第28話 協力

「起きてよ、起きなさいよ」


 フェリシアは崩壊する建物の瓦礫から守るように武彦に覆いかぶさり、声をかけた。地面には大きな亀裂が入り、天井が次々と振ってきた。上を見上げると信じられない光景が目に飛び込んできた。


「空間にもひびが入っている!?」


 フェリシアはどうすればいいのかわからなかった。魔法が発動した後、武彦と華純は意識を失ってしまい、いくらさすっても反応しなかった。リナシーは穴に吸い込まれたように見え、レドモンドの姿もない。


「一人にしないでよ」


 フェリシアは涙があふれた。


 その時、魔方陣の中心から空間の穴が現れた。闇とともにレドモンドとリナシーが穴から飛びだした。レドモンドの両腕はモザイクがかかったように黒く変色しており、リナシーの全身もそれに覆われていた。リナシーの顔は涙で濡れている。


「レドモンド! どうしたのよ!」

「時空を超えた罰だ。気にするな」


 そういうとレドモンドはリナシーを見た。リナシーは涙を流しながら、身動きもしなかった。


「うっ」


 武彦が意識を取り戻した。フェリシアは慌てて武彦の元に駆け寄った。


「タケヒコ! タケヒコ! 私の声が聞こえる?」

「ああ、フェリシア……ただいま」


 フェリシアは武彦の笑顔を見ると抱きしめた。倒れていた華純が起き上がり、フェリシアは警戒する。武彦はフェリシアの肩を優しく叩き落ち着かせた。


「この人はもう大丈夫だから、フェリシア。ね、華純さん」


 華純は涙を流して頷いた。フェリシアは華純から目を離すと武彦に向き直った。


「大変なのよ、武彦! 世界が崩壊しそうなの」


 武彦は空を見上げた。ひびが割れたような跡があり、隙間から混沌とした空間が覗いている。


「今、この崩壊を止めるために魔法師団と魔族たちが資料を集めているけど……」


 フェリシアは泣きそうな顔をした。


「けど?」


「火の結晶が足りないんだ」


 武彦の後ろからコーリーと魔族たちが紙を抱えて現れた。


「魔王様の部屋から見つけた資料によると、別の世界の者を呼ぶときに世界の均等を守るために必要な魔法について、魔王様は熱心に研究していたようです」

 

 魔族が紙をコーリーに渡しながら言った。別の魔族はうつむいている。


「魔王様は、魔法使いの全滅なんて望んでいなかった。平和的な和解を望んでいた。それなのに俺は……」

「いまはそんな感傷に浸っている場合ではない。はやくこの崩壊を止めるぞ」


 魔族たちは叱咤する。


「火の結晶の力は私が補おう。かつての魔法使いたちのように命を捧げればあるいは……」


 覚悟決めるコーリーの背中を魔族が叩いた。


「お前のちんけな魔力じゃ足りないだろう。俺の魔力も使ってくれ」


 魔族たちは協力的だった。命に代えてでも世界を守ろうとしている。でもこれ以上の犠牲が増えるのは嫌だった。武彦が何か他に方法がないかと考えを巡らせていると、倒れていたリナシーが起き上がり、手を出す。その手の中には赤く燃えるような火の結晶があった。


「火の結晶! どうして君がこれを!」


 コーリーが驚き、リナシーの元に駆けつけた。リナシーは這いつくばるようにコーリーの元に行くと火の結晶を渡しながら言った。


「モイラさんが生きている、お祭りの時間に行ったんです。未来から来た私にこの結晶を託してくれました。ああ、あのときモイラさんは自分の運命を受け入れていたの」


 リナシーは泣いていた。コーリーは結晶を受け取ると、「彼女の思いは無駄にしない」と頷いた。


「結晶はそろった。皆の者力を貸してくれ。世界の崩壊を止める。我々の世界を守り通す!」


 四種類の結晶が光り輝いた。


「止まらない。なぜだ」


 コーリーは苦しそう声をあげた。


「このままでは無駄に魔力を吸われるだけだ」

「別の方法を探そう」


 崩壊を止める魔法が効いていない。空間のヒビはさらに広がっていた。本当に止める方法はないのか。武彦が資料の中から何かないか探していると、華純が武彦の肩を叩いた。華純は武彦に顔を近づけると、耳元でささやいた。


「魔法が上手く作動しないのは私たちのせいだわ」

「え?」


 武彦は驚いて顔をみた。華純の顔は真剣だ。自分たちのせい。そのことに心当たりがあった。


「異物……」


 武彦の言葉に華純は頷いた。


「ぼくたちがここにいるから?」


 武彦は不安な気持ちになった。自分の存在がこの世界を危険にさらしている。ならどうすればいいのかわからなかった。華純は武彦の左手を取った。


「この体は世界の均等を保つために作り替えられている。でも一つだけ、変えられていないものがあるのよ。それが異物となっているの」

「それは……?」

「記憶よ。私たちの元の世界での記憶。この記憶を消さない限り魔法は正常に働かない。私の息子は生きていた。家族もいる。もう思い残すことはないわ。武彦くんは?」


 記憶を消す。その言葉に武彦は思いとどまった。でももう他に方法はない。武彦は目をつぶり、走馬灯のように思い出した。家族、友人の顔。学校、旅行の思い出。何気ない日常を。武彦は目を開けると、右手を華純の手に重ねた。


 僕はこの世界で生きていく。


「華純さん。救いましょう世界を!」


 華純と武彦が手を握り合ったとき、結晶が激しく光り、世界を包み込んだ。

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