第24話 定休日
本日はワールド全体の定休日。
今日は街の東西南北にある門は全て封鎖され、レベル上げなどは一切できないようになっている。要は強制的に休みを取らされているような感じだ。
――だが、そんな日でも俺とヤックルは朝の三時に公園に行き、一通り訓練をこなした。
ヤックルも俺と同じく、日課をこなさないと逆に気持ち悪くなるらしい。ただ、俺は千春に努力している姿を見られたくないので、ヤックルには黙っていてもらうようお願いした。
昨日の敗北が悔しくて、もう一度全力で競争してみたけれど、俺はあっさり負けた。
スピードもそうだけど、たぶん彼女は動体視力もかなり良い。でなきゃあの猛スピードを制御できないだろう。
「静かにだぞ」
「合点承知」
朝の七時ごろにアパートに帰宅すると、千春はまだ夢の中だった。
すうすうと寝息を立てる千春を起こさぬよう、俺とヤックルは小声で言葉を交わす。
「じゃあ俺はシャワー浴びてくるわ」
ジャージの中のシャツが、結構な量の汗を含んでいて気持ち悪い。
それに、この狭い室内で汗だくの状態でいると、すぐに汗のにおいが部屋に充満してしまいそうだなのだ。早急に汗を流す必要がある。
ヤックルの返事を待たず、風呂場の扉を開けようとすると、
「ちょっと待ってください蛍さん。レディファーストという言葉をご存知ですか?」
ヤックルのぬめりを帯びた手にガシッと腕を掴まれる。意外と力強いなこいつ……。
「それは地球の言葉だから、残念だけどヤックルは適用外なんだ」
「郷に入ってはヤックルに従えと言いますよね?」
「言わねぇよ!」
地球の言葉を勝手にねつ造するんじゃない!
ぐいぐいと俺の腕を引きながら、開きかけの扉に身体をねじ込んでくるヤックル。俺も負けじと脱衣室に突入した。
俺にも、風呂を譲れない理由はあるのだ。
時間的に、そろそろ千春が目覚めてしまう頃合い――つまり、ヤックルがシャワーを浴びている間に、汗だくの俺と千春が顔を合わせてしまう可能性があるのだ。
その間、外に出ておくという選択肢もあるけれど、可能ならば寝起きでもにょもにょしている千春を眺めたい。風呂上がりの、さっぱりとした姿で。
「はい私はもう脱ぎましたーっ! セクハラです! すぐに蛍さんは脱衣室から出てください!」
先手必勝と言わんばかりに、ヤックルは上着を脱ぎ去り、キャミソールのような薄い服一枚になる。そしてさらに、ポイポイと靴下とズボンも脱いで。下半身はリスがプリントされたパンツのみになった。
彼女がもし俺たちに近い年齢の見た目だったら恥ずかしさとか申し訳なさとかあったのだろうけど、見た目五才児だからな。
「ならば俺も脱ぐ!」
「きゃーっ!? 何をいきなり脱ぎだすんですか!? 蛍さんは露出狂ですか!?」
「十秒前の自分の行動を思い出して今の姿を確認しろ。というか、ヤックルの裸を見たところで欲情しないし、見られたところで羞恥心もないということにいま気付いた」
「私のこのパーフェクトボディで欲情しないんですか!?」
「パーフェクトな幼児体型だからな」
そんな言葉を零してから、俺はヤックルを無視してズボンを降ろす。
パンツ一枚になったところで、ヤックルが「蛍さん」と落ち着いた声音で言った。
「なんだよ……言っておくが泣き落としは通じないぞ」
パンツに手をかけながら、俺はぶっきらぼうに対応する。
「いいんですか? 蛍さんがお風呂に入ったら、私も突入しますよ。そして、そのことを千春さんが知ったら、あなたは無事に明日を迎えられますか?」
「いくらなんでも五才児とお風呂に入ったからって――」
「たしかに他の方々から見たら私は五才に見えるのかもしれません。しかし、私はれっきとした十八歳です。さらに言えば、千春さんが蛍さんのことをロリコンだと思う可能性だってあるのです」
「……なん、だと?」
た、たしかに。
いくらヤックルがちんちくりんであるとはいえ、彼女は十八歳の女性だ。
俺がヤックルと一緒にお風呂に入ることに対してどう思うかということと、周囲がその状況に対してどのような感想を抱くのは別物だ。マズいかもしれない。
「あのさヤックル、順番譲ってくれない?」
一縷の望みに賭けて、俺は穏やかな表情を浮かべてヤックルに頼んでみる。
すると彼女はにこりと笑ってから、俺の腹にぺちりと手を当てた。そして、やれやれと言った様子で肩を竦める。
「お断りします」
「てめぇ居候の分際でぇ!」
「昨日家賃の一部を払ったじゃないですか!」
その後もギャーギャーと半裸の状態で言い争っていると、唐突にカチャリと脱衣室の扉が開いた。
恐る恐る目を向けてみると、そこには半目で俺とヤックルを交互に見る千春の姿。
俺は瞬時に察した。彼女は俺とヤックル、二人にキレていると。
「ち、違うんだ千春、これには深いわけが……」
「そ、そうです! マリアナ海溝レベルの深い理由が……」
なぜマリアナ海溝を知っているんだというツッコみはさておき。
どうやらその不穏な気配を敏感にヤックルも察していたようで、彼女も慌てた様子で言い訳を口にしようとした。
だが、
「…………」
無言の千春は、俺の腕を掴んで脱衣室から廊下へ引きずりだした。
そして、勢いよく脱衣室の扉を閉める。
や、やばい。何に対して怒っているのかはわからないが、とりあえず怒っているということだけはわかる。
「あ、あの……千春?」
「なにか文句ある?」
「いえ! ありません!」
じゃあ問題ないわね――そう言った千春は、和室に戻ってから布団を畳み始める。
俺は自主的に、廊下で正座をすることにしたのだった。
~あとがき~
明日から二日に一回の更新となりますのでどうぞよろしくお願いしますm(_ _"m)
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