第11話 先を越された?
押し入れの下段に畳んでしまっておいた布団を二つ並べ、電気を消してから二人で横になる。
枕の位置を少し千春に寄せようとしたら蹴り飛ばされた。
「明日は二人でボスに挑んでみましょうか」
「ん? ボスとかいるんだっけ?」
「次の階層に進むために、四つの宝玉を集めろって言っていたでしょう? ボスが持っているらしいのよ」
へぇ。そういえばそんなこと言っていたような気もするな。
でも、俺たちの目標ってギルド設立だよな?
ボスを倒すことで何か得られるものがあるのだろうか?
「初撃破報酬というものがあるらしくて、ワールド内で初めてそのボスを倒した参加者には大金がもらえるらしいわよ。今回挑むボスの報酬は30万円らしいわ」
もう千春の中で挑むことは決定事項らしい。
とりあえず、話に集中している振りをして距離を詰めてみる。即座に蹴られた。
「いでで……っていうか、そんなうまい報酬があるのになんでみんな挑まないんだ?」
最初に倒した人にだけ恩恵があるのなら、みんな我先に挑みそうなものだが。
万が一死んだとしても、幼児化するだけだろうに。
「彼らはいまの実力だったら勝てないと思っているんでしょう。仮に挑むとしても、大人数で挑むでしょうね」
たしかに。
俺はこのボス戦が無謀な挑戦なのかどうかも良く分かっていない。
これが本当に命の掛かった戦いだというなら、俺だってもう少し慎重になっていただろうけど、そうじゃないならいつもの調子でいいと思うんだよな。
「ちなみに、千春的には俺の勝率ってどれぐらい?」
興味本位で聞いてみる。まだ魔物を見ていない彼女からすれば、予想すること自体難しいかもしれないけど。
暗闇に目が慣れてきて、彼女がこちらに顔を向けるのがかすかに見えた。
「勝ったら報酬があるし、負けたら負けたで幼児化した蛍を見られるから正直どっちでもいいんだけど――」
ふむ、そういえば負けたら幼少期の千春が見られるのか。
うぐぐ……なんという強烈な誘惑をしてくるんだ神様めぇ……!
「でも、どうせ蛍は勝っちゃうんでしょうね」
前髪を耳にかけ、クスリと笑いながら千春が言う。
千春は俺が親父相手にどれだけ負けてきたのかも知っているはずなのに、彼女の言葉からは俺の勝利へのゆるぎない信頼が感じられた。
そこまで信じてもらっているのなら、幼児化はいつかの楽しみにとっておくことにしよう。
「今夜は同じ布団で寝ないか?」
「次変なこと言ったら廊下で寝てもらうから」
すみませんでした。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌朝。千春にバレないように日課の訓練を公園でこなしてから、コンビニで弁当を買ってきて、千春と一緒に朝食を食べた。
俺は基本的に白鳥スタイルで、水面下で必死にバタ足をしている姿を見られないようにしている。千春に釣り合うために、俺は天才でなくてはならないから。
本日はボス戦に挑むため、千春の弓と矢を街で買ってから外に行く予定だ。
千春が昨日買ってきてくれていたベージュの短パンと白のTシャツを身に着けて、アパートから出る。
「なに着ても似合うなぁ千春は。可愛いよ」
着ているものは俺とまったく一緒でペアルック状態なのだけど、彼女はスタイルがいいからか、ファッション雑誌の表紙を飾っていても不思議ではないと思える。すごく可愛い。
「あなたは質素ね」
「同じものだし、千春が選んだ服だけどね」
「冗談よ。かっこいいかっこいい」
大事なことなので二回言ってくれたようだ。俺はとても嬉しい。
テンションが上がったので、道路に出たところで千春の手を握ってみたら、力の限り握りつぶされた。弓道をやっているからなのか、握力めちゃくちゃ強いんだよな、千春。
左手は悲鳴を上げているけれど、結果として手を繋げているので良しとしよう。
傍から見たら、きっとカップルに見えるに違いない。
商業区にやってくると、昨日より人が賑わっているように見えた。
時間帯的には昨日と同じぐらいなのだけど、みんな昨日得たお金を使いに来たのだろうか?
千春は手に力をこめるのに疲れたらしく、現在は普通に手を繋いでくれている。
指摘したら間違いなく潰されるので、静かに幸せを堪能することにした。
小売店が立ち並ぶ一角に弓の専門店があったので、俺たちはそのお店に入った。
「ちょっと時間を掛けて選ばぜてもらうから、懺悔しながら待っていてくれる?」
「なんで俺は懺悔させられるんですかね」
「やぁねぇ、この世に生を受けたことついてに決まってるじゃない」
「そんな理由で懺悔したくねぇ!」
などといつものやり取りをしたのち、千春は店内に飾ってある弓を吟味し始めた。
俺は弓に詳しくないし、スマホの画面を開いて暇をつぶすことにした。
まだ開いたことのない『配信』という項目をタッチ。一番に、男六人が肩を組んで並んでいるサムネイルが目に入った。
その中の一人は、なんと先日武器屋で見た犬耳獣人の男である。
「視聴者数227人って、結構見てるんだなみんな。このワールドの五分の一以上じゃないか」
それにしても異世界人、よく現代機器に対応できるなぁ。そのあたりも俺たちがくるまでの一ヶ月で学んだのか。
そういえば、犬耳獣人も日本語をしゃべっていたし、そのあたり神様がなにかしてくれているのかもしれない。というか、さすがに何か特別なことをしていなきゃ無理だろう。
そんなことを頭で考えながら、俺はこのむさくるしそうなライブ配信を開く前に、タイトルに目を向けた。するとそこには、
『男六人で第一層の徘徊ボスに挑んでみた』
あまり信じたくない文字列が並んでいた。
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