第16話 社交界デビュー

「素敵! アリーナもルールーも凄く綺麗だわ」


「ラズリーもとっても可愛いわよ。それにしてもルールー、ラズリーのドレスだいぶ気合を入れて作ったんじゃない?」


「当然よ。ラズリーが一番可愛くなるようにデザインしたんだから」


 今日は社交界デビューの日だ。数多くの令嬢が王家や貴族に者に大人になったと認められる、大事なイベントである。


 デビュタントの三人は白いドレス、手袋、ティアラをつけている。


 三人の衣装はルールーが用意をし、ヘアセットはアリーナが担当した。


 いつもとは違う装いと雰囲気だけれど、三人は普段と変わらず話をしている。


「直接会場で待ち合わせとは言われていたが、こういう事か」


 いつもより大人びた装いのラズリーを見て、ファルクは目のやり場に困ってしまう。


 ボリュームのある髪は少し梳かれ、可愛らしい花が編み込まれていた。


 ドレスにはところどころ宝石が散りばめられており、細やかな光を放っている。


 眼鏡もリボンも外している為にいつもと印象も違うし、メイクもしっかりとしているために普段よりも一段と可愛く感じられた。


「こんな可愛いラズリーを先に見るなんて二人とも狡いぞ」


 ファルクが低い声で不満を漏らす。


「着飾るものの特権よ。可愛くしたのだから文句言わないの」


 アリーナが舌を突き出して揶揄う。


「そうよ。それに途中で文句を言われても困るから内緒にしていたの。露出が多いとか言いそうだし」


「そんなの当たり前だろ」


 デコルテ部分をレースにはしているが、それもファルク的にはあまり良くは思っていない。ラズリーの肌を誰にも見られたくないのだ。


「落ち着いてファルク、そこまで神経を尖らせるものではないよ」


 宥めるように間に入ったのはアリーナの兄のヴァイスだ、今日は妹のエスコート役として来ている。


「ルールー嬢の作るドレスはどれも可愛いし、ラズリーも喜んでいる。本人が喜んでいるのだから、難癖をつけるものではないよ」


 やや不安そうなラズリーの顔を見て、ファルクは言葉をのみ込んだ。


「もしかして似合っていない?」


「似合っているし、可愛いよ……」


 ラズリーが気に入っているのに自分の嫉妬で悲しい思いをさせてはいけない。


「似合い過ぎて他の人に見られるのが嫌なだけだ。このまま連れて帰りたい」


「今から挨拶なのよ」


 そんな事を言ってしまうファルクを宥めるように背を擦ると、ファルクはラズリーを抱きしめた。


「相変わらず重い愛情だね、ラズリーちゃん大丈夫?」


 ルールーのエスコート役として来たのは宝石の国パルスからの留学生、グルミアだ。


 普段は保健室登校なのだが、こういうイベントごとは好きで何だかんだと参加してくる。


 ルールーの昔からの知り合いで腐れ縁らしい。


「こんなんで参ってたらとっくに別れているわよ」


 ルールーは慣れた様子で返すが、傍目から見たら重すぎる事は間違いないし、グルミアの意見は正しいと思う。


(あたし達見慣れ過ぎているからだけれど、心配になるわよね)


 ヴァイスとグルミアの苦笑や態度は真っ当だなぁと思ってしまった。近過ぎると感覚が麻痺するものである。



 ◇◇◇



 そしていよいよ入場の時。ラズリーはファルクのエスコートを受け、名を呼ばれるのを待つ。


「うぅ、緊張する」


 大勢の人の前に出るわけだし、それに眼鏡もかけていない為何だか気恥ずかしい。


「大丈夫、俺がついている」


 安心させるように握られた手はとても力強かった。


 伯爵家であるアリーナとルールーは先に呼ばれ、堂々と入場を果たす。


 アリーナとヴァイスは赤い髪同士なのと、どちらも身長がある為にとても目立っていた。


 二人とも体を鍛えている為か背筋も真っすぐで動きにブレもなく、優雅な動きであった。兄妹であるから息もぴったりである。


 ルールーはいつも以上に神々しい。無表情なのも相まって近寄りがたい雰囲気を醸し出しているが、グルミアが代わりに愛想を振りまいていた。


 紫交じりの黒髪はこの国では少なく、ひと目でパルス国の者とわかる。


(そう言えばフローラ様もあの色よね?)


 ファルクの母親であるフローラも同じ髪色だ。今までそういう話を聞いたことはなかったが、もしかしてパルスに所縁があるのだろうか。


(今度聞いてみようかな)


「そろそろだ」


 ファルクの促しでラズリーははっとした。もう順番だなんて早いような気がする。


 ファルクの手を握り、ラズリーは深呼吸して気持ちを落ち着かせようとした。


(大丈夫、大丈夫……)


 心の中で唱え、そうして名が呼ばれた。


 ラズリーはファルクの腕に手を掛けて、皆の前へと歩み出る。


 周りを見る余裕はないけれど、蔑むような声や笑い声は聞こえない。


 安堵のため息をこっそり吐きながら、ラズリーは最後まで気を抜くことなく笑顔で歩歩を進める。


(きちんと出来た、と思う。これも皆のお陰ね)


 ラズリーは心の中で自分を褒め、そして色々とお手伝いをしてくれた友人達に感謝をした。

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