ストーリー:3 始めるには足りないモノ
梅雨明けた夏の日。
人間のナツ、かまいたちのジロウ、木心坊のワビスケ、油すましのオキナ。
五樹村に集ったこの4人で、いざ動画配信に向けての活動が始まった。
「そう、このマイクに向かって話しかければよくて――」
「ほほう、なるほどのぅ」
「んでカメラがここだから、目線はこっち」
「ほわぁ、こっちの画面を見るんじゃないんですね?」
「配信中のグラフィックをちょこちょこ変えるなら、ここでこう操作して……」
「おん? 肉球じゃ持ちにくいな」
「あ、もっと細長い感じのマウスもあるよ」
ナツは数年の勉強を経て学んだ動画配信関係の技術を駆使し、配信者となるジロウたちのPC操作技術や配信の基本的な心得などを伝え、同時に日を追うごとに家に運び込まれる機材を組み立て、配信環境を整えていく。
数日もすれば、それなりに操作も理解して、適当に動画を録画してみたり、実際に話す練習をしてみたりする段階まで来て、少しずつ、少しずつだが妖怪たちにも動画配信をするということの“雰囲気”が見えてくるところまで気持ちも進んだ。
「はぁ、はぁ……ふぅ。思ったよりも大変なんですね。カメラと向き合い続けるのって」
縁側の戸を全開放して、谷底の清流カワベ川から村へと吹き上がる涼しい風を受け止めても、大きめのPCが放つ熱と初夏の暑さが少し勝る。
パタパタと、フリフリの服にアレンジされた元は僧衣だったものの胸元をあおぎながら、ワビスケは用意されていた氷入りの麦茶を口に含んだ。
「慣れていったら息を抜くタイミングとかもわかって、どんどん大丈夫になってくからさ。だから何事も継続が大事」
「ナツや。おヌシも水分を取っておきなさい」
「はーい」
オキナに促され、新たな機材のセッティングをしていたナツも、汗だく姿で休憩に入る。
ちなみにジロウは、部屋の影になっている所でさっきからずっと伸びていた。
「んぐっんぐっんぐっ。ぷはぁっ! 生き返るぅ!」
「もう、すっかり夏ですね」
「うむ。俺の季節だ」
「ナツ君だもんね」
水木夏彦という名前は、まさに夏に生きる者の名だと、ナツ自身も思っていた。
だからナツは高校を卒業してからこの時期までに、一生懸命準備を整え帰って来たのだ。
「ねぇ、ナツ君」
「なんだ、ワビスケ」
休憩がてら、軽い雑談という雰囲気で、ワビスケが口を開いた。
「ボクね。ナツ君が戻ってくるなんて、思ってなかったよ」
「あー……うん、いきなりだったもんな」
「うん」
いきなり、とは。ナツが帰ってきた日のことを指す言葉ではない。
もっと昔。ナツが五樹村から出ていった時のこと。
「あの時は父さんと母さんの葬式でバタついて、そっから大人たちの話が一気に進んでさ。挨拶する間もなく隈本の爺ちゃん婆ちゃんの家に引っ越しちゃったから」
「うん。その辺の事情は、ヒサメさんたちから伝え聞いたよ。でも、だからこそ、もうナツ君は五樹に帰っては来ないんだろうなって思ってたんだぁ」
ナツが五樹村を出た理由。
それは、彼の両親が事故で命を落としたからだ。
いくつもの不運な偶然が重なって起きたその事故は、彼の両親以外にも複数の命を奪い去るほどの規模の物だった。
ナツ自身は五樹の家にいたため無事だったが、幼くして親を亡くした子供には、それを保護する人が必要だったのだ。
結果として彼はいち早く隈本の祖父母の家へと送られ、彼ら五樹の妖怪たちと離れ離れになってしまったのである。
「あの時は本当に何が起こったかもわかんなくてさ、しばらくずーっとぼけーっとしてたんだよな」
立て続けに大きな別れを経験したナツにとって、その時期は思い返すと辛いモノなのか、わずかに眉が歪む。
けれど、すぐにその表情は明るさを取り戻し、心配そうに彼を見つめていたワビスケに、とびっきりの笑顔を見せた。
「でもそうして色々考えて、考えて、俺のしたいこと、するべきことが決まったら。何か後はもうバー―って力が湧いてきてさ。んで今ここ」
「したいこと、って?」
「もちろん決まってる。五樹村で俺と仲良くしてくれたみんなに、元気になってもらうことだ」
「あ、えへへ……」
実感の籠った言葉と、優しく頭を撫でる手を受けて、ワビスケが頬を染めた。
それをオキナは温かな瞳で見つめ、ジロウは目こそ反らしたが口元に笑みを微かに浮かべた。
「がむしゃらにやってきて、ここまで来たんだ。だから、たとえ結果がどうなろうとも、俺は、俺の決めた挑戦をしたい」
「じゃったら、出来る限りの準備はせねばなるまいのう」
「じっちゃん?」
改めて決意を固めるナツに、それまでジッと聞き手に回っていたオキナが声をかける。
「色々、先達についてワシなりに勉強させてもらったでの」
そう言って彼が見せるのは、ナツが貸したスマホだ。
そこでは愛らしい2Dで表情豊かに話をしている、美少女の姿が映っている。
「ワシ、この子好きじゃなぁ~。1000年生きとる天狗じゃって」
「あ、その人麻雀くっそ強いよ」
「マジで?」
ナツの肩までよじ登り、ジロウもチョロチョロ画面を覗き見る。
動画は雑談配信で、ちょうどお酒を飲んで、キャッキャキャッキャとはしゃいでいるところだった。
「酒、酒飲みながら配信しても良いのじゃのう」
「じっちゃんお酒好きだもんね」
「うむ。これはよいかもしれんな」
自らアイデアとなる物を探していく姿勢に、ナツは感心する。
そもそも動画配信という話に最初にノッてくれたのもオキナであり、老いた見た目にそぐわない、高いバイタリティはとても頼りになると感じた。
「で、ワシ思うんじゃがの」
そんなオキナからの言葉だ。
この場の誰もが真剣に、耳を傾けた。
「ワシらが活動を始めるにあたって、足りないモノがあると思うんじゃ」
「足りないモノ、ですか?」
「うむ」
ワビスケが聞き返すのに頷いて、やや間を置いてから、オキナは白眉をピクリと揺らし、告げる。
「ワシらには、女の子が、足りん」
「………」
沈黙。
「……は?」
声を上げたのは、ジロウだ。
「女が足りねぇって、なんだそりゃ」
「言葉の通りじゃよ。ワシらの箱には、女の配信者が足りん」
「いや別に、女なんていらねぇんじゃ」
「バッカもーーーーんッッッ!!」
「うぃぃ!?」
「わわっ」
突然の怒号。
思わずジロウはナツから飛び降り、その足元に絡むようにして身を隠す。
隣で直撃こそしなかったワビスケも、思わず持ってた麦茶を落としそうになってワタワタした。
「じっちゃん、確かにそうだ!」
その中で、ナツだけはしっかりとオキナの言葉の意図を理解して、強く頷いていた。
「女の子の存在は、箱をアピールする時に強い力を持っている。特に俺たちの構成から考えると、ジロウが若年層受け、オキナが中年層向け、ワビスケが女性受けしそうな感じを狙っていくつもりだったから、女性の、出来ればわかりやすく美人か可愛い感じの子がいれば、男性受けを狙えて一気にバランスが取れる!」
「は? え?」
説明されてもピンとこないジロウを横目に、オキナはうむうむとゆっくり首を縦に振る。
「その通りじゃ。姿を晒して活動するなら、人目を惹いてこそじゃろう。初動を円滑に進めるためには、ワシらには、女の協力者が必要なのじゃ!」
「すごい! 一点の曇りもない完璧な理論だ! じっちゃん!!」
興奮して拍手喝采するナツと、良きに計らえとどや顔のオキナ。
よくわからないなりに、きっといい事なのだろうと笑顔で合わせて拍手するワビスケ。
「……マジで大丈夫なのかコレ?」
そんな中、先行きに不安を感じるジロウは、のんきに笑い合う3人を見て、鼻をヒクヒクさせるのだった。
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