第36話 自分らしさ(3)
ソウタが姉一家の騒動に巻き込まれている頃、カナデ達は父の実家へ来ていた。
今日は双子の二十歳の祝いとの事で、祖父母に呼び出された形でもある。
「ミナトも、カナデもおめでとう」
「うん、ありがとう」
「ありがとう」
挨拶もそこそこに、お菓子を囲みながら、昔の思い出話に花が咲くのもいつも通り。
この調子だと夕飯の頃にはネタが尽きそうに思えるが、同じような話を何度も繰り返しては盛り上がるのもいつも通りだ。
ミナトはその光景に身を置きながら、親族の見せる機嫌の良さそうな顔に、まぁいいかと半ば呆れながら会話に参加しては相槌を打っていた。
(…あの頃とは違うなぁ)
ミナトとカナデが頻繁に、ここへ来ていた頃を思い出せば、今の穏やかな光景は少し眩しくも感じるのも事実である。
感慨深いものを抱えながら、自身の片割れであるカナデに目を向けるミナト。
カナデは父の妹…つまり双子の叔母にあたる人物と一緒になって、何やら盛り上がりの様子を見せていた。
そんな二人の様子を見れば、カナデが時折恥ずかしそうに頬を赤らめる事から、十中八九ソウタの事で盛り上がっているのだろうと、ミナトはその光景をぼんやりと眺めていた。
(こんな日が来るとはなぁ…)
当時を思い出しつつ、今の穏やかさを味わっていると、カナデが例の気持ちの悪いヘニャっとした笑みを浮かるのが見えた。
やっぱりなと呆れつつも、それでも悪い気がしないのは、気のせいではない。
呆れなのか、安堵なのか分からないため息を吐くミナト。
吐き切った息から息を吸い込めば、ふと思い出したのは昨日のソウタの寝言だ。
『ご、め…ん』
『嘘…ぃて…めん』
記憶の中のソウタの声にミナトの心がザワっと小さく揺れる。
それは、ソウタが夢の中で呟いた、謝罪と謝罪の意味の言葉だ。
ソウタが嘘を付くとは思えない…。
と言うよりも、そう言う事では無いとミナトは気が付いた。
(そっか、そう思いたくないだけ…か…)
発したソウタの意図は分からない。
ただ自分がそう受け取っただけなのだ。
それに、誰だって隠したい事の一つや二つはあるのも事実だ。
自分だって、自分の事を全てソウタにさらけ出している訳では無い。
もしそれが自分自身の起こした過去の出来事から来ているとすれば、それはミナトに限った話でもなくなる。
カナデが徐々に良いように変わって来たのはソウタのお陰。
そんな彼に全てをさらけ出せていない自分たち双子の心情を悪い事だとは、とても思えなかった。
『そんなん、ミナトらしくないで』
『お前がそんな事をする奴とは思わなかった』
『ミナト君の考えてる事、ちょっと分からんかも』
続けて思い出すのは、あの日の出来事に対して自分自身が起こした事への評価の言葉だ。
(言われたくないから、全部を言わないのは、嘘になる…のか…?)
ミナトはソウタに嘘があるとしたら、その理由を考えた。
だけどやはり分からない。
ミナトは推測だけでも物事を推し量るのは、自分らしく無いと切り替え、考えるのを止めて視線を叔母の顔に向けた。
ミナトの叔母は、相変わらず年齢も性別もよく分からないような恰好をしている。
それに『彼女』…と表現して良いのかも分からない。
この人…と呼ぶ方が、彼女にとっては適切なのだろうか?
この人からすれば、叔母と言うのも戸籍上の性別からの呼称名だけであって、自分は女性でも男性でも無いので、叔母と呼ばれる事にも違和感を覚えるらしい。
この人はよく分からない自由な人。
ミナトから見れば叔母はそんなイメージの人だ。
そんな自由で固定観念に捕らわれないこの人が居たお陰で、双子がこうして学時代を無事に過ごす事が出来て、そこから大学生になれたのも事実である。
ミナトは当時の出来事の、後の日々を思い返していた。
それはカナデに起きた不幸な出来事をきっかけに、自身が起こした出来事から、地元の中学に行けなくなってしまった双子が過ごした日々。
そんな双子に声をかけてくれたのが、叔母である。
結局、この人の提案の通り、二人は通っていた中学校を離れ、フリースクールへ顔を出すようになったのだ。
そして見つけてくれた双子の受け入れ先が、父の実家から近い場所だった。
それは出来るだけ元の学校から離れた場所に身を置いた方が良いと、この人が配慮してくれ、そう判断した上で、探して提案してくれたからだろう。
この頃の双子は、この人を始め、祖父母にも、この家にも随分と世話になったのだ。
とは言え、この人すれば見るに見かねて…だったのだろうと、今になれば少し見えて来る。
それ程までに当時の双子…いや、両親でさえも、焦燥感から、どうにもままならない状態だったのだ。
そんな状態の家族の中で、一番のいら立ちを一番募らせて表に出していたのは、ミナトだ。
当時は中学1年生。
思春期にあんな出来事があれば、誰だって荒れるだろうと、ミナトは自身の過去を肯定する。
それでもミナトの性分は、そういった発散すれば何とかなるといった類の、単純な性分では無い。彼は双子の兄として生まれて来たから、いつだって妹より我慢強かったし、妹の為に強くあろうとしていた。
だからあの頃のどうにもならない自身の憤りを、実は上手く引き出してくれたのは母だったのかも知れないと、ミナトはここに来て気が付いた。
ミナトにだって、それなりに八つ当たりのような事を母にぶつけた記憶もあるのだ。
そんなかつての自分の幼稚さに呆れながら、ミナトは昔の事を考える。
ミナトの憤りに向き合って、それを全力で受け止めながらも、二人をフリースクールの送迎までしてくれたのは、まぎれも無く実の母親なのだ。
「…あ~、あの時はごめんな、色々ありがとうな」
はす向かいの席に座る母に、まるで独り言のように告げたのは、恥ずかしさからなのか、それとも照れからなのか。
思えば両方とものような気もするけれど、今、言わないと、ずっと言えない気がしたのも事実だ。
「何?なんかあったっけ?」
「何となく」
「なんやそれ」
突然の謝罪と感謝の言葉に、母は戸惑いながらも笑って受け取ってくれた。
ミナトの真意が届いたかどうかは分からない。
けれどそれはそれで良いような気がした。
本当に向き合って、きちんと礼と感謝を伝えるのは、まだ先の、もっと大人になってからになると思ったからだ。
ミナトは気恥ずかしさなのか、気まずさなのか、分からない感情から目を背けた。
これ以上話を広げたくなかいミナトは席を立つ。
座卓から少し離れた場所にある柱を背に座りなおすと、雪見障子のガラスから見える庭に目を向けた。
ミナトは何となく抱えている、気恥ずかしい気分をそうする事で誤魔化す事にした。
******
それから暫くして、夕飯の宴へ移っていった。
そうなると、程よくお酒の入った叔母こと、この人が、待ってましたとばかりにミナトに絡みだした。
この人は決して悪い人では無いが、少しねっちっこい性格なのがたまに傷だ。
親族への愛が強いと言えば、そう言った表現も出来るし、甥っ子の姪っ子への愛情だと言えば当てはまるのも事実。
けれども、この人の重すぎる愛情に対して、ミナトが理解を進める事が出来るようになったのは、甥っ子たちを溺愛するソウタのお陰なのだ。
「ミナトぉ~あんたは彼女とか居らんのか?」
「別にいらんけど?」
「あはは、ミナトが言うと、強がりじゃないからウケる」
「なんでや…」
ミナトの突っ込みにゲラゲラと笑いながら、ビール缶を口にして上機嫌の叔母。
ミナトに恋愛を吹っ掛けて来るわりには、叔母だってずっと独身で、パートナーらしき人が居た話を聞いた事も無い。
自身の事を棚に上げて良く聞けるなぁと、ミナトは呆れながらお茶を口にする。
叔母にビールを勧められたが、お酒を嗜むのには、まだ早い気がしたのだ。
クイっとお茶をあおり、ミナトは言葉を続けた。
カナデを中心に盛り上がっている家族を見れば、少しくらい自分が小さく本心を零した所で、この人以外に聞いている人は居ないだろうと思う。
「…俺はカナデみたいに恋愛が出来るとは思われへん」
「なんでや」
ミナトの言葉に、今度は叔母が突っ込みを入れる。
今ならその理由を口にしても大丈夫な気がした。
「例の…あの事があったしなぁ」
「…そっか」
ミナトの言葉に小さく肩を揺らして、相槌を返す叔母。
叔母には理由が通じたらしい。
「まぁ、俺の事はいいやん。カナデがそれなりにやってるし」
「あはは、まさかカナデに春が来るとはなぁ」
「さっき、ソウタの事で盛り上がってやろ?」
「うん、そうそう、ソウタ君ってどんな子や?」
「ソウタ?」
「ミナトから見てどんな子?」
叔母に促され、そう言えば…とミナトは思い出した。
二人がくっついた日に、玄関でイチャコラを見せられた事があったのだ。
ソウタは多分、賢いタイプの人間じゃないけど、どこに行っても、何とでもしてくれそうな人間だと感じていた。
だからこそ、カナデが結婚するならソウタみたいな人間が良いと思えたのだ。
「カナデって、見た目はアレやけど、中身は子供やん?」
「ミナトがそれを言うんか」
ケラケラと笑いながら、叔母は話を促す。
「まぁ、ソウタは見た目だけでカナデを選んだ感じでも無さそうやしな。
それに、あんな性格のカナデでも好きみたいやから」
「カナデ愛されてんねぇ」
「それに、面倒見のいい奴で、頼りになるし、器用にやってくれるやろうなぁって思う」
「いや、彼は不器用なタイプやろ?」
ミナトと叔母の間に割って入って来たのは、叔母の兄であるミナトの父親だ。
そんな父の言葉に、ソウタが恋愛になるとアホになるのを思い出すミナト。
「まぁ、恋愛は不器用そうやけど…」
ミナトの言葉に、父はソウタとの出会いを思い出した。
そう言えば、ソウタはカナデへのプレゼントの紙袋を何故か自分に向かって差し出し、しかも力が入っていたのか、少し袋が潰れたせいでガッカリした表情を浮かべたのだ。
「何々?ソウタ君が器用か、不器用か?って話?」
「なんで、ここでソウタの話が出るんや…」
ミナトの父が会話に参戦した事により、母も参戦する。
そして会話の内容に突っ込みを入れたのはカナデだ。
「ソウタって割と器用に何でも出来るやん?」
「まぁ…バイト先ではそうやから、学校でもそうかも?甥っ子君の面倒も上手やし?
」
母の問いにミナトが返し、相槌をうちながら肯定の言葉を続けるカナデ。
そんな双子の見解に、ソウタは器用じゃないと母は答えた。
「器用って言うより、ソウタ君は自分を誤魔化すのが上手なだけ…ちゃうかな?」
「誤魔化すってどういう事?」
穏やでは無い母の言葉に、カナデが質問をぶつける。
「う~ん…本心っていうか、自分で自分の事がよく分かってない感じなだけ、かもやけど?」
「……本心…」
「あ、別にカナデの事が、どうこうって話じゃなくて、そんな心配する話じゃなくて」
「うん」
「あ~なんて言うか、我の弱い承認欲求っていうか…」
母の言葉で気を落し始めたカナデ。そんな娘の様子に、父が助け舟を出す。
「彼は自分自身に自信が無とか、持たれへんってだけの話やろ?」
「あ、それそれ!そうそう、それや!」
「やったら時間が解決すると思うけどなぁ」
解決すると言った自分の言葉に、少し苛立つ表情を見せた父。
「ソウタ君の話はこれで終わり~」
明らかに不機嫌そうな様子を見せる父に、母は呆れながら話を切り上げ、カナデの顔を見て、目くばせのような笑みを返した。
「つまり、カナデを嫁に出すには、まだ早いって事や」
「そ、そんな話やった???」
不機嫌になった理由をそう位置付けたミナト。
ミナトの慰めにならない言葉を聞いて、話の見えなさにカナデは不安を通りこして、混乱を覚えていた。
「まぁ、兄さんからすれば、カナデが大人になったとは言え、まだまだ子供ってことや」
カナデの混乱を鎮めるように、叔母は笑いを堪えながら、本心とは違う言葉で答えた。
それなりに人生経験のある大人からすれば、男の自信なんて、彼女が出来れば直ぐに出来るものだと、全てを語らずとも分かる。
だけどそれを匂わせて、口にするのは憚られるし、カナデに起きた出来事を思えば、本当に二人は大丈夫なのかと、不安な気持ちを覚えたのも事実だ。
「そっか、そしたら…?」
これは完全なるお節介で、余計なお世話だと、叔母は十分に理解していた。
それでも、姪っ子の幸せな日々を望めば、彼らに少々手を出したくなるのも仕方が無いと切り替えた。
「……実際に会ってみる…とか?」
誰にも聞こえないような小さな声で、そう呟いて、産まれた罪悪感を押しのけるように自身に言い聞かせる叔母。
そして先ほどカナデから聞き出した明日のデートの段取りを思い返し、どうしたものかと思案に暮れだした。
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