第230羽♡ 元カノと義妹と夏祭り (#14 ふたりの狐嫁)


 「なぁその狐面、暑くないか?」

 「そうでもないよ、熱がこもらないし」


 「ならいいけど」


 村に昔からある家には、職人が作った張子で作った狐面があり、普段は床の間に飾ってある。面は家ごとに違う。


 「それより狐の刻まで、わたしの顔を見ちゃダメだからね」

「わかってるよ」


 神事である狐嫁の嫁取りを行う場合、男性は、女性の顔、狐嫁の素顔を見ていいのは狐面を外す時だけ、つまり嫁取り以前に、素顔を見てしまうと失敗となる。だから気を付けないといけない。



 ――7月28日午後6時24分。

 

 西日が僅かに残っているが太陽はほとんど沈んだため、代わりに灯籠や提灯の光が当たりを照らしている。

 

 この時間になっても蝉は、時間を無駄にできないと思っているのか、どこかで鳴き続けている。

  

 俺はリナとふたりで村はずれの明神様こと、笠里かさざと稲荷神社の狐祭りに向かう。道なりには多くの屋台が所狭しと連なっている。

 

 祭りは子供神輿から始まり、次に地区ごとの大人神輿、神社の境内で能が披露され、締めに夏の夜空を彩る花火が打ち上げられる。


 村へのアクセスが良くないこともあり、ほんの十年ほど前まで、この祭りに来るのは村と周辺の町の人くらいだった。


 ところが、恋が成就する祭りという噂がネットで拡散されると、遠くからも多くの人が訪れるようになった。

 

 中にはワンチャンで彼女をゲットしようと、片っ端から声を掛けまくる不届き者もいる。そのため村人はトラブルが発生しないように、役場や警察と協力して、今夜は総出で警備にあたっている。


 「毎年ながら、大人達は大変だよな」

 「うわっ、兄ちゃん超他人事だし」

 

 「だって、俺は一応高校生で子供扱いだから、やる事ないし」

 「まぁそうだけどさ……それより兄ちゃん何か言うことあるやろ?」

 

 「ん? そう言えば、おばさんが晩御飯は祭りで食べて来いって」

 「ふむ、祭りのお好み焼きと焼きそばは、醍醐味であり鉄板ですな」

 

 「お好み焼きも焼きそばも鉄板がないと作れませんな」

 「そうそう、鉄板で作るから鉄板……ってそれ違う~!」

 

 「ん?」

 「おい貴様ぁああ、浴衣姿のリナたんを見て言うことないんか?! ぁあん?」

 

 柄の悪いリナたんこと我が家の義妹もどき様が啖呵を切る。 


 白地に生える金魚柄の浴衣と低めのサイドお団子ヘアは、素顔が狐面に隠れていることもあり、どこか神秘的だ。

 

 「浴衣とても似合っているな、すごくかわいいと思う」

 「うひっ!? ありがと……嬉しいけど、もっと早く言って欲しかったのだ」


 「悪い」

 

 でも今だけは軽々しい事は言えない。

 今宵、リナとセナのどちらかを選ばなければならない。


 いつも以上に慎重に言葉を選ぶ必要がある。


 「さてと早くセナと合流しよう、一人でいたら知らない人にされわれちゃうかもだから」


 「おいリナ、下駄で小走りするのは危ないぞ」

 

 「ふふん、白花の天才ドリブラーと呼ばれるわたしならこれくらい余裕なのだ、あっ?」


 つまずくリナの背中を転ばない様に支える。

 すると女の子特有の柔らかな感触と、肌から伝わる熱と甘い匂いが直に伝わってくる。


 (あ、これはよろしくないヤツだな……)

  

 「ほら、言わんこっちゃない」


 ドキドキする気持ちを抑え隠すようにリナをたしなめる。


 「こ、これは違うのだ、兄ちゃんが助けてくれると信じていたから、わざとつまずいたふりをしたのだ」

 

 「うそつけ」


 「本当だもん! ところで兄ちゃんはどうしてTシャツとパンツしたの? 家に甚平あったでしょ?」

 

 「理由は特にない、でもTシャツの方が動きやすいかなって」


 「ふむ確かに、浴衣も、涼しげで風情はあるけど、動きやすいとは言えないし、割と熱いんだよね」

 

 「だからって、袖口でパタパタして空気を入れるのは止めろ、肌着が見えちゃうだろ」


 「え~いいじゃんちょっとくらい」

 

 「知らない人に見られたら恥ずかしいだろうが」


 「それはそうだけど……はっ! ひょっとして兄ちゃんは、わたしのチラリを他人に見られるのが嫌なのか?」


 「んなのは当たり前だろ」

 「ふ~ん、そかそか。むふふっ」

 

 「なんだよ? 変な笑い方して」

 「何~でもないよ~。おっ、大鳥居の右で立っているのセナじゃない?」

 

 濃紺に撫子なでしこ柄の浴衣に身を包む年頃と思われる女の子は、リナと同じように、狐面を付けていた。

 

 リナが右手を振ると、こちらに気付いたセナがこっちに向かって来る。


 「わかっていると思うけど、もう喧嘩するなよ」

 「しないよ、そもそも、さっき喧嘩になったのは誰のせい?」

 

 「私です。どうもすみませんでした」

 「ふむ、わかっているならいい」

 

 編み込みハーフアップした栗色の髪には、昨日、誕生日プレゼント代わりに俺があげた安物のヘアピンを付けてくれていた。


 もっとかわいいのを持っているだろ。

 気を使ってくれなくてもいいのに……。


 

 「ふたりとも遅いよ」

 

 数時間ぶりに再会した、向井瀬夏はやや不機嫌な口調でそう告げる。

 

 「待たせて悪い、でも一応待ち合わせの時間通りだけど」

 

 「そうだね、わたしも着いたのは10分くらい前、でも……」

 

 絡ませるようにセナが俺の左手を繋いでくる、ひんやりした白く細い指はどういうわけか小刻みに震えていた。

 

 「ひょっとして知らない人に声を掛けられたとか?」

 「ちょっとだけだけどね……ここで待っていると、どうしても目立つみたい」


 素顔を隠していても、セナから醸し出される、かわいらしい雰囲気は隠しきれない。むしろ狐面で隠れると、際立たせてしまうのかもしれない。


 「待ち合わせ場所をもっと考えれば良かったな」

 「ううん、あのね、少し落ち着くまで良いから、このまま手を繋いでてほしい」

 

 「あ、ああ、わかった」

 

 「むっ!? むむむっ! お、、わたしも手を繋いで欲しいのだ、じゃないと腹ペコな悪い悪い鬼さんにきっとさらわれちゃうのだ」

 

 空いていた右手にリナが強引に両手の指を絡ませると、小さな身体をくっつけるように寄せてくる。

 

 それを見たセナも負けじと同じようにしてくる。

 

 「おい、ふたりとも、歩きにくいし、何より目立つから少し離れてほしいというか……」

 

 「「いや」」

 

 困ったことに、ふたりの狐嫁はどちらも応じてくれない。

 傍から見れば両手に花かもしれないけど、陰キャにはどうにも荷が重い。

 

 「……はぁ」


 ふたりに聞かれないように小さな溜息をした後、お参りと狐嫁の嫁取りで使うお守りを買うために、大鳥居前で三人で一礼してからくぐり抜けて、明神様の本宮に向かう。

 

 社中も、人がごった返しているが、神聖な空気で、どこかひんやりしているように感じる。


 石畳に叩きながら、ふたりの下駄が奏でるカランコロンという心地よいハーモニーは耳に沁みわたるように響く。


 どうか今日が無事に終わりますように……。

 

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