第9話 久しぶりのスタント
そろそろ、約束の一か月。
「よし、あとはヴィリーの承認を得るだけね」
私は書類をトントンと合わせて、席を立つ。
今まで作成していたのは、使用人たちの解雇リストだ。
収入……もとい、開発資金はカレイド侯爵から無事に資金援助の契約を締結させた。魔導四輪車の量産はカレイド侯爵が所持する工房に一任することを条件に、飛空艇の開発資金の援助を約束してもらったのだ。
それに比べてわずかだが、商人の見直しで家の支出も抑えることに成功した。開発資金に余裕ができようとも、無駄遣いするのは話が別。あと見直すべき点は雇用費用であろう。
元から少なかったが、どうせろくに働かない人材ならいないほうがいい。
もちろん、その三人の中には侍女長のマーサの名前も入れてある。
「あんな邪魔な老婆、さっさと追い出すに限るわ」
その大切な書類を執務室の机に置いたまま、私はひとり部屋を出る。
ヴィリーの元へ行く前に、簡単にでも化粧を直そう。当然、彼は育ての親の解雇に渋るであろうから。説得力を持たせるためには、身なりだった重要な要素だ。
なので、私は屋根裏部屋に戻り、換気のために窓を開ける。
なんていい天気なのだろう。
私が転生して目覚めた日も、青空がとても綺麗だった。
どの世界でも空は同じね。あの雲に手を伸ばしても、決して届くことはない。
しかし、そんな妄想を実現しようとする悪魔がいる。
そんな悪魔の作った飛空艇で、芝居をしようとする女優がいる。
なんて面白い企画なのだろう。その大空の舞台で、私がヒロインのハッピーエンドを演じてみせる。私の不幸ではなく、私の幸せで観客を沸かせてみせるのだ。
その決意を胸に、私が嫌みなまでに綺麗な空に、手を伸ばした時だった。
「アンタが悪いんだからね」
「えっ……?」
ドンッと強く背中を押された。
態勢を崩した私は、そのまま屋根の外に落ちそうになる。
「あの時に死んでいれば良かったものを」
足すら持ち上げられ、そのまま手を離されれば。
落ちていく瞬間、まさに魔女のような顔で笑うマーサがいた。
その悪意に満ちた顔には拍手を贈りたいくらい。
だけど……落ちていく私が口角を上げた時の表情が間抜けだったから。
しょせんはアマチュアだったみたい。そのまま私は離れていく大空を眺めながら、背中から受けるであろう衝撃に備える――も、それはとても優しい、腕のぬくもりを感じるだけ。
「あら、魔法……?」
「きみは何をしているんだ⁉」
しかし、降ってくる怒声はいつになく険しい。
私を抱きとめてくれた黒モジャのヴィリーが涙目で唾を飛ばしてくる。
シーンカットのタイミングとはいえ、私もまだまだだわ。
私の描いた台本にない展開に、思わず演技を忘れてしまった。
「驚いたわ。あなたでも怒ることがあるのね」
「当たり前だろう⁉ 突き落とされるのがわかっているなら、避けるなりなんなりできるって自分で言っていたじゃないか!」
「ふふっ、せっかくだからスタントも自分でやろうかなって」
だって、敵を騙すにはまず味方からっていうでしょう?
だけどまぁ、説明するなら同時が一番だろう。マーサが慌てて庭に出てくるのを待って、私はクスクスと笑いながら話す。
「本当はね、あなたが激昂するのをヴィリーに見てもらうだけだったの。解雇リストをあんなわかりやすく机に置いておくなんて、わざとに決まっているじゃない? それに自分の名前が書いてあることを知って、あなたが人道に反することをしそうになったなら……本当にあなたを解雇すると、事前にヴィリーと約束しておいて、ね」
すると、マーサは下手すぎる猫なで声でヴィリーに媚びを売り出す。
「ち、違うんですよ~、坊ちゃん。アタシはただ、落ちそうになっていたアイツを助けようとしただけで――」
ふふっ、わざわざ足まで持ち上げて落とそうとしてまで、今さら何を宣うのやら。
まぁ、ヴィリーに視線から、そんな言い訳に誤魔化されるつもりはなさそうだし。
せいぜい悪役の醜いラストを楽しく鑑賞させていただこうと見守っていると、ヴィリーが落とした声音で聞いてくる。
「ねぇ、コルネリア。一つだけ確認したいんだ」
「何かしら?」
「どうして、マーサがきみを突き落とすとわかっていたの?」
まぁ、私がここまで余裕綽々でいるんだもの。
すべて読み通りだったことはバレているわね。
だから、私は誤魔化すことなく笑みを浮かべた。
「だって、彼女にはまったく同じ前科があるじゃない」
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