004:始まりの街を襲う怪物

 ここは天国なのだろうか。

 宿屋の部屋にベットが1つ、俺はベットに座り横目で隣に座っている美人なエルフ様を見る。

 ウフフフッと気持ちの悪い声と笑みが溢れそうだが、さすがにエッタさんの口から3度目の気持ち悪いは聞きたくない。



「え エッタさん!! 本当に同じ部屋で良かったんですか?」


「仕方ありませんよ。お金は大切なものだと分かっていますし、命の恩人であるミナト様に苦労はかけられません………」



 あらま、なんと心まで綺麗なエルフさんなんでしょう。

 俺としては美人な子と一夜を過ごせるから良いが、エルフ的には男の人と同室なのは良いのだろうか?



「エルフの里の掟的にも男の人と、同じ部屋になるのは良いものなのか?」


「エルフの里の掟? 別に、そんなのは無いと思いますけど」


「そうなんだ。お肉も火も使わないって聞いたけど?」


「そんなわけないじゃないですか。火を使わずに、どうやって暮らしていくんですか? それに相当な肉じゃない限りは、普通に食べたりしますよ?」



 俺のエルフ知識が通用しなかった。

 冷静に考えてみれば火を使わずに、生活なんて原始人だってしなかっただろうに。

 とにかくエルフの里的にもオッケーならば、この状況を全力で楽しむ事にしようじゃないか。



「エッタさ……」


「あっちなみに、無闇に触る様でしたら傭兵団に引き渡しますので、そこのところ宜しくお願いしますね」


「なっ!? ま まぁ当たり前だよな………」



 こんなにも美しく可愛いと思える笑顔で、殺気を込められるなんて涙が出るくらい感動しちゃう………。

 まぁ良いさ、美人な人と同じ空間で過ごせるだけ、前世の俺には考えられない事なんだからな。

 諦めがついたのか、つかないのかくらいで明日の出発に向けて俺たちは睡眠を取ろうとする。



「きゃあああああっ!!!!!!」



 宿屋の外から女性の悲鳴が聞こえてきた。



「な なんだ!?」


「女性の悲鳴でしたね!!」


「とにかく声が聞こえたところに行ってみよう!!」



 俺たちは女性の悲鳴の声で起き上がり、窓から外を見ても状況が掴めない為に、剣を持って悲鳴の聞こえたところに向かう。

 悲鳴の声が聞こえたところには、傭兵ギルドの人間と冒険者ギルドの人間が熊のモンスターを囲んでいる。



「な なんで、ここに〈ムーングリズリー〉がいるんですか!?」


「ムーングリズリーですか? それって強いモンスターなの?」


「当たり前ですっ!! ムーングリズリーは、Bランクモンスター………つまり始まりの街付近にはいないんです!!」



 この熊は夜行型のモンスターらしく、さすがはムーングリズリーと呼ばれているだけはあるみたいだ。

 しかし確かに始まりの街と呼ばれている街の付近に、高ランクの冒険者しか倒せないモンスターが居るはずない。

 遠回しな言い方をしたが、つまり始まりの街にムーングリズリーを倒すだけの冒険者はいない。



「まさか、あの熊1匹だけで街が崩壊するとかって事は………さすがにあり得ないよね?」


「あり得ますね。ムーングリズリーは、少し前に1つの街を崩壊させたって話があります………ここには高ランクの冒険者や傭兵はいないと思うので………」


「仕方ない。眠いところだけど、体に鞭を打って俺が相手になってやろうじゃないか」


「えっ!? さすがのミナト様でもムーングリズリーを、単体で倒すのは早いのでは無いでしょうか………」



 俺の心配をしてくれてるのは有り難いが、ここで善良な市民が殺されるのを聞いてるのでは寝心地が悪い。

 それなら俺が苦労してでも倒してやりたいってもんさ。



「エッタさん。わざわざ心配してくれてありがとう………それでも持ってる力を弱い人の為に使わないのは、ただの強者になったって勘違いしている野郎だからね」


「そうですか………私が手を貸せないのは、とても悔しい事ですが無事を祈っております」


「無事に帰って来れたら、少しくらい添い寝をしてくれや」



 俺の信念を感じたのか、エッタさんは手を組んで祈りを捧げる様にしてから俺を見送ってくれた。

 俺は剣を抜くと壁になっている野次馬を飛び越え、ムーングリズリーの前に仁王立ちになる。



「あ 兄ちゃん!! そいつはBランクのムーングリズリーだぜ。そんなところに居たら殺されちまうよ!!」


「どこに逃げたって倒さなきゃ死ぬわ!! 巻き込まれたくなかったら、ちょっと後ろに下がってな!!」



 俺に危険だと言ってくれるが、俺が逃げ出せば後ろにいる人たちが皆殺しにされてしまう。

 それだけはゴメンだと離れる様に忠告をした、何かを感じ取ってくれたのか野次馬は後ろに下がってくれる。



「よしっ。これで少しは気兼ねなく、あの熊ちゃんと戦えるわ」



 俺とムーングリズリーの間に、少しの沈黙が流れてからムーングリズリーが大きな声を上げながら走ってくる。



「熊で怖いのは、その爪とパンチ力だ………まずは、それを削がせてもらうわ!!」


・スキル:斬撃魔法Level2

・スキル:炎魔法Level1


――――炎龍の鉤爪ドラゴニック・スラッシュ――――



 俺の炎の斬撃はムーングリズリーの右腕を斬り落とした。

 その瞬間は気がついていなかったが、ムーングリズリーが自分の腕を見た途端に喚き騒ぎ始める。

 ここまで五月蝿いと、さっさと首を刈り取りたいところだが急いては事を仕損じるというからな。

 俺は落ち着いているが中途半端に強い奴は、自分の優位が揺らいだ瞬間にパニックを起こし動きが単調になる。

 これは俺が15年間の異世界修行にて培った法則だ。



「お前みたいに恐れられてる奴でも、ここまで正気を失ってたら怖くも何とも無いな………」



 正気を失ったムーングリズリーは、ヨダレを撒き散らしながら俺に向かってきているが、不思議と恐怖心なんて消えている。



「まぁ痛めつけるのも可哀想だし、次で首を切って終わらせてあげるよ!!」


・スキル:高速移動魔法Level2

・スキル:斬撃魔法Level2


――――残像の太刀アフタリミッジ・スラッシュ――――



 高速移動の魔法に斬撃魔法のLevel2を掛け合わした、残像の太刀アフタリミッジ・スラッシュはムーングリズリーに斬られたと錯覚させる前に首が地面に落ちた。



「これなら苦しまずに天国に行けたろ?」


『うぉおおおおお!!!!!!』



 俺がムーングリズリーを倒した瞬間に、気持ち良いくらいの歓声を野次馬たちが上げて喜んでいる。

 こんな英雄みたいな事を初めてしちゃって、ちょっと浮かれちゃっても良いかな!!

 そんな事を思いながら街の人たちに挨拶していると、エッタさんが野次馬の中を掻き分けて走ってきてくれている。



「どうでした? 俺って少し強いで………エッタさん!?」


「良かったです………信じてはいたのですが、それでも心配で心配で……本当に良かったです!!」



 まさか涙を流しながら俺の事を心配して抱きついてくれるなんて、やましい気持ちとかはでなくシンプルに嬉しいもんだな。



「エッタさん。心配してくれて、本当にありがとうございます」


「良いんですよ。今の私は心配するか、祈るかの2つしかできませんから………」


「それが力になるんですって、エッタさんが全力で心配し祈ってくれたから上手くいったんです………」



 今のエッタさんは奴隷の首輪で魔法も使えない。

 とても自分の事を無力に感じている事なんだろう。

 しかし1人が全力な事を行なって力にならないわけがない、俺にはキチンと祈りが届いているからだ。

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