第4話 初めての魔法

午前の授業が終わり、生徒たちは一斉に教室から出て行った。

武彦はどこに行こうかと悩んでいると、栗色の髪の女の子が何か話したそうな様子で、チラチラと見てくる。


「ぼくに何か用があるのかな?」


武彦が話しかけると、女の子はびっくりして肩がはねた。耳を真っ赤にしながら口を開く。


「あ、あの、モイラさんに言われて、い、一緒に来てくれませんか…………」


女の子は小さな声でそう言った。武彦はモイラという名前に反応した。昨日、自分を学園に連れてきてくれた女性だ。


「モイラさんが?わかった、行こう」


武彦の返事を聞いて、女の子は安心したように笑顔を見せた。武彦は女の子の後ろをついて行く。地上へ戻る階段を登る。


「ねえ、君はモイラさんとはどういう関係なの?」


武彦は好奇心から聞くと、女の子は照れくさそうに答えた。


「え!?わ、わたしはモイラさんにお世話になっていて、モイラさんは私の尊敬している人です」

「そうなんだ」


女の子はモイラのことを嬉しそうに話すのを武彦は興味深く聞いた。

地上の光が見えてきた。一階に戻ると授業を終えた生徒たちが、あらゆる方向に飛んでいる姿がみえる。女の子は側で垂れているつるを掴むと話しかけた。


「食堂までお願いします」

「なにをしているの?」


つるに話しかける女の子を不思議そうに見ていると、つるは女の子の体に巻き付いた。驚いて駆けつけると女の子は「わたしたちは飛べないからこうやってお願いするの」と言った。武彦も真似をしてつるに話しかけた。


「あの子と同じところに連れて行ってください」


つるは体に巻き付き、体を上へ持ち上げる。地面から足が離れ、高い景色に思わず声が上がる。


「うひゃあ」


つるは三階の場所まで運ぶと、スルスルと離れた。

目の前は超巨大な丸太をくりぬいて作られた空間にテーブルがずらりと並べられていた。食堂に入り、歩いて当たりを見渡すと、壁に丸い穴が開いていた。穴の中に人が見える。個室のようだ。


「おーい!リナシー。タケヒコくん。こっちだよ」


モイラの声が上から聞こえた。見上げると個室の穴から手を振っている。

個室までキノコの階段で登った。


中は狭く、丸いテーブルがほとんどを占めていた。木の壁に大きな段差があり、そこにモイラは腰掛けている。テーブルの上には料理が並んでいた。

到着した武彦たちをモイラは興味津々で話しかけてきた。


「リナシーありがとう。で、どう?タケヒコくん。学園生活は?」モイラが尋ねると、武彦は苦笑いした。


「どうって、魔法が使えないことを笑われましたよ」

「昨日一つでも教えられたら良かったね。ごめん」

「昨日、そうだ思い出しました!ひどいですよ!あんな重い荷物持たせておいて運ぶの手伝ってくれないなんて!」

「あ、そうだった。本当にごめん」


モイラは申し訳なさそうに謝った。


「もう、寮のベルデさんが手伝ってくれたから良かったですけど」

「友達が出来たんだね。リナシーとも仲良くしてくれて嬉しいよ」


モイラはリナシーと呼ぶ女の子の方に向いた。


「連れてきただけです。ま、まだ仲良くは………」


リナシーは武彦の様子をうかがいながら言った。


「ならご飯を食べて親睦を深めようか」


すでに用意されている料理に目をやりながらモイラが言う。


「そうそう、魔法の基礎教えるって言ったよね。授業が終わったさ、ここにリナシーと来てほしいんだ」


モイラが学園の見取り図を武彦に渡した。見取り図の中に赤でバツ印された場所がある。モイラは見取り図の小さく緑に光るものを指さした。


「緑に光っている箇所が現在地。食堂の壁部分が光っているでしょ?これを見ながら来てよ」

「便利ですね」


武彦はもらった見取り図をポケットにしまった。三人でお昼にした。





お昼の時間が終わると、リナシーと一緒に植物庭園へ移動した。シャボン玉のようなドーム状に覆われている場所だ。生徒たちはみなそのシャボン玉の壁をまるで空気のように通り抜ける。その中で、武彦たちを見ると男子生徒が1人近づいてきた。一緒に来たことをからかうように言った。


「おやおや、無能カップルの誕生か?」


男子生徒はにやにやと二人を見た。武彦は不快そうに眉をひそめた。

「何か用があるの?」

そう武彦が聞いても、からかうばかりである。


腹が立ち文句を言おうとすると男子生徒の背後から、植物の生えた杖を持つ女性が現れた。


「授業が始まりますよ。はやく庭園の中にお入りなさい」


男子生徒は女性の顔を逃げるように庭園に入っていった。女性は武彦を見るとにっこり笑って言った。


「あなたがタケヒコさんね。わたしは植物学を教えているロータよ。さあ、二人とも早く入って」


言われたとおりに武彦が通ろうとすると、ポワンとはじき返されてしまった。リナシーはシャボン玉の向こうでびっくりした顔をしている。


「あら、入れないなんて変ね。結界があなたを魔獣扱いしているのかしら。しょうがないわね」


ロータ先生が杖で触るとそこに人が通れるほどの穴が開いた。先生は杖でどうぞと案内した。

シャボン玉の中は植物でいっぱいだ。赤や青、透明な葉をもつ植物ある。根っこでとことこと足下を歩いている植物もいる。植物だけではなく、妖精も飛び回っていた。また庭園内には川が流れており、水の妖精もいる。

教科書に書かれている植物を見つけてくるように言われ、リナシーと一緒に行動した。教科書の絵と見合わせながら目当ての植物を探し回る。


「また二人一緒かよ。熱々だね」


にやにやとまたあの男子生徒が近づいてくる。武彦はまたかと思った。


「で、何か用なの?何もないなら授業の邪魔をしないで」


男子生徒は武彦の態度に腹を立てて詰め寄った。


「な、何だよ。生意気なやつだな。魔法も使えない奴が」


男子生徒は武彦の胸ぐらを掴んで睨みつける。

その様子を見ていた金髪の女の子が介入した。


「そこ、うるさいわ!今授業中よ」

「うるさい」


男子生徒は掴んでいた手を離した。

勢い余って武彦は尻餅をついた。尻に冷たい感触を覚える。川だ。手の厚さより浅い川。それなのに急に息苦しさを覚えた。必死に口から空気を取り込む。だが苦しみは続く。むしろひどくなっていく。周りの生徒たちが集まり、何かを話しかけてくる。その声は自分の心臓の音にかき消されていた。


「水が!水が!」と誰かが叫んだ。

川に入っている手をみると、そこから大量の水があふれていた。水は武彦を中心に勢いよく湧き出し、このままでは庭園が水没しそうであった。


「何事ですか」


ロータ先生が騒ぎに駆けつけた。水の中心にいる武彦の側に行くと、杖を地面につき何かを呟く。水は杖先に吸われ、元の川に戻った。

先生は武彦を川から遠ざけると、頭をシャボン玉で覆った。呼吸が落ち着くとシャボン玉はパチンと消えた。


「大丈夫ですか?ゆっくり深呼吸をして」


庭園内にある椅子の上に座らされる。生徒たちが武彦を見ながらひそひそと話している。今のは何だったのかと武彦はぼんやりと考えた。


「まあ、魔法が使えて良かったな」


男子生徒は怯えた様子でそう言った。


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