不遇レア職【治癒補助師】だったけど、前世【拳王】を思い出して脳筋無双

楽使天行太

第1話 カズマ・ハラキリ→リン・ハガクレ

GR(グレートリセット)歴10年。


約10年前に起こった世界的大災害-地震・気候変動・感染症etc.-によってそれまでの世界秩序は崩壊した。


世界各地に出現した“ダンジョン”と“能力者”が新たな秩序の担い手になった。




「お前はクビだ」


勇者シャルル・コマネチは厳かに告げた。


専用の執務室で二人きりだった。


告げた相手はカズマ・ハラキリ。


“拳王”の称号を持つ男だった。


カズマの印象を一言で表せば、大きい、これに尽きる。


背丈は2メートルを超え、分厚さは常人の3人分はあった。


さらにただ大きいだけでなく、一分の隙もない程に絞り込まれている。


ドワーフの名工の作ったミスリルの刀剣でも傷をつけることが可能か否か―。


わかったものではない。


先日、ダンジョン深部の探索でグレーターデーモンにパーティは出くわしたが、カズマのみが無傷であった。


最前衛かつ上半身裸、さらにはグレーターデーモンの凶悪な爪の一撃を喰らってもなおである。


さすがに仲間内でもザワついたものである。


だが、そんな“拳王”をクビにするという男がいる。


勇者シャルル・コマネチ。


現在冒険者パーティランク1位“覇道の車輪”の首領。


まるで神に愛されたかのような美貌と実力を持つ男。


同時にカズマとは“覇道の車輪”創立前からの親友であり、二人は数少ない創立メンバーの一員であった。


そんな男がカズマをにらみつけている。


カズマは何も応えない。


朴訥を絵に描いたような顔だ。悪い顔ではない。


ただそのまっすぐな眼差しは実直過ぎた。


シャルルはそれに我慢ならないという様子で視線を切った。


「…ダンジョン発生当時なら単騎で強い“モンク”は重宝されていた。ましてやお前は“拳王”だ。誰もがお前を欲しがっただろう。だが、それも10年前の話だ。今や大規模人員でそれぞれの役割をこなしてダンジョン攻略していく時代だ。わかるか?」


「……」


「お前は時代遅れってことだよ!くそっ!ちょっとは喋れよ!お前と話してるとイライラするぜ!」


「……話はそれだけか?」


「……ああ」


「わかった」



カズマは踵を返し、執務室を出て行った。


「…クソッ」


一人残された勇者シャルルはその美貌を歪めるばかりだった。



夜。


カズマの部屋。


“覇道の車輪”の拳王カズマにとって最後の夜だった。


コン、コン


ドアがノックされる。


魔導士マオ・マドーだった。


古き魔法使いの血統で、グレートリセットの前から研鑽を積んでいたものであり、同じく武道の研鑽を積んでいたカズマとは相通じるものがあった。


ワインとグラスを二つ、手に持っていた。


「一杯飲もうよ」


「……」


カズマは無言で道をあける。


マオは部屋に入り、ベッドに腰掛けた。


さっそくワインをグラスに注ぎ、カズマに差し出す。


二人は軽くワインを打ち鳴らした。


マオは一気に飲み干し、手酌で二杯目に突入する。


カズマもがぶりと大きな一口を飲んだ。


マオはその様子を横目で見て、ため息をついた。


「… “覇道の車輪”創立メンバーなんだから、もっと権利を主張すればいいのに」


「……俺は弁が立たん」


マオは苦笑する。


「そこが美徳でもあるんだけどね。やっぱり最初に株式形態にしといてよかったでしょ?パーティ抜けても配当あるわよ。感謝しなさいよ~」


「…そうだな」


「生臭い話だけど、もし死んだら相続どうするつもりだったの?」


「…“クーナサグラダ孤児院”にすべて寄付している」


意外な答えに苦笑を残しつつも、マオの眉間にはしわが寄った。


「え?もう生前贈与してるってこと?」


「ああ」


「…へ~、ホント、空気読めないよね」


マオの口元から一切の笑みが消えた。


「……!?」


カズマは無言のまま倒れた。


絨毯にワインの赤い染みが広がっていく。


毒か…、しかし、なぜ…?


「苦労したわよ。アンタにも効くであろう毒を調合するのはね。従来の化学品や自然物は一切効かないのだもの。悪魔や竜種、幻獣種を磨り潰して、さらには呪術まで応用したの」


霞む視界の先でマオが笑っていた。しかし、それはかつての仲間を見下す悪魔の笑みだった。


「ちゃんと死んでくれそうでホッとしたわ。株は諦めてあげる。一番欲しいものはこれで手に入るのだからね」


一番欲しいもの?


カズマにはそれが何を指すのか、なんとなくわかった。


そして哀れな友人だと思った。


マオが一番欲しいものを手に入れることはないだろう。



ふと、想い人のシスターローザの姿が脳裏に浮かんだ。


結局、想いを告げることは出来なかった。


幸せであって欲しい。


カズマはただそう願った。



「あっ、そうそう。創立メンバー全員、アンタのクビに賛成したってこと、事切れる前に伝えておくわね。じゃ、さよなら」


カズマはさすがに今際の際に思った。


(……モンクさえ選ばなければ…いや、もっと言いたいことを言えていれば…)




カズマの死より13年後。


グレートリセット歴23年。


「お前はクビだ!」


若い冒険者がパーティメンバーにクビを告げていた。


告げられたのは美少女だった。


白髪に赤目、いかにも儚げでおよそ冒険者には向いていない風貌に見えた。


「あぁん?」


しかし、少女は顔を歪めて横柄なパーティリーダーにメンチを切った。


儚さは瞬時に霧散し、そこにいるのはちょっとヤンキーの入った美少女、リン・ハガクレだった。

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