第30話 女同士の戦いの火ぶたが落とされた《強制》(陸奥志津香視点)

『多分、話の流れ的に、水原はパンツを見たいんじゃなくて、見せたかったんだと思う』

『水原くんのパンツ。見てあげて。そうすれば彼は報われるはずよ。その手を差し伸ばせるのは志津香しかいないから』


 ふたりの親友から頂いたアドバイスを胸に刻み、やって来ましたカフェ、くーるだうん。


 部活終わりに、バスケの速攻よろしく、秒で来たよね。あ、うん。流石に秒は言い過ぎだけど、もうテラ速攻で来たよね。


 ちなみに今日は部活が早く終わってしまった。


 私のスラムダンクが炸裂して、リングが粉々になってしまったのだ。


 ウチの学校のリング脆いからなぁ。


 ってなわけで、リングが壊れてしまったので、修理するまで部活は休みってわけ。


 部活が休みの間、私に課せられたミッション。


 それは──。


 蒼のパンツを見ること。


 もう、蒼ったら。パンツを見せたいならそうと早く言ってくれれば良いのに。


 別に男の子のパンツなんて微塵も興味はないけど、裸エプロンで覚醒した蒼の性癖の責任は私にある。


 待ってて、蒼。きみのパンツ、私が絶対に見てあげるからね。


 私はカフェ、くーるだうんのドアを開けた。


「こんにちはー」


 平日のこの時間帯に来るのは久しぶりのため、ちょっぴり違和感がある。いつもは夕方過ぎくらいだもんね。


 平日の中途半端な時間なもんだから、客入りは良くなかった。にも関わらず……。


 いつもなら接客に来る蒼が来ない……だと……?


 おかしい。


 あのクールな笑みでの、「いらっしゃいませ」が聞けないなんて嫌だ。聞きたいのに、聞けないなんてやだ。ちょ、もう一回入りなおそうかと思った、その時。


「!?」


 テラス席の方へ視線をやると、蒼と成戸さんがいやがる。


 なんで成戸さんがいるの?


 てか、なんでよりによって私のお気に入りの席に座ってやがんの?


 てか、なんか距離近くない? 近いよね? 将来の嫁フィルターを通しても近いと判断。はい、アウトです。


 ふんが、ふんがとテラス席へとやって来る。


「ちょっと! なにしてんの!?」


 私の声に反応して蒼と成戸さんがこちらを向いた。


 その四つの瞳が私に冷静という言葉を脳裏に斬り込んでくる。


 なにしてんのは!? 私の方だわ、ぼけ。


「志津香? いらっしゃい。部活は?」


 蒼の戸惑いの接客を受けて、どうしたら良いかわからない私は誤魔化すように成戸さんと相席をする。


「今日、部活は早く終わった。久しぶりにこの時間からコーヒーブレイクでもしようと思ってね」

「そりゃ志津香が来てくれて嬉しいけど……」


 嬉しい? 今、嬉しいって言った? 言ったよね? きゃ、ふふ。素直な蒼ほんっと可愛い。


「問答無用で相席は他のお客様の迷惑になるから、ちょっと……」


 ですよねー。私も思いました。


 でも、でもね聞いて。振り上げた拳をどこに振り下ろせばわからなかった結果、こうなったんだよ。うん。私が悪いんだけどね。私が悪いのだけど、こうなっちゃうよね。


「私は別に良いよ」


 ふと相席(強制)をした成戸さんからそんな声が聞こえる。


「私、陸奥さんに興味あるし」


 ドキン。うそ、え? 興味あるってまさかそういう系? 


 またまたぁ冗談だよね? ね? ほんとやめて、その子猫を狙う目。もしかして私、このあと、この可愛い系の女子に可愛がられる? クール系美人が受けで、あざと可愛い系が攻め? うそ、ギャップ萌え。とか言ってる場合じゃないんですけど。


「成戸さんが良いなら良いんだけどな。志津香、いつもので良い?」

「それで」


 臆するな陸奥志津香。いつもの調子を出せ。


 足を組み、いつも通りの表情で蒼に注文。


「かしこまりました」


 そう言って蒼はキッチンの方へと向かって行った。


 いつもならここから蒼が働いている姿を見る至高の時間なのだが、本日はなぜか美少女と対立している。


「陸奥さん」


 ドキッと心臓が高鳴る。


 食べる気だ。私を食べる。可愛い顔の奥に獣が見えた。


「ん?」


 落ち着け。冷静を装え。蒼との戦いの時もいつでもクールに立ち向かっていただろう。


「陸奥さんって水原くんのこと好きでしょ」


 はええええええ!? ちょ、ええええええ!? なん、っでバレてんの!? ほぼ初対面だよね!? クラスメイトだけど、ほぼ初対面だよね!? なんでわかった!?


「部活が早く終わって、水原くんの店へ来たら、私に接客してるのに嫉妬したのを誤魔化すために相席になった。違う?」


 名探偵? この子、名探偵なの? この子令和のシャーロックホームズだわ。


「好きとか、どうとか。そういう次元の話で私はここにいるんじゃない」

「どういうこと?」

「私には使命があるということ」

「使命?」

「そう。使命。私は──」


 足を組み換え、逆に成戸さんを捉えるように見つめる。


「蒼のパンツを見ないといけない」

「……はい?」


 成戸さんからなんとも間抜けな声が聞こえたが、気にするな、やつの作戦だ。


「知ってる? 蒼は成戸さんのパンツを見たいんじゃないよ」

「え? 水原くん私のパンツ見たかった説あるの?」

「ちっちっちっ。違うんだな。蒼はね、見せたいんだ。パンツを。それを見るのが私の使命」

「変態だ……」

「変態……ね。くく……そうは言ってもあなたも蒼のパンツを見たいがためにわざわざこの店に来たのでしょ? そうじゃないと辻褄が合わない」

「辻褄!? いる!? この状況にそんなのいらないよね!?」

「あはは。追い詰められた犯人はみんなそうやってシラをきる」

「なんで犯人扱い!? 発言的に陸奥さんの方がアウトだからね!?」

「蒼のパンツを見たいのはわかる。そのためにわざわざ店を調べてここに辿り着いたんだよね」

「ちげーわ。普通にちげぇから。私のこの美貌に落ちない水原くんに納得がいかなくて落としに来たんだわ。そのために、そこらへんの男子捕まえて水原くんのバイト先吐かせたんだわ」

「美貌……そんなわかりやすい嘘やめて。蒼は私というクールビューティと幼馴染なんだから、美に耐性があって当然だよ。成戸さん如きじゃ落ちないよ」

「くっそ腹が立つな。んで、否定できないのが更に腹正しい。絶対に水原くん落としてやる」

「こらこら。パンツを落とすのはアダルティが過ぎるぞ。私達は高校生。いくら蒼のことが好きでもパンツを見るまでに抑えなきゃ」

「落とすってそういう意味じゃねぇから! 惚れさせるって意味だから! え、なに? 陸奥さんど変態なの!?」

「きみも同類だろ?」

「一緒にすんな!」


 かくして、私と成戸さんの蒼のパンツをどちらが先に見るかの戦いの火ぶたが切って落とされたのであった。


「勝手に火ぶたを落とすな! つか、やんねーからな! そんなことやんねーから!」

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