第2話 入学前

空まで届きそうな岩山に囲まれた草原と川以外何もない場所にいる。

学園に行く手段は何だろう。徒歩だと嫌だなと武彦は思った。

女性は指を鳴らす。すると二人の周りに強い風が吹き始めた。風は体に巻き付き、髪が激しくなびいた。風がやんだとき、別の場所にいた。


「今のは何ですか!?」


この女性は不思議な力を持っている。そう思うと武彦の胸はドキドキと高鳴った。

武彦は移動した場所をキョロキョロと見渡す。そこは広い部屋だ。中央にアンティーク調の机と椅子。そしてその周りには本棚が並び、大量の本とアンティークの小物、鍋、虫などが散らかっていた。


「うわ、何か走っている!」武彦は光る人型のものを指さした。


「精霊も見たことないのか。やっぱり君はどこから来たんだろう?」


精霊だって?武彦は確信した。この世界は自分のいた世界とは全く別なのだと。


「モイラさん!ドアを開けてお入りくださいといつも申しておりますよね」


本棚の奥から声がした。つるりと光る頭が半分本棚の隙間からのぞくと、ずかずかと近づいてきた。小太りの眼鏡をかけたおじさんだった。


「すみません学園長。急用なもので。彼をこの学園に入学させてください」


モイラと呼ばれた女性は両手で武彦を示した。

「入学!?」武彦は驚いた。身を置くだけのつもりだったのだが、まさか入学とは。


学園長と呼ばれたおじさんはメガネをくいっとあげた。

「なんか、その子は何も知らないようですけど。なんでまた入学させたいと?」

「彼には、不思議な縁を感じまして。入学させて安全なところに身を置いたほうがいいかと思ったんです」

「モイラさん。あなたリナシー・レナトゥスさんにも同じようなことを言って無理やり入学させましたよね。でも彼女あまりいい結果を残せていませんよ」眼鏡がキラリと光った。

「リナシーは本当に可能性を……」

「本当に?」


モイラはこほんと咳払いして、武彦の肩をポンッと軽く叩いた。


「彼にも可能性を感じるのです」

「まあ、あなたの推薦ならいいでしょう。あとはお任せしますよ」


やれやれと学園長は紙を手に引き寄せる。


「保証人はあなたでいいですか。任せますよ。モイラさん」

「もちろんです」


二人は入学の手続きについて相談している。


「とりあえずよかった。はいこれ書いて」武彦に紙とペンを渡した。

紙を見ると、知らない言語で書かれていた。


「よめません。なんて書いてあるのですか?」

「よめない?おかしいな。まあいいや。これは入学許可書だよ。君の入学を認めると書いてある。ここに君の名前を書いてよ」と下のスペースを指でなぞった。

怪しい契約書じゃないだろうなと武彦は疑ったが、読めないし、他に行くところもないので書いた。


「へー、君の文字見たことないね。なんて読むの?」

「ササヤマタケヒコ」

「わかった。なんと呼べばいい?」

「タケヒコで」

「わかったタケヒコくん。今日から君はここの生徒だよ。」


モイラは握手を求めた。

武彦は握手に応じた。


「ぼくの入学、よく許可が下りましたね。あなたは何者なんですか?」

「え?ああ、名乗りが遅れたね。私はモイラ・プリムラ。ユグドラシルアカデミー中等部3年。よろしく」



授業は明日からと、寮の鍵を受け取った。

学園長室を出ると武彦は驚いた。円形に広がる空間。長いツルが垂れ下がっており、地上まで伸びているが、その地上までが遠い。椅子や箒に乗った人々が飛んでいる。さらに物も飛んでいる。壁には扉がたくさんあり、人が出入りしていた。


「ここに通うのですか」不安そうな声で言った。ここに来たばかりで何も知らない。モイラの真似をして指を鳴らしてみるが、むなしく乾いた音がするだけだった。


「魔法の基礎は私が教えよう。魔法を使う以外にも学ぶことはたくさんあるよ」

「心強いです」


学園の外に出て、外観を見た。巨大な木がそびえ立ち木を中央に、複数の木が伸びている。根っこは丸く包むような形状をしている。見上げすぎて首が痛くなってくる。


学園の離れの森に連れて行かれ、比較的小さな木を指さした。案内されたのはツリーハウスだ。


「えーと、ここが君の寮だよ」

「個性的な寮ですね。自然を感じます」

「気に入ってくれたのならよかったよ。はいこれ制服。あと卒業生が置いていったもの」


どこに持っていたのかでかい鞄を武彦に渡した。革製の古い鞄。ずっしりと重く、両手で抱えるのがやっとである。


「それとこれね。急いで作ったからうまく作動するといいけど」


モイラは武彦の首に手を回した。首に冷たい感覚があり、胸元を見た。ネックレスだ。赤と緑の混じった石の周りに謎の文字が空間にぐるぐると回っている。


「これは?」

「言語理解の魔法が発動するネックレス。あの苦いやつ毎日飲むのは嫌でしょ」

「ありがとうございます。出来れば文字も読めるようにしてほしいんですが」

「そうそう、それ。あの薬、本当は文字も読めるはずなのにうまく作用してないね」

しょうがないとモイラは手を平に向けると、分厚い本が現れた。


「しばらくこれで勉強してよ。あとこれ児童用の辞典ね。絵と写真付きでわかりやすいと思う」


分厚い本を鞄の上に置いた。さらに重みが増していく。

「まさか、一から文字を覚えろと?」

「いい機会だよ。君がこの世界に生きていく選択もあるし。私がいつまでも君の側にいられるとは限らないからね」


じゃあと指を鳴らすと、今度は風もなく消えた。

その姿にかっこいい魔法だなと見とれるが、両手に抱えられた重たい存在を思い出した。

「あ、待って!これ上まで運んでくださいよ!」

しかし返事は無い。

重たい鞄と本を抱えて、ツリーハウスを見上げた。これを持って上がるのか。はあとため息をついた。


今までの様子を見ていたのだろう。ツリーハウスの窓からちらちらと視線あった。引きずりながら鞄を持って梯子を上ると、急に鞄が軽くなった。鞄は手から離れると、ツリーハウスの中に入っていった。地面に置きっぱなしの本も浮かび上がっている。武彦は慌てて追いかけ、ツリーハウスの中に入った。


「よ!」

クシャクシャ頭の小柄な少年が隣のツリーハウスから顔を出して手を振った。


「俺、ベルデ。見たことない顔だな。あのモイラさんと急にここに来るなんてお前何者?」

「明日からここの学園に通うことになりまして。あ、タケヒコと言います」


武彦はお辞儀をした。するとベルデは木から垂れ下がっている草のつるに掴まって、ターザンのようにこちらに飛び移った。思わず鞄の後ろに隠れた。ベルデは仁王立ちをして張り切った声で言った。


「よし、新人のタケヒコくん。さっそく寮で暮らすためのルールを教えよう」

「ルール、ですか」武彦は面倒なルールだったらと嫌な顔をした。その顔をみたベルデは人差し指を立て、左右に振った。

「ルールを聞かないと大変な目に合うのはタケヒコくんだよ」と真剣な顔をした。

たしかにそうだと武彦は姿勢を正し、ベルデの顔を見た。


「よし、ルールはただ一つ、妖精の機嫌を損ねないことだ」

「妖精?妖精の機嫌を損ねるとどうなるのですか?」


ベルデは誰も住んでいないツリーハウスを指さしてニヤッと笑った。

「妖精に追い出されるぞ」



「夕食の時間だ!行くぞ!」

ベルデに腕を引っ張られ、いくつもあるツリーハウスの中央に連れてこられた。テーブルには料理が並べられており、羽の生えた小さな人型の生物が料理を運んでいた。あれが妖精か。

美味しそうな料理に手をつけようとするとベルデが耳打ちをする。

「料理にケチつけると妖精が怒るよ。あと感謝の言葉を忘れないで」

「わかった。いただきます!」

料理はどれも美味しかった。ただ妖精が遠くからじろじろと顔色をうかがっているのが気になった。


「お風呂の時間だ!行くぞ!」

ベルデにまた腕を引っ張られ、ツリーハウスとは別の木に連れてこられた。その木の根元には地下へと続く階段があった。

「お風呂場はここ。あ、この上に妖精が住んでいるんだけど、勝手に入ると怒るから気をつけろよ」

「へー」

武彦は上を見上げ、木に開いた穴から妖精の動く姿が見えた。皿洗いをしているようだ。

「おーい、早く」ベルデにせかされ、後をついていく。

お風呂場は植物に覆われ、光る実が明るく照らしていた。お風呂の周りには水のような人型が周りでスキップしたり、お風呂の中に飛び込んだりしていた。

「あれは水の精霊だよ。水を綺麗にしてくれるんだ。一緒に遊ぶと喜ぶよ」

「妖精と精霊の違いって何?」

「癒やしの空間で勉強の話!?明日にしてくれ。その違いはややこしいんだ」

ベルデはやだやだといいながらお風呂に浸かった。


「寝る時間だ!寝るぞ!」

ベルデが隣のツリーハウスから言った。

おやすみと手を振る。武彦はベッドに横になるが、眠れなかった。

数時間前までは家に帰る途中だったのに、今魔法の世界にいる。自分はどうなってしまったのだろう、母さんと父さんは?と考えて眠れない。


「眠れないのですか?」


小さなかわいい声が聞こえた。声の方をみると、さっき料理を運んでくれた妖精が枕元で飛んでいた。

「あ、その………」


——妖精の機嫌を損ねてはいけない


ベルデの言葉が頭によぎり、返答に困った。


「ここは初めてのお方ですよね。眠れるようにお話を聞かせましょうか?子守歌がいいですか?」

「こ、子守歌で」


妖精は小さく息を吸った。そして優しい歌が耳元でささやいた。聞き惚れているといつの前に眠ってしまった。

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