第15話 変わった魔族たち
「どうしてここにいるかだと? 教えるわけないだろ!」
大きな魔族が仁王立ちで力強く言った。
「そうだ! 侵入経路作成計画のことは極秘任務だ」
隣に並ぶ小さな魔族が片方の手で大きな魔族を掴み、武彦を指さす。武彦はその発言で、この遺跡で何をしていたのか推測できた。
「侵入経路? 地面に穴を掘っていたのか」
武彦の推理に魔族たちがあわあわと慌て始めた。大きな魔族が小さな魔族を叱る。
「馬鹿野郎!教えてどうする」
「ど、どうしよう。口封じに殺していいといわれているけど、兄貴?」
怒られた小さな魔族が泣きそうな声で言った。大きな魔族は頭に手をやると困ったような顔をした。
「いやー、グロテスクなのは無理なんだ。そうだお前」
大きな魔族は何かひらめいたように武彦に呼びかける。そして、鋭い爪を自分で引っこ抜いた。抜いた指から新しい爪がにょきにょきと生えてきた。大きな魔族は抜いた爪を武彦に向ける。
「計画がばれてしまっては生かして返すことは出来ない決まりなんだ。でも生き物を殺すのは苦手でね。お手数をかけるが、これを使って自害してくれないか? 後ろを向いているからさ」
爪を渡された武彦は困惑しながらも受け取る。魔族たちは後ろを向いて待っていた。武彦は死ぬ気はなく、魔族たちが床下で何をしていたか聞き出すために、脅すことにした。学園から依頼された遺跡の調査の答えを彼らが関わっていると思ったからだ。
「これで? 嫌ですよ。侵入経路の話もっと聞かせてください。でなければ、自分の爪に傷つけられることになりますよ。ぼくは魔法が得意なんです。ほら、床を開けて」
魔法が得意なことはハッタリだが、余裕な態度で爪の先を魔族たちに向ける。後ろを向いていた魔族たちが、勢いよく向き直った。
「ひどいや! 僕たちを脅すなんて。やっぱり魔法使いは野蛮な奴だ」
魔族たちは両手を挙げた。そして地面の石版の扉を開けると、中に入っていた。武彦も後に続く。下は土を掘られて出来たトンネルになっていた。武彦は爪をちらつかせたまま聞いた。
「どこに繋がっているんです?」
「こっちだ」
大きな魔族が着いてこいと手で示す。武彦は魔族の後ろをついて行った。しばらく歩いた後、魔族たちが立ち止まった。どうしたのかと、先を見ると、土が崩れて行き止まりになっている。
「く、崩れています」
小さな魔族が崩れたトンネルを呆然とみている。もう一人の小さな魔族は大きな魔族に文句を言った。
「兄貴がさっき地団駄を踏むからだ」
「あのくらいでこうはならんぞ」
けんかする魔族たちをよそに、武彦は足下がぬかるんでいることに気がついた。足でペチャペチャと音を立てて知らせる。
「なんかここ湿っているよ」
武彦の行動に魔族は何かを思い出しているように顎に手をやった。
「そういえば近くに川があったな。地下水が染み出てきたのかもな」
横の壁の土がぼろぼろと崩れた。全員がその様子を見る。水が染み出てきている。
「これは、やばいかもしれないね」
武彦はそう言うと、恐る恐るその壁から離れた。次の瞬間水が勢いよく噴き出してきた。足下にみるみる水がたまっていく。
「戻れー!!」
大きな魔族のかけ声とともに全員元の道に引き返して走った。水位は足首まで来ている。武彦は置いて行かれまいと走った。武彦の後ろで誰かが転ぶ音がした。
「うわー」
小さな魔族の一人だ。武彦は振り返り、小さな魔族の側に駆け寄った。
「大丈夫? はやく立ち上がって、逃げなきゃ」
小さな魔族を起こそうとするが、見た目よりも重く、上手く起こせない。小さな魔族は助けに来た武彦を不思議そうに見つめた後、武彦の服を強く握りしめた。
「お前たち、何をしているんだ!」
異変に気がついた大きな魔族が武彦たちの元に引き返す。その時、地響きとともに水が噴き出していた壁が崩壊し、大量の水が流れ込んできたのだ。武彦は悲鳴を上げた。
「ギャー」
大きな魔族に抱きかかえられ、そのまま水の流れに乗って流されていく。異様なスピードで水かさが増し、激流の中で武彦は恐怖で震えていた。また自分は溺れてしまうのかと死を恐れていた。武彦に掴まっている小さな魔族は武彦の体の震えに気がつくと、助けてくれたお礼の代わりのように、背中を優しくなで始めた。武彦は小さな魔族の行動に冷静さをなんとか取り戻した。
「先輩! 床が開きません!」
先に逃げていた別の小さな魔族の声が通路の奥で聞こえた。水とともに武彦たちはその子の元までたどり着く。急いで地上への扉を全員で扉を押してみたが、ビクリともしなかった。押している間も水位が上がり続け、肩の位置まで来ている。
「開かないなぜだ!」
大きな魔族がわめく。先にたどり着いていた小さな魔族は冷静に解析した。
「さっきの地響きで、瓦礫でも落ちてきたのでしょうか?」
「なんだと、おい魔法使い。お前魔法が得意なんだろう。なんとかしてくれ」
大きな魔族は、武彦にお願いするが、武彦の様子がおかしいことに気がついた。
「おい、息が荒いぞ。大丈夫か」
迫り来る水の恐怖から、武彦は魔法の暴走『感情爆発』を起こしていた。手から水が大量に生まれている。水の体を押し潰そうとするかのような圧力がかかり、武彦は意識を失いそうになった。水が通路いっぱいになっても水の勢いは止まらない。
水圧に耐えきれなくなった壁が崩壊し、体が水とともに上に吹き飛ばされた。高く打ち上げられ、落下した。大きな魔族が下になってかばってくれたおかげで、痛みは感じなかった。水が勢いよく床から吹き出しているのを見ていると、床に亀裂が入った。
「この部屋もダメだ。出るぞ」
大きな魔族が言った。武彦たちは出口に向かう廊下を走り出す。武彦は走っているとき、この魔族たちがフェリシアたち、特にレドモンドに見つかったらどうしようかと思った。彼らは魔族をよく思っていない。武彦も彼らに会うまでは同じ気持ちだった。しかしこの魔族たちは、自分を助けてくれたり、溺れて不安な自分を気にかけてくれたりと優しいところがある。そんな彼らを敵だと思えなくなっていた。
大きな魔族が走ったままスピードを緩めず、壁の扉に向かって勢いよく体当たりをする。壁が崩壊し、椅子のある遺跡の部屋に戻ってきた。後ろから水も来たが、広い空間で勢いは無くなっていた。武彦は地面に伏せたまま、荒れた息を整えた。
「タケヒコくん!」
「タケヒコ!あなたなの?」
フェリシアたちの声がする。武彦は顔を起こして魔族たちの方を見ると、魔族たちはもう立ち上がっていた。伏せている武彦の前に誰かが駆けつけてきた。燃える剣を持ったレドモンドだ。彼は魔族たちをいきなり切りつけようとした。
「待って!」
武彦は慌ててレドモンドの足を掴む。
「な!?」
レドモンドがバランスを崩し、そのまま地面に倒れた。
「仲間がいたのか。じゃあな」
その様子を見ていた大きな魔族がそう言うと、岩壁を登って天井の隙間から出て行った。武彦は横になったまま彼らを見送った。
「なにをするんだ! 魔族を逃がしてしまうぞ!」
レドモンドが武彦を怒鳴りつける。
「彼らは誰も傷つけていないよ。ぼくを見てよ。無傷だろう?」
武彦は立ち上がると、手を広げて自分の体の無事を見せた。レドモンドは眉をひそめる。
「おまえ、頭大丈夫か? 魔族をかばうなんてどうかしているぞ」
レドモンドは武彦を怪しむ目で見ていた。後ろから駆けつける音が聞こえた。
「なにをもめているのよ。タケヒコ、無事?」
フェリシアが息を切らしてくる。リナシーは武彦の姿を見てどうしたのか聞いてきた。
「タケヒコくん、ずぶ濡れだけどどうしたの? 何かあったの?」
「あったよ。壁の向こうに怪しい魔方陣と魔族が掘った地下通路」
武彦は濡れた服を軽くしぼりながら、破壊された壁に目線をやる。つられたようにリナシーも壁を見た。フェリシアも壁から流れてくる水を調べ始める。
「壁の向こうで何があったんだ!」
レドモンドが武彦から目を離さずに睨んだ。
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