第12話 迷子が出会ったのは…?

今日のソウタはバイトが休みである。

だからソウタは家に居た。

だからという訳では無いが母の隣に居た。


「別に手伝いじゃなくて構へんねんで。最初から作ってくれたらええねんで」


ソウタは台所で母と並びながら夕食の準備を手伝っていた。


「折角ファミレスでバイトしてんねんから、家でも作ってくれたら、ええねんで」

「あはは」


母親の催促のような小言を乾いた返事で躱すソウタ。


「ま~オカンが作った方が旨くて早い」

「どこの牛丼やねん」

「ちょっとわからん」

「…」


母親の分からないボケは、分からないとはっきり言う。

これも優しさである。


「あ、ソウタ、今度の土曜日にチビら来るで」

「え~バイトやわ…」

「そうなんや。また今度やな」

「はぁ、久しぶりやのになぁ、寂しいなぁ…」

「しゃあないなぁ」


甥っ子に会えないソウタの寂しさの嘆きに、ソウタの母親は適当な言葉で宥める。

これもいつもの光景だ。


今夜は父親は帰宅が遅いため、母親と二人きりの夕食になった。

ソウタがまだ小さい頃は、忙しい両親に変わって姉がソウタの面倒を見ていたので、子供の頃のソウタは姉と二人で夕食を取る事が多かった。


やがて姉が嫁ぐと既に大きくなっていたソウタは、母親や父親と一緒に遅い夕飯を取るようになった。


今となってはソウタ一家の四人が揃って食事をするのは、休日に姉が甥っ子を連れて来る時だけであある。

父親と母親とソウタ。姉夫婦に甥っ子3人。その時の夕飯の風景はとても賑やかで、ソウタはその時間が好きだった。




*****




週末の土曜日がやって来た。予定通り姉一家が遊びにやって来る日だ。

今日のソウタは家には居ない。一日中バイト先で過ごす予定になっている。

それでもバイトのシフトは夜がメインなので、朝は家でのんびりと過ごしていた。


ちょうどその頃。

バイトが休みのカナデは、近くのショッピングモールへ家族四人で遊びに来ていた。

ショッピングモールに着いて早々にカナデは両親と別れ、ミナトを引き連れて、今日の目的地であるゲームコーナーへ向かった。


「めっちゃ久しぶり~」

「迷子になるなよ~」


ミナトの余計は一言を物ともせず、カナデは意気揚々とゲームコーナーへ乗り込む。

カナデはソウタと付き合い始めてから、外へ遊びに行くのが楽しくなった。

今までは人込みが苦手て、特に多くの人の目線が苦手だった。

今でも苦手には変わりないが、随分と前向きになって、家の外に居ても家族の前で過ごすような気持ちをで居れるようになっていた。


と言っても用事以外で一人きりで出かけるのはまだ怖い。

こんな風に遊びに行ったり、用も無く出歩いたりするのは、家族と一緒かソウタが傍に居る時だけだ。


今日のカナデの目的はアニメキャラクターのぬいぐるみである。

本人はそう言ってたが、ソウタがバイトで寂しいから気晴らしなんだろうと、ミナトはそう思っていた。


こうして目的の場所に着いたは良いが、カナデは来て早々に睨めっこをする羽目になった。

UFOキャッチャーのケースの中に座るぬいぐるみは、カナデと睨めっこをしたままで、一向に落ちるつもりは無いみたいだ。

稼いだバイト代をどんどんと落とすカナデ。


「買った方が安上がりやと思うけどなぁ…」

「っ…」


ミナトは情緒の欠片も無いのか、カナデに身も蓋もない事を言う。

確かにお金はどんどんと落としている。

だけどこれは、ゲームの課金なのだ…とカナデが思ったかどうかは分からないが、薄情な兄の感想には無視を決め込む事にした。


そして色々な角度から目的のキャラクターの狙い場所を探り、相変わらず睨めっこを継続させている。


「こっちだけやなくて、そっちからも、奥行きとか見たらええねん」


腕を組み、まるでどこかのスポーツチームの監督のような態度のミナト。

いつまでも終了出来ないカナデを見かねたのか、ミナトがアドバイスを送る。


「なるほど~ミナト天才やん!」


パッと表情を明るくさせたカナデはミナトの言う事を聞いて、ケースの側面側へ行くと横から確認しつつ、少しずつアームを調整する。


「よし!」


絶妙な位置にアームをセットする事が出来た。今回は間違いない!

そう意気込んでスタートボタンを押したカナデが正面に戻ろうとした時、「お母さん」と呼ぶ声と共に、カナデのサロペットパンツが引っ張られた。


「お母さん?」

「え?」


カナデが驚いて振り向くと、そこには小学校低学年くらいの男の子が、カナデを見上げていた。その表情は今にも「とても驚いています」とテロップが出てきそうな位、大きく目を見開いている。


「ご、ごめんなさい…」


それでも何とか声に出せたらしい。自分の間違いに気が付いた男の子はみるみる内に顔が赤くなっていった。


「ええよ、お母さんと間違えたんや、似てたん?」

「髪の毛と…それにズボンの色が一緒やったから…」


男の子は質問で気まずさが抜けたのか、恥ずかしそうにカナデに答えた。


「そっか。じゃぁ、お母さんはどこかな?」

「え?」


男の子はカナデの新しい質問を聞くと再び驚き、周りをキョロキョロと見渡した。

すると急にソワソワと慌てだしたので、どうやら彼は迷子になっているらしい。


「あれ?お母さん、おらへんくなった?」


恥ずかしさから赤面していた男の子は、今では青い顔をしている。

傍でやり取りを見ていたミナトも、カナデ達へ近づき声をかける。


「迷子とちゃうか?」

「そう…かも」


カナデは男の子の目線までしゃがみ込んで、事情を聴く事にした。

ミナトはカナデと似通った雰囲気の服装の母親の姿を、顔を上げて探し始めた。


「お母さんと一緒に来たんやんな?」

「お母さんは、弟とトイレに行って…。それで、お父さんとお兄ちゃんが一緒におって。でもお母さんが弟と帰ってきて遊んでると思って……」


たどたどしく状況の経緯を説明する男の子。

どうやらカナデと母親を見間違えた上で、母親が戻ったと勘違いをした。

そして勘違いをしたまま父親から離れ、母親と見間違えたカナデの元へとやって来た…のかな?


「ま、近くに居るやろう。闇雲に動くより、暫くここで待ってた方がええな」

「そうやなぁ…。向こうも探してるやろうし、行き違いになるよりは、ええかもしいひんなぁ」


双子の二人の意見が早々にまとまる。


「じゃぁここで、お姉ちゃんと一緒に探そっか?」


カナデが男の子にそう問いかけると、男の子はパァっと表情を明るくさせて「うん」頷いた。




*****




「同じ色のズボンね~」


カナデが独り言を呟きながら少し離れた場所を眺めていると、カナデと似た色のサロペットパンツの女性が、男の子を抱いてゲームセンターへ入って来るのが見えた。


「あっ!」

「あ!お母さんや~」


母親らしき人を見つけたカナデが驚きの声を上げると、男の子は一目散にカナデの視線の先に居る女性の方へ駆けて行った。


「あれ?見つかった?」


カナデと別方向を探しているミナトが、男の子が駆けていく気配を察し、カナデに声をかけた。

カナデの視線の先を追いかければ、なるほど、カナデと似た服装をしている女性が居る。

やがてさっきの男の子がその女性に飛びつき、そのまま話し込む様子に変わると、その場に父親もやって来たようで、そのままゲームコーナーから去って行った。


「見つかったっぽい」

「うん、良かった」

「…」

「…」

「カナデも、もう行くか?」

「…うん」


ミナトがUFOキャッチャーを振り替えって確認すれば、カナデが微妙な位置にセットしたはずのアームは空振りだったようだ。


(散財しただけやん…)


ミナトは優しい兄である。

事実はあえて言わず、二人はゲームコーナーを後にした。




*****




「ただいま~」


バイトから帰宅したソウタが玄関で靴を脱いでいると、甥っ子の小学二年生になるサトルがソウタの元に飛び込んで来た。


「ソウタ兄ぃおかえり~」

「え、今日、泊まり?」

「うん、明日お礼に行かなアカンねん!」

「え?何の事?」


サトルの話に困惑するソウタは、そのまま甥っ子を抱えてリビングに入る。

リビングのソファーの上には一番年上のヒロムが、ソウタの父親にゲーム端末を見せながら遊んでいる。


「あ、ソウ兄ぃおかえり」

「ちゃんと顔見て言わなあかんで」

「はぁい」


ゲーム端末から目を離さずに挨拶をしたヒロムに注意をしたのはソウタの父親だ。


「うん、ただいま。なんかサトルが変な事言うてるけど?」


抱えていたサトルを床に降ろし、玄関で聞いた話を母親に尋ねる。


「あぁ、昼間にサトルが迷子になったらしくてな」


母はダイニングテーブルでお菓子をつまみながら、今日の出来事を詳しく話してくれた。それはサトルが迷子になった話だった。


「間違えて走って行ったんか…、危ないなぁサトルは」

「だってお母さんやと思ったから」

「そんなに似てたん?」

「…」

「どした?」


ソウタの質問に急にだんまりになるサトル。

サトルの様子に困惑するソウタの目の前に、ゲームが終わったのだろう、ヒロムがやって来た。


「お母さんより、めっちゃ綺麗な人やねんて~」

「っ!お前そんなん言うたら、お母さんに殴られんで…」


どうやら、ヒロムはちゃちゃを入れに来たらしい。

それでもヒロムの爆弾発言は見過ごせない。ソウタはリビングに居ないはずの姉を探す。


「お母さんもう帰ったし。明日また来るって」


そんなソウタの焦りを知ってか知らずか、鬼の居ぬ間に洗濯とばかりに、余裕の表情を見せるヒロムである。


「でも服が一緒やったもん!」


兄にからかわれた悔しさなのか、サトルが自分の意見を主張する。

兎に角今は兄弟喧嘩をしている場合ではない。


「そういや、さっき、お礼をするとか、そんなん言ってなかった?黙って帰ったんか?」

「…だって、お母さん見つかったから」


母親の話から迷子になったサトルを助けてくれた人が居る事に間違いなさそうだが、この様子だとサトルはお礼も言わずに、母親の元へ一目散に駆けたようだ。

そんな光景がありありと目の前に浮かぶソウタ。

甥っ子のやらかしに、小さくため息を吐く。


世話をしてくれた人に失礼だなぁと思いつつ、普段の甥っ子の行動を思い出せば、子供はそのようなものかも?…と、何とも言えない気持ちになった。

とは言え、失礼な事には変わりない。


「う~ん。その女の人は店員さん?お客さんやったら、明日も同じ場所に来るかは微妙やで?」


ソウタがサトルに問いかければ、サトルの代わりに答えたのはソウタの母親だ。


「明日この子ら迎えに来た後に、もう一回店に寄るって言うてたよ」

「そっか。なら良いか。次からはちゃんと迷子にならんように気を付けて、お礼も忘れずに言わなアカンで」


ソウタの注意にサトルは「うん」と元気よく答える。


「よしよし」


ソウタはサトルの頭をなでて褒めてあげた。




*****




その日は甥っ子と3人で、和室で一緒に寝る事になった。


「電気消すで、もう遅いしはよ寝ぇや~」


灯りを消して布団に横たわる。

二枚の布団を並べた真ん中にソウタが眠る。

厚めの敷パットがあるとはいえ、布団と布団の隙間で背中が痛くなるが仕方が無い。


ソウタが目をつむっていると、まだ眠らないのか、隣のサトルがごそごそと転がりながらソウタの傍にやって来た。

そして内緒話をするような小さな声で話しかけて来た。


「ソウタ兄ぃ、あんな…」

「うん?寝られへんのんか?」

「お姉さん、めっちゃ綺麗な人やってん…」


どうやらサトルは助けてくれた女性の事が随分と気になっているらしい。

微笑ましさから「そうか」と言えば、思わず笑みを浮かべてしまう。

サトルの内緒話を聞いたのだろうか、今度はヒロムが話しかけて来た。


「サトル、さっきからこればっかりやねん」


少し呆れたような物言いで、まるで愚痴のようにソウタに言い寄る。

もしかしてヒロムも見たかったのだろうか。

そんな事を思えば思わず吹き出しそうになった。


「えっと、そんなに綺麗な人やったん?」


取りあえずこの話題に乗っかる事にしたソウタは話を続ける。


「俺、見て無いもん」


ヒロムは少し拗ねたような口調で言った。

やっぱりか。ヒロムもサトルから話を聞いて、その綺麗な人を一目見たかったようだ。


「僕しか見てない」


拗ねたヒロムに変わって、得意そうに切り出したのはサトルだ。

となると、その人物が仮に居たとしても、探し出せるのはサトルだけ…。


(再会するのは至難の業やろうなぁ…)


明日の姉一家の苦労を思うと、気の毒に思うソウタ。

ならば明日の事を思えば、甥っ子は早々に寝た方が良いだろう。

ソウタは話を切り上げる事にした。


「じゃ、その綺麗な人?お姉さんの顔?を忘れんうちにはよ寝ぇや~」

「は~い」


ソウタが促すと二人は本格的に眠りにつく事にしたらしい。やがて二人の小さな寝息の声がスゥスゥとソウタの耳入って来た。

二人の小さくて柔らかな寝息に挟まれて、思わず笑みが零れるソウタ。

その心地のよい感覚に耳を傾けていると、ソウタの力も次第に抜け落ちて、直ぐに夢の国へ沈んでいった。


この時のソウタは全く気が付かなかった。

サトルの言う綺麗なお姉さんが、カナデである事に。


因みにカナデとサトルの再会の場が、ソウタの部屋になる…というのは、また別のお話しである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る