、私のコメントなんて取るに足らないものかもしれませんね!」


 ぷいっと顔を背けつつ、彼女は言う。

 コメント……? メイテンちゃんって配信にコメントしてたっけ?

 というか、そもそも名前を見る余裕なんてなかったし、みんな偽名だからメイテンちゃんのコメントなんて――


「あぁ! そういえばメイテンちゃんらしきコメントがあったな! ボスに勝ったら自販機でコーラ買ってくださいって言っていたやつか!」


 というか、ファミレスのドリンクバーにコーラなんて大量にあるだろうに。わざわざ俺からたかる必要あるか? 店員というか天使ならその辺自由にしてそうだけど。


「いただきます」


 千春は俺とメイテンちゃんのやりとりを無視して、別の天使が運んできたカキフライ定食を食べ始める。俺の生姜焼き定食も冷めちゃう。


「ドリンクバーで飲めばいいんじゃない?」


「人の金でコーラが飲みたい……!」


「欲望垂れ流しだなおいっ!」


 こいつは駄目天使ということで駄天使を名乗ったほうが良いのではなかろうか。


「私は蛍さんたちがいずれご活躍すると信じていました」


「お前、地球人には無理だとか言ってリタイア促してなかったっけ?」


「え? そんなことを言った記憶はありませんが?」


「都合のいいおつむだなぁ! とぼければどうにかなると思ってるなら大間違いだぞ!」


「だからコーラ買ってきてください」


「会話のキャッチボールをしろ! そしてパシとうとすんなよ! 今から! 俺は! この生姜焼き定食を食べるんだよ!」


「なるほど、つまり『俺が喰い終わるまでは待て』と言うことですね。えぇ、待ちますとも。ではのちほどよろしくお願いします」


「えぁ、い、いや、はぁ……もうそれでいいや」


 これ以上メイテンちゃんと漫才をしていたら俺のほかほかな生姜焼き定食のおいしさが半減してしまう。八百五十円の価値が下がってしまう。

 百八十円を支払うことでこの定食の価値が保たれるのであれば、安い買い物だろう。うん、そう思うことにしよう。


 上機嫌に去ってゆくメイテンちゃんの後姿を眺めながら、俺は深くため息を吐いた。


「なんだか吐き気がするのだけど、目の前にロリコンがいるからかしら」


「元気出してください蛍さん。アホ毛、触っていいですよ」


 精神に追い打ちをかける二人に、俺は再度ため息を吐いたのだった。




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