第二十ハ話 再会と抱擁

私がアロイス様の私邸に転移してから、丸一昼夜。


「おや……? 御主人様が到着したようです」


彼の帰宅にいち早く気付いたパールと共に、玄関ホールに向かう。


そこには、一番会いたかった人がいた。

他人の家に勝手に上がり込んでいる自分に、少し引け目を感じながら、二人で屋敷の主人を迎え入れる。


「お帰りなさいませー!」

「お帰りなさい」


アロイス様は「ただいま」とパールの頭をひと撫ですると、私に向かって声を掛けた。


「今、帰還した」


「ご無事でよかったです。ずっと、心配で……」


もう少し気の利いたことを言いたいのに、言葉が浮かばない。


「あなたこそ……いろいろと大変だったようだな。もう何も心配しなくていい。私が側で守る」


そう言いながら、上背のある彼は、小さな子供にするように、私の頭を撫でた。最初、ほんの一瞬、彼の手が私の頬に伸びてきたような気がしたけれど、錯覚だったようだ。


いつも余裕があるように見えたアロイス様も、今は疲れの色が濃く見える。勝ち戦とはいえ、戦争は戦争だ。ゆっくり心を休めて欲しい。




私達は三人で、二階にあるいつもの客間へと場所を移した。陽だまりの匂いがする、落ち着く空間だ。

パールがお茶を淹れ、オレンジの花から集めた蜂蜜を添えて、バターケーキとともに供してくれる。


「では、私はしばらく片付けをしてきますね」


そう言いながらパールが出て行くと、部屋には、しばし沈黙が訪れる。その静けさを破ったのはアロイス様だった。


「手のひらに獅子の形の痣がある男と、出会ったそうだね」


城で報告を聞いたのだろう。私はあの日、起こったことをありのまま話した。


侯爵邸の庭園で、ペンデュラムを使ったら、上空に座標が表示されたこと。

やって来た赤い長髪の男が神を名乗ったこと。そしてお腹の子との親子関係は否定したこと……


アロイス様が驚いた表情で訊く。


「神だとしたら、よく向こうから来てくれたな」


「この機会を逃したら、もう座標が表示されないかもと思って、空に向かって大声で呼びかけたら、本当に来たんです!」


手柄を立てた気分で、すかさず答えると、彼はこめかみに手を当て、つぶやいた。


「頼むから、今後は一人で危険を呼び込むようなことは、控えてくれ」


「ご、ごめんなさい……あ、そうだ。今思い出したんですけど、神様に会ってから、ノエルがしばらく怒っていました」


「ノエル?」


「私、お腹の子に『ノエル』と名前を付けて、時折、話しかけているんです」


それを聞いて、アロイス様は少し複雑な表情になった。が、それ以上追及されることもなかった。




神様の件を話し終わると、話題はエストリールの国境戦に移る。


「途中まで、戦況はエストリール側が有利だった。だが、赤い光が飛来して、敵陣の後方にある森の方へと、多数の槍を打ち込んで、形勢が逆転した」


「時間的に、私のところに来た後、そちらに向かったようですね」


「どんな意図があったのかは不明だ。だが我々はそれで救われた」


「そうでしたか……」


「セプタ教団は遠からず解体されるだろう。ただ、教徒は潜伏するかもしれないが。


ところで、隣国の情勢が落ち着いたら、神の槍が落ちた森を調査したいと思っている。その時は、あなたに留守番を頼むことになるが……この屋敷なら聖霊達が護っているから、危険はないだろう」


「留守番ですか……」


思わず、目線を落とす。できればついて行きたい。でも、遊びではないのだ、私がいたら邪魔になるかもしれない。ただ、隣国には私も用事があった。


「お願いです、私も隣国に連れていってもらえませんか? エルデさんに、赤い髪の男性と会った事を話したいんです」


「しかし……」


彼から否定の答えが出る前に、私はソファから立ち上がって、続けた。


「私、あの時、体調の悪いエルデさんを置いていったのが、ずっと心に引っ掛かっていて……謝りたいんです。

それに私、神様にエルデさんのことを、結局伝えられませんでした……

せめてあの人が東の空に浮かぶ雲の上にいたことや、戦争に介入したことを、知らせた方がいいと思うんです」


アロイス様は、私の真剣な眼差しを受け止めたが、そのまま反論した。


「しかし、今回は馬車を使って悠長な旅をする余裕がない。転移魔法を使用する。お腹の子…ノエルだったか、その子に差し障りがあっては困る」


「それなら心配ありません。私が今、このお屋敷にいるのは、ノエルが転移魔法を使ったからです」


一瞬迷って、でも、付け加える。


「昨日、私が城でシェラン殿下に襲われた時、ノエルがここに連れてきてくれたんです……

主人のいない屋敷に勝手に上がり込んでいて、ごめんなさい。でもこの子が、ここに逃してくれなければ、私……」


俯いていたら、また涙がこぼれそうになって、視線を上げた瞬間。不意に視界が変わり、気が付けば、私は王立魔導士団の軍服の胸元に頭を預けていた。彼の両腕が、私を外側からそっと支えるように抱いている。


「分かった……大丈夫だ。だから、もう泣かないで……」


泣かないで、と耳元で言われて、かえって涙が止まらない。私は彼の胸で、声をあげて泣き続けた。

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